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第7話 台与 vs 司馬懿〜襄平の戦い〜【最終戦】

台与様vs司馬懿の囲碁七番勝負の最終第七局!

一進一退の攻防が続く中、事態は急展開ーー。

そして最後に台与様たちの目の前に現れたものとは?

ーーぱちり。



時は景初二年八月某日。



襄平の魏軍本陣にある司馬懿の幕舎には、この日も碁石の音が響いていた。


台与と司馬懿の第七局が始まった。

傍で見守るのは、この日も司馬昭と金玄基(キム・ヒョンギ)



台与の白地は隅に固まっていた。

それぞれの陣地は繋がっていなかったが、独立して息をしていた。目も少なくない。


(これは……台与様が勝った時の手筋だ!)


金玄基は、そう思った。また勝てそうな期待に胸がいっぱいであった。



一方、司馬懿の黒地は、序盤から中央に大模様を築こうとしていた。

司馬昭は、傍で見守りながら、先日の父の言葉を思い出していた。


(父上の道とは……やはり王道か……)


ただ、普段通りの手筋でもあったので、やや落ち着いた心持ちであった。



台与は隅に、司馬懿は盤の中央へと手を伸ばす。

両者の石は交わらず、互いに違う形を描いていく――



司馬懿がおもむろに口を開いた。


「台与殿は、その手筋がお好きですな」


台与はにっこりと微笑むと、それには答えずに手番を打った。

それを見た司馬懿はうなづいた。


    ※


「道を示す者なくして、いかにして民を導くのだ?」


司馬懿はそう言いながら手番を打つと、台与の顔を見やった。


「導く道が一つであるなら、その道から外れた者は、すべて誤りとなりましょう」


台与はそう言うと手番を打ち、続けて言った。


「ですが……世には、さまざまな道がございます」


司馬懿は黒石を手に取ると


「道は一つなればこそ、人は迷わぬ。道多ければ、争いは絶えぬ」


と言ってから手番を打った。



「一つに定めようとするから、争いが生まれるのです」


台与は、司馬懿の目をじっと見つめた。


司馬懿もその鋭い眼光で、台与を見返した。

二人の睨み合いは、しばらく続いた。


「……よかろう……手番ですぞ、台与殿」


司馬懿は台与に手を打つよう促した。


    ※


その頃ーー


難升米たちは、帳幕の外に出て過ごしていた。



難升米は外に敷いたむしろに座って篠笛を吹いていたが、やがて


「ふぅ……退屈かのう」


と、ひとりごちた。

都市牛利は、難升米から少し離れたところで剣を素振りしていた。


「………………!」

「ん、なんね……剣しか楽しみがなかと?……つまらんのう」

「………………」

「そりゃそやろ、生き残るには剣しかなかもんな」


難升米は言い終わると、しばらく遠くを眺めた。



やがて、思い出したように肩をすくめて言った。


「魏ん連中、人ば生口だ奴婢だ呼びよるばってん、あげなもん人間扱いじゃなかばい」


都市牛利は振るっていた腕を降ろし、難升米を見た。

「………………」

「え、生きとりゃそれでよかと?……お前、冷たかっちゃ優しかっちゃ分からんやつばい」



難升米は再び遠くを眺めた。そこに何かあるわけでもなかった。

都市牛利もまた、立ちつくしたまま遠くを眺めていた。


    ※


その裏手ではーー


ナカツヒコが柵ごしに、(ちょう)とヒソヒソ話をしていた。


「……どうだい、張さん。儲かったかい?」

「へい、おかげさまで……」

「……んじゃ、少し寄越せよ……」

「へっへっへ……ご冗談を……」



陣中に留め置かれてからというもの、ナカツヒコはよく帳幕の裏手で口笛を吹いた。


親指と人差し指を咥えて強く一拭きすると、鳩がバタバタと飛んでくる。

その鳩の足に、色のついた紐を結びつけて逃す。

鳩は張のところへ飛んでゆく。


張は紐の色を見分けて行商人を手配する。

黒は乾物、白は甘味、緑は娯楽道具……といった具合である。

張は手配した行商人を魏軍が設置した関所に向かわせる。


彼らは、一度は疑われて陣中に連行されるのだが、

嫌疑が解けると兵士たちに取り囲まれ、

全員、荷台を空にして帰ってきた。



ナカツヒコは張に耳打ちした。


「……船を手配してほしい」

「……何を運ぶんで?」

「……人だ……大勢逃げてくる」

「……売るんで?」

「……運ぶだけさ。死人は売るが生きてる人間は売らない。これが俺の主義さ……」

