第8幕 リリス・ハーヴェイは終わらせたい
リリスの語る“繰り返し”という言葉は、現実離れしていて到底受け入れられるものではなかった。
だが、それでも――彼女の口ぶりには曖昧な仮説ではない、何か確かな“芯”があった。
「……そんな話、信じられるものか」
クラウスは眉をひそめ、思わずそう返していた。だが、否定の言葉に力はなかった。
リリスは静かに頷く。まるでそれすらも、すでに知っていたかのように。
「信じられなくて当然です。ですが、私は知っているのです。何度も、何度も繰り返してきたことを」
リリスの声は穏やかだが、かすかに震えていた。
「繰り返しの原因はわかりません。でも……一つだけ確かなのは、フィオナ様を選んだ先に、決して“正しい未来”はないということ」
「……なぜ、そう言い切れる?」
「そのたびに世界が崩れ、やり直されてきたからです。何度も、です」
クラウスは唇を噛んだ。信じられないはずなのに、心の奥底で、何かが共鳴する。
――この世界は、どこかおかしい。
最初にフィオナと出会ったあの日。なぜか強く既視感を覚えた。名前を聞いただけで、胸がざわつくあの令嬢――“レオノーラ”に対しても。
「では、どうすればいい?」
ようやく絞り出したその問いに、リリスは少しだけ視線を伏せた。そして、言葉を選ぶように続けた。
「繰り返しの中心にいるのは……フィオナ様、あるいは――レオノーラ様です」
その名に、クラウスの胸が微かに痛んだ。
「証拠があります。……レオノーラ様が“消えた”ことで、私はようやく、こうしてあなた様に話しかけることができたのです」
リリスは、まるで遠い記憶を手繰るように、どこか夢を見ているような表情で語った。
「私は何度も、あなた様に話しかけようとした。けれど、そのたびに遮られ、妨げられて――話す前に終わってしまう。……前回までは、必ずそうでした」
リリスの瞳が、淡く揺れた。
「違うのです、今回は。唯一の違いは――レオノーラ様が、いないこと」
その言葉は、静かに、けれど確実にクラウスの胸に突き刺さった。
消えたレオノーラ。
彼女はなぜ、神に――世界そのものに、消されたのか。
「おそらく……レオノーラ様は、“神”の逆鱗に触れたのでしょう。あるいは、存在されては困る理由があった」
「困る……理由?」
クラウスは眉をひそめる。想像もつかない。
「それは、私にも分かりません。でも、きっと――あなた様の記憶の奥底に、その答えはあるのです」
そう言って、リリスはそっと何かを差し出した。
それは、一組のタロットカードだった。
厚みのある羊皮紙。角は擦り切れ、幾度も触れられた跡がある。けれど丁寧に手入れされ、艶を失っていない。
「……タロット?」
「これは、私の命よりも大切なものです。本来は誰にも触らせません。これに触れてから夢を見るのです。理屈では説明できませんが、きっと本来の記憶の持ち主であるあなた様ならば、触れることで記憶が戻る可能性があります」
リリスの声はわずかに震えていた。だがその瞳は、真っ直ぐにクラウスを見つめている。
「……記憶が、戻る?」
「ええ。私の中にある、“あなた様の記憶の残滓”。それが、このカードに込められている」
クラウスは手を伸ばすのをためらった。理屈では納得できない。だが、心の奥が疼く。
まるで、この瞬間を待っていたかのように――。
そっと大切にタロットカードに触れたクラウスは指先から物凄い勢いで流れ込んでくる記憶の濁流に飲み込まれた。
それは記憶の断片。
フィオナとレオノーラとの記憶だった。




