第99話 龍王
「娘が迷惑をかけた。怪我はないか?」
「……」
自分の数倍以上の身長を持つ大柄の男から頭を下げられ、ノンは体を硬直させてしまいます。この男こそ、龍王その人――いえ、その龍でした。
オウサマの読み通り、黒龍を拘束していた包帯を解いてからすぐに龍王が住処に戻ってきました。会議の会場はここから途方もないほど離れていますが龍王は空を飛べるため、数時間で帰って来られたそうです。
そして、住処の近くに見慣れない森が出現しているのを見つけ、精霊の国が瞬間移動したのだとすぐに察し、挨拶しに来ました。まぁ、そこにボロボロな自分の娘がいるとは思わなかったようで一瞬だけ目を見開いたのをノンは見逃しませんでした。
「こいつはちょっと思い込みが激しくてな。人の話も聞かず、暴れることもしょっちゅうある」
「―――!!」
「文句を言うな。敗者には口を出すことは許さん」
「……」
べしべしと隣で伏せをしている幼龍の頭を叩く龍王。そんな彼に向かってがうがうと叫ぶ彼女でしたが、ぴしゃりと言い放たれて不貞腐れたようにそっぽを向きました。
「あはは……いえ、僕だけじゃ絶対に勝てませんでした。精霊たちが一緒に戦ってくれたおかげです」
「だが、彼らを導いたのは君の手腕だ。これで娘と同い年というのだから信じられない」
「――!」
「黙れ。今日の晩飯は抜きだ」
「ッ!?」
龍王の言葉にショックを受けたように目を見開き、その場で崩れ落ちる幼龍。その姿は父親に叱られ、厳しい罰を受けた子供のようでした。
「ああ、そうか。君が精霊王の言っていた稀有な人間の子供か。確かにその歳で龍を倒してしまうのだからなかなかどうして……世界は広い」
「長話はもういいか? ノンはお前の娘と戦って疲労している。早く休ませてやりたい」
「ほう? あの精霊王がそこまで人間の子供に執着するとは……会議の時から不思議だったが彼――ノン殿ならありえなくもない」
「……やらんぞ?」
「元々あなたのものでもないでしょ!」
精霊王、妖精王、龍王。世界を統べる三王が集まっているこの状況にノンはどこか夢見心地な気分になってきます。死闘を潜り抜けたから少しだけ気分が高揚しているのでしょうか。
「あ、れ……」
いえ、そうではありません。オウサマたちが帰ってきたことに安堵し、幼龍との戦いによる疲労が一気に押し寄せてきたのです。
まだノンは五歳の子供。魔力循環を使って肉体を強化していたとはいえ、一歩間違えたら死んでしまう戦いをしていたのです。精神的にも疲れ切っているのは当たり前でした。
「ノン? おい、大丈――」
ぐらぐらと歪む視界の中、こちらに手を伸ばすオウサマを見ながらノンはゆっくりと意識を手放しました。
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