「……旦那ぁ、お人が好いねぇ……」

「……その方が儲かるんだよ……」

「……なんでぇ……抜け目ねぇだけか……」

「……お互い様だろう……?」


ナカツヒコは張を逃がすと、すっくと立ち上がり遠くを見つめた。

その視線の先には、襄平の城があった。


    ※


最終第七局も、はや中盤ーー


司馬懿は中央から圧力をかけ、四隅を取り込もうとする。

台与は逃げず、それぞれの小さな地を守りつつ、隙あらば中央を荒らした。

形勢は一進一退のように見えた。



ーーぱちり。



台与が白石を打ち込んだ。その直後だった。



突如、伝令が幕舎に駆け込んできた。


「ーー申し上げます!」

「報告せよ!」



「敵将・公孫淵、北門より出撃! 突破されました!」



司馬昭は、司馬懿の方を見やった。


「──来たか」


司馬懿はおもむろに立ち上がると、太い声で唸るように言った。


「追え。隘路に追い込め。一人も逃がすな。燃やせ、斬れ」


司馬昭が「行け!」と声を張り上げると、伝令は走り去っていった。

本陣全体が、にわかに慌ただしくなった。


司馬懿は穏やかな口調に戻って、静かに言った。


「さて……無粋ながら、戦が口を挟んで参りました。

 続きを打つ日が来ること、楽しみにしておりますぞ、台与殿」


    ※


戦は終わったーー


数日後、一行は襄平城内の一室に移され、久しぶりに屋根がある生活に戻った。


だが、そこは帳幕よりも落ち着かない空間だった。

城内には異様な空気が漂っていた。


しばらく外出を規制されたが、誰も不満を口にしなかった。

途中に通り過ぎた市街地は清々としていたが、所々に殺戮の痕跡があった。

人気はなく静まり返った街のその様子に、誰もが背筋を凍らせた。


    ※


出立の日の朝ーー


台与は、いつもと違う装束で現れた。

白地の小袖に、淡い紅の袴、髪は整えられ、白布の額帯を巻き、手には榊の枝があった。

簡素ではあるが神々しいその姿に、金玄基は見入ってしまった。


「ーー出立!」


張政が号令すると、軽車はまたガタガタと揺れ始めた。



城門をくぐり、しばらく行くと、遠くに何か大きなものが見えた。


「あれは……?」難升米が尋ねた。

「あれは、高楼です。……ん?(変だな)……あんなのあったっけ?……」


金玄基は自分の回答に徐々に自信が失くなり、つい心の声も口をついてしまった。

近づくにつれ、それははっきりと見えてきた。


(あれは……!)


後の世にいうーー襄平の京観ーーであった。



(……これを……見せつけるための……)


金玄基は、無性に悔しくなった。

その対象が誰なのか?自分なのか、司馬懿なのか?

何がどう悔しいのか?

そこは整理がつかなかった。



難升米の要請で、張政が部隊を停止させた。

台与は軽車を降りて京観に歩み寄ろうとした。


「台与様、見てはなりませぬ!」金玄基は慌てて止めようとした。


しかし、台与は静かに首を振り、まっすぐに進んだ。



台与は静かに京観の場に立つと、足元に一つまみの米を撒いた。

目を閉じ、両手を合わせた。

唇が微かに動いていたが、何を言っているかは聞こえない。


他の倭人たちも次々に軽車を降り、台与の後背に跪いた。

音のない、静かな祈りであった。



この日は晴れていたが、さらに晴れやかに清々しくなっていくように、金玄基は感じた。

まるで風音も、鳥の鳴き声までもが止んだかのようであった。

空に一筋の雲が流れていた。



台与は祈りを終えると、静かに振り返り、隊列に戻ってきた。

その間、何も言わず、誰とも目を合わせず、ただ静かに、軽車に乗り込んだ。


一行はまた進み始めた。


台与は軽車の座席で、一人つぶやいた。


「……これが、国というもの……なのでしょうか」


ひとすじの風が頬をかすめた。

台与はうつむき、歌を詠んだ。



なにゆゑに 血のかたまりと なせしもの

声なき君を 我は忘れじ



台与は顔を上げ、空を仰いだ。

白い雲は、やがて見えなくなった。

その瞳には、深く静かな意志が宿っていた。



軽車の車輪が軋む音だけが静かに響いていた。



お読みくださりありがとうございました。

無理筋だろうと思っていたら、まさかのドロー!!勝敗は判定に……

次回は、いよいよ洛陽に到着!そこで待っていたものとは……?

(月曜20時ごろ更新予定です)

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