第11幕 銀時計は正確に時を刻む
「レオノーラを――知っているな?」
それは疑問ではなかった。
――確信。
クラウスの中で、それは揺るがぬ“答え”だった。
ノアは、ほんのわずかに眉を動かした。
「……夢の中に、時折現れる女性です。ただ、それはあくまで――夢ですから」
(やはり……間違いない。リリスと同じだ)
「ノア。もしもその夢が……現実に起きたことだとしたら、君はどうする?」
問いをぶつけると、ノアの瞳がわずかに見開かれた。
そして、静かに拳を握りしめる。
「……信じられません。ですが――信じます」
その言葉には、強い葛藤がにじんでいた。
「信じたくはないんです。あんなことを、私が……彼女に……」
低く苦い声で、ノアは吐き出すように言った。
「でも今、確かに感じています。あの日――“断罪劇”に、私は向かっている。あの流れが、また近づいてきているような……そんな気がするんです」
彼もまた、感じていた。
この世界に走る、目には見えない“強制力”を。
まるで筋書き通りにしか進まない舞台に、引きずり込まれるかのような違和感を。
「クラウス様……私たちは、誰かに“演じさせられている”のかもしれませんね」
ノアの静かな呟きに、クラウスははっと息を呑んだ。
その目に宿るのは、確かに“自我”だった。感情と理性があり、迷い、悩み、問い続ける――人間の証だ。
「ノア……君はやはり、味方だな」
そう呟いたクラウスは、一歩近づきながら訊ねる。
「君の、一番大切な所持品を教えてくれないか?」
「所持品、ですか?」
「ああ。それに触れれば、私の記憶の断片が“君にも”伝わるらしい。リリスからそう教えられた」
ノアは驚いたように眉をひそめ、そして少し考え込んだ後、胸元に手を伸ばした。
「……これです」
取り出されたのは、銀の懐中時計だった。古びているが丁寧に磨かれ、品のある造りだ。
「亡き父から譲られた時計です。悠久の時が過ぎようと、この針だけは、正しく進み続けると……そう言っていました」
「借りるよ。ありがとう、ノア」
クラウスが慎重にそれに触れた瞬間――。
世界がぐらりと揺れる。
記憶が、心に流れ込んでくる。
それは、ありえない光景だった。
処刑台。無慈悲に読み上げられる罪状。動かない誰かの背中。観衆の嘲笑。レオノーラの涙。
ありえない。公爵家令嬢を、こんな形で処刑するなど、王国法でも、常識でもありえない。
だが、確かにその記憶は“事実”として残されていた。
「……こんなにも、はっきりと」
クラウスは息を詰め、時計をそっとノアに返した。
「……辛い記憶をありがとう、ノア。君の記憶がなければ、俺は――また彼女を忘れていたかもしれない」
ノアは時計を胸元にしまい、目を伏せた。
「俺たちは……きっと、また“あの日”に向かっているんでしょうね。でも、今度は……違う未来にしなければ」
クラウスは頷く。
彼の心には、確かな覚悟が芽生えていた。




