第7話 魔法
父親と出会うことのできたあの夜から数日ほど経ちました。これまで顔を見せなかった頃とは違い、父親は長めの休暇を取ったらしく、毎日、ノンに豪快な笑顔を見せに部屋に遊びに来てくれました。ノンも素直にそれを喜び、きゃっきゃと手足をバタバタさせたのは記憶に新しいです。
さて、無事に両親と出会うことのできたノンですが、それがきっかけとなり、他のことを考える余裕ができました。そう、ずっと気になっていた存在――魔法です。
(お母さんは指先から光の弾を出してたっけ?)
今は部屋に誰もおらず、考えごとに集中できる絶好のタイミング。手早く転生してくれた神様に祈りを捧げたノンは早速、これまでに目の当たりにした魔法を思い浮かべます。
仄かに緑色に光る不思議な弾。
詠唱することで水の弾を浮かべたこともありました。
(そういえば、あのランプ……)
また、父親と初めて出会った日、彼は壁に掛けられたランプのような装置。電化製品の類ではないのは確かですが触れただけで光ったことから魔道具のようなものではないかとノンは推測します。
さて、数日でわかったことはこれだけ。しかし、魔法のある世界に転生したのはほぼ間違いない今、彼が考えることはただ一つ。
(僕も魔法を使ってみたい!)
そう、魔法の行使です。あの事故によって入院する前から彼は前世の父親の影響で小説や漫画をよく読んでいました。その物語にはよく魔法が出てきたのです。ありえないと思いながらも魔法を使えたら、と考えたこともあります。
もちろん、彼が目にした不思議な現象を『魔法』と呼ぶとは限りません。理論も知らなければ幼すぎて言葉を話せないため、詠唱は不可能。仮にあの現象が魔法だとしてそれを引き起こすために必要であろう力――『魔力』を感じたことなど一度もありません。
しかし、この世界には魔法に似た何かがある。それだけが彼を突き動かしました。
「うー……うううううう!」
とりあえず、『何か出ろ!』と念を込めながら力みます。小さな手を握りしめ、持てる力の全てを込めました。
「ぁ……びえええええええええん!」
「ノン――!? ――――!」
違うものが出ました。
大きな泣き声に部屋に飛び込んできた獣人のメイドさんに体を綺麗にしてもらったノンはベビーベッドに寝転がりながら天井を見上げます。どこかすっきりした表情を浮かべているのは気のせいではないでしょう。
(さすがに力むだけじゃダメか……)
魔法を試す度にすっきりするわけにはいかないので別の方法を試します。
「あー! うー!」
詠唱はさすがに無理でしたのですぐに止めました。
力むのもダメ。詠唱もダメ。残った方法は――『魔力』を感じること。そう、瞑想です。
「……」
ノンは目を閉じ、集中します。小さな体の奥。更にその奥に意識を向けます。
「……」
真っ暗な視界の中、ジッと己を見つめ直すノン。聞こえるのは窓の外から聞こえる風やそれによって揺れる木々の音。たまに鳥の鳴き声も聞こえました。
「ッ……」
そんな中、不意に彼は何かを感じ取ります。ふよふよとした感覚。少し夢見心地でありながら安心する何か。そう――眠気です。
「……すぅ……すぅ」
「むぅ……」
「ノン? ―――」
夜、赤ん坊特有の眠気に完全敗北したノンは少しだけ不貞腐れながら母親に抱かれていました。不機嫌そうな彼の姿に母親はキョトンとした表情を浮かべています。
(やっぱり、きっかけがないとダメなのかな)
魔力、詠唱、理論。そのどれも赤ん坊の彼ではすぐに手に入らないもの。少なくとも彼が話せるようになるまで母親から魔法のことを聞き出すのは不可能でしょう。成長するまで魔法はお預け。それがわかってしまい、彼は落ち込んでしまいます。
だからでしょうか。藁にも縋る気持ちで彼はお約束に頼りました。
(【ステータス】)
「ぎゃっ」
何気なくそう頭の中でそれを呟いた瞬間、ノンの視界は真っ赤に染まります。体の内側から何かが弾けたような感覚。それと同時に凄まじい倦怠感に襲われました。
(何、が……)
――アクセス権限を確認中。『■■■の■愛』の存在を確認。アクセスを許可します。
突然のことだったからでしょうか。そのようなアナウンスと共に彼の目の前に何かが出現します。ですが、それらを認識する前に彼は意識を失ってしまいました。
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