第15幕 友情と剣
エリナ先生に別れを告げ、クラウスは足早にノアの元へ向かった。
教室、生徒会室、食堂――お決まりの場所を探しても、三人の姿は見当たらない。
(この時間帯なら……訓練場か)
思い当たる場所を即座に切り替え、クラウスは学院の中庭を横切って、裏手の訓練場へと急いだ。
木立の向こう、剣が打ち合う乾いた音が響く。
「ミハイル! ノア! ジュリオ!」
三人の姿を見つけたクラウスは、小走りで彼らに駆け寄った。
「おう、クラウス。遅かったな!」
そう言って振り向いたミハイルは、大剣を軽々と肩に担いだまま、屈託のない笑みを浮かべた。額にうっすら汗がにじみ、訓練の最中であったことを物語っている。
「すまない。――それで、ノア。二人はどうだった?」
問いかけに、ノアは軽く頷いた。
「確認済みです。二人とも……『レオノーラ』の記憶を持っていました」
その言葉に、クラウスは大きく息を吐いた。
「そうか……よかった」
たった一人で苦しむより、共に記憶を持ち、真実を知る仲間がいる――それがどれほど心強いことか。
「さっそくだが、一番大切なものに触れさせてくれないか?」
クラウスの真剣な問いかけに、ジュリオは額の汗を拭いながら、銀髪を無造作にかき上げた。
「いいぜ。レオノーラ嬢みたいな美人を助けられるなら、そんなの朝飯前だ」
軽口を叩きながらも、その声にはどこか熱を帯びた誠意が宿っていた。
一方で、ミハイルは無言のまま首を横に振った。
「……なぜだ?」
クラウスが眉をひそめると、ミハイルは目を伏せることなく真っ直ぐに言い放った。
「クラウス……男ってのはな。大事なものを守る時は、自分の手で勝ち取るもんだ」
静かだが強い言葉だった。
「俺と一度、剣を交えろ。勝ったら、その望み、受け入れてやる」
「なっ、正気かお前は!? お相手は王太子殿下だぞ!」
ノアが思わず声を上げて割って入る。忠誠心から来る言葉だとわかるだけに、焦りが滲んでいた。
「だからだよ。――惚れた女一人守れねぇような腑抜けに、俺は従いたくねぇ」
ミハイルの目には迷いがなかった。
クラウスはわずかに息を呑むと、その視線を受け止めるように歩を進めた。
「いいだろう。勝負は受ける。――約束は守ってもらうぞ」
邪魔な装飾品やマントを脱ぎ捨て、クラウスは静かに息を吐いた。
その手には、先祖代々伝わる銀の細剣――だが、今の彼にとってはただの「意志の証」だった。
剣を構えたその視線の先――そこに立つのは、王国内でも名を馳せる男、ミハイル・ゼルガード。
その口元には、戦を前にした者だけが浮かべる、不敵な笑み。
「……手加減はしねぇ。クラウスも本気で来い」
「当たり前だ!」
(手加減されて勝っても、意味がない。ミハイルの心を動かせない)
鋭く剣先が構えられる。剣先が、視線が、互いをまっすぐに射抜いた――。
静寂。
空気が震えた、次の瞬間。
――ガキン!
一閃。ミハイルの剣がまるで風のごとく唸りを上げ、クラウスの細剣と激突した。
(……重い!)
初撃でわかる。剣そのものの重さではない。彼が守ってきた時間、誇り、想い。それが剣に宿っている。
「なかなかやるな、殿下」
ミハイルは軽口を叩きながらも、目は笑っていなかった。次の一撃は冗談では済まない。
クラウスはバックステップで距離を取ると、深く腰を落として構え直す。
その一瞬の判断が、次の攻防を生む。
――ギンッ!
連続の斬撃。受け流す。回避する。紙一重の距離でのせめぎ合い。
(この程度で――!)
クラウスは、反撃に転じた。踏み込み、低い突きを繰り出す。
ミハイルが咄嗟に剣で受け止めた瞬間――
(今だ!)
その隙を突き、クラウスは逆の手で柄を押し込み、ミハイルの剣を外へはじいた。
わずかな隙。けれど、その一手がすべてだった。
クラウスの剣先が、ミハイルの喉元へと伸びていた。
「……参った」
ミハイルが剣を下ろす。
「お前、ちゃんと強ぇじゃねぇか。――見直したぜ」
「ありがとう。君の助けが必要なんだ。レオノーラを、救いたい」
「チッ、しゃーねぇな。惚れた女を助けたい気持ちは、よくわかる」
ミハイルは笑いながら剣を鞘に収めた。
その背後で、ノアとジュリオが安堵したように顔を見合わせる。
そして――。
「……俺の剣、持ってけよ。これは親父から譲り受けた剣だ。重いぞ、覚悟しろ」
ミハイルが、柄に刻まれた古びた剣を手渡す。
クラウスがそっとそれに触れると――流れ込んできたのは、やはりあの「断罪」の記憶。
そして、訓練場でのフィオナ――それからレオノーラの記憶だ。
(……やはり、ミハイルもだ)




