表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/28

第7幕 リリス・ハーヴェイは知っている

 今日は入学式だった。

 新たな顔ぶれ、新しい季節、そして――可愛らしい特待生の少女、フィオナ・エルメロワとの出会いもあった。


 庶民ながらも並外れた才能を持つ彼女。あどけない笑みと澄んだ瞳が印象的で、まるで絵本から抜け出した天使のようだ。


 自分には、幸いにして婚約者はいない。

 だから、学園生活の中で、未来の伴侶を選ぶ必要がある。父王もそう言っていた。候補は何人かいる――と。


(……違う。何かが、おかしい)


 急に脳裏を過った。

 まるで足元の地面がぐらつくような感覚。

 違う。違う。――自分には、確かに“誰か”がいた。


(誰だ……誰が、私の――)


「殿下、少しお時間をいただけますか?」


 不意にかけられた声に、クラウスは我に返る。


 目の前に立っていたのは、深い青の髪をフードで隠すように垂らした、涼やかな美貌の少女だった。

 彼女の姿に、どこか懐かしさを感じた。見覚えがある……はずなのに、記憶の奥で靄がかかっている。


(確か、父が言っていた婚約候補の一人……)


「君は……リリス・ハーヴェイ嬢、だったかな?」


「はい。リリス・ハーヴェイです。お目にかかれて光栄です、殿下」


 その口調は丁寧で、姿勢も申し分ない。けれど、瞳の奥には不思議な光が宿っている。

 まるで、彼女だけが“何かを知っている”ような――そんな目。


「何か、ご用かな?」


「少々……お耳に入れておきたいことがございます。場所を変えて、少しだけ、お時間をいただけますか?」


 その声音には、抗えない力があった。



「王太子殿下、『レオノーラ』という名前に覚えはございますか?」


 問いかけられ、クラウスは一瞬言葉に詰まった。


 ――その名に、なぜか心の奥底がざわつく。


「わからない……いや、はっきりとはわからないが……何か引っかかるものがある」


 リリスは表情を変えず、静かに続けた。


「――夢を見るのです」


「夢?」


「殿下が王太子となり、フィオナ様を婚約者として選び、そしてレオノーラ様を断罪する夢を」


「……そんなもの、何の意味があるのだ? そもそも私には婚約者など――」


 言葉が喉で止まった。胸の内に確かな“空白”があることを、クラウスは自覚していた。


 リリスは微かに間を置き、さらに続けた。


「違う場面で、何度も同じ夢を繰り返し見ています。きっとそれは、殿下の記憶の断片……実際に起こった過去であり、これからも訪れる未来なのです」


「そんな馬鹿な……!」


 叫びたくなるほど、現実から乖離した話だった。


 だが、心のどこかに違和感が――


「殿下は、この世界に違和感を感じませんか? 本当はどこかおかしいと思いませんか?」


 その言葉が胸に突き刺さる。


 クラウスは言葉を失ったまま、静かに息を吐き出した。胸の奥に澱のように残っていた違和感が、少しずつ形を持ちはじめている。


 そんな彼を見つめながら、リリスは一歩踏み出す。


「やはり、殿下も感じていらしたのですね。ここからは、私の推測に過ぎません。ですが……どうか、聞いてください」


 クラウスは無言で頷いた。


「おそらく、この世界は――大いなる存在によって“監視”され、“管理”されています。そして、その存在の意志により、何度も“やり直し”が行われているのです」


「……やり直し? それは、神のような存在のことか?」


「ええ。正確な正体はわかりません。でも、我々の理解においては、それを“神”と呼ぶのが妥当でしょう」


 リリスは唇にわずかな笑みを浮かべた。どこか諦めに近い、冷めた微笑だった。


「その神は、殿下に何度もフィオナ様を選ばせてきました。けれど、その選択の先に待っていたのは、いつも“世界の崩壊”だったのです」


 クラウスの目が見開かれる。


「……崩壊?」


「ええ。そして、世界は決まって同じ地点――“起点”へと巻き戻される」


「起点……それが今日というわけか?」


 リリスは静かに頷いた。


「今日。フィオナ様と出会い、すべてが始まる日。この日を境に、殿下は何度も選択を繰り返してきた……知らず知らずのうちに、です」


 クラウスは息を呑む。


「つまり……君の見ている“夢”は……前の私の記憶だと……?」


「はい。恐らく、断片的にですが……この繰り返しの中で、殿下の“記憶のかけら”が私たちに散っている。……なぜかはわかりませんが」


 リリスの瞳はまっすぐにクラウスを見つめていた。その奥に宿るのは、迷いではない。確信だ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