表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/61

第54話 羽越の大将〜鎧の女〜

ウヅは不安を抱えていた――だが、戦は待ってくれない。

そこで大巫女の存在感に圧倒されるウヅ……

しかし、ちょっとした隙に香取の大巫女は――


間もなく年が明けようとしていた――


香取の宮に、急報がもたらされた。


「なに……また現れたと……?」


香取の大巫女は低く唸り、すっくと立ち上がった。


「――出陣じゃ! 此度は、白河には近づけさせぬ!」


居並ぶ従者らは「ははっ!」と応じ一斉に頭を下げると、すぐに社殿を後にした。


その場には、立ち上がったままの大巫女と、ウヅだけが残った。

大巫女はそのままウヅを見下ろした。


「ウヅ、初陣が早うなった。心づもりは良いか?」


ウヅの肩は震えていた。

だがすぐに、気を取り直し、両の手をついた。


「はい。必ずやお役に立ってみせます」


(――ウソ! お役に立ちたいけど、戦場で剣が振れるかどうかも……)


大巫女は静かに頷くと、優しい声になった。


「……案ずるな。我の側におればよい」


ウヅは大巫女を見上げ、もう一度頭を下げた。


「はい……必ずや、大巫女様を……お守りいたします」


剣術の自信はあった。

だが、自信がないのは、その声だった。最近出しにくいのだ。

それと……


(戦場に、剃刀は持っていけるのかしら……?)


そう思うと、気はそぞろなのであった。


    ※


「……大巫女様はまたご出陣か……」

「今年は年を越せるのかのう……?」


軍勢を見送る衆の口々から声が漏れる。

その中を輿に乗って進む大巫女は、ただ黙って前だけを見据えていた。


その傍らを歩むウヅは、ちらりと大巫女を見上げた。

大巫女は尋ねた。


「……なんじゃ?」

「……いえ、何でもありません……」


ウヅはそう答え、すぐに前を向いた。

だが、民のその声は胸の奥に深く沈んでいた。


大巫女は前を見据え直して、低く言った。


「案ずるな。我らは負けぬ……」


ウヅはもう一度、大巫女をちらりと見上げた。


(大巫女様はすごい……そう言い切れる強さが、(わたし)にはまだない……)


冬の風が、目元に凍みた。

ウヅの思いとは裏腹に、軍勢は力強く、粛々と突き進んでゆくのだった。


    ※


こうして、辿り着いた先では――


雪がちらついていた。

敵の軍勢は、はや川向こうに陣取り、こちらの様子を伺っていた。


弥馬獲支(みまかくき)は大巫女の前に片膝をつき、右手を差し向けた。


「ここは、『人取(ひととり)の渡し』と呼ばれる場所にござりまする」


大巫女は立ったまま、黙って頷いた。

周囲の従者たちがざわめいた。

ウヅの心中も同様だった。


(人取の……なんて不吉な……)


だが、大巫女はにかっと笑うと、声を張り上げた。


「ならば――この地で敵を取って喰らおうか!」



その声に周囲の者は揃って顔を上げた。

次の瞬間、「おう!」高々と拳を掲げ、次々に声を上げた。

周囲はみるみる活気に溢れていった。


ウヅは目を見張って呟いた。


「凶が吉に変わった……。これが、大巫女様のお力……」


やはり目指すべきは、香取の大巫女の立ち姿だ――

ウヅの胸にも、熱いものがこみ上げてきた。


大巫女はウヅの肩を軽く叩き、まるで畑仕事でも話すように言った。


「フッ……案ずるな、ウヅ。うまからずともほめて食うべし。

 この地に客に来たと思えば、何の苦もないのだ」



――はっはっは!



強者どもが笑う。

弥馬獲支も声を張り上げた。


「まもなく敵が出迎えに参ろうぞ。さっそく我らも――ご挨拶じゃ!」



――オオー!



こうして戦は始まった――


    ※


戦の間中、雪はさらに強くなり、降り続けた。

伝令が駆け込んでくると、弥馬獲支が素早く指示を返した。


大巫女は黙したまま渡し口を見つめた。

視線の先では、一進一退の戦闘が続いていた。

だが、大巫女は右手の大刀を地に突き立て直立したまま、微動だにしない。

その姿は、まるでそこに軍神がいるかのようであった。


ウヅは焚き火を絶やさぬよう気を配る。

戦の様子も気になったが、大巫女の様子も、気になった。

だが、それはいつ見ても変わらなかった。


その表情が変わったのは、夕刻に差し掛かり、

何度目かの伝令が駆け込んできた時のことだった。


「敵、大攻勢! 百名ほどが渡し口を越えてきます!」


その時、大巫女はわずかに口元を上げた。


「越えさせて囲い込め! 囲って袋叩きにせよ!」

「はっ!」


弥馬獲支が振り返り、頷いた。


「その敵を叩いたら、攻勢に転じましょう」


その言葉に大巫女は無言で頷いた。


味方の軍勢が一箇所に集中し、その塊はみるみる間に小さくなっていく。

だが、次の伝令が駆けてきた時、大巫女の表情はわずかに歪んだ。


「羽の彦尊の兵が引いてゆきます!」


大巫女は目を閉じてうつむいた。

大刀の石突が文字通り真下の石を叩き「キン!」と音を立てた。


「ご苦労! 皆、これへ戻れ。引き上げじゃ!」

「はっ!」


伝令が戻ってゆくと、弥馬獲支は振り返った。


「……また取り逃しましたな」

「うむ。……じゃが、この雪で深追いはできぬ」


大巫女はくるっと背を向け、静かに言った。

そして、ようやく大刀を下ろすと、蓑にかかった雪を払った。


    ※


大巫女の軍勢は、帰途はゆっくりと進んだ。

斥候が邑を見つけて来ると、わざわざその近くを通る。

すると、邑の長が数名の伴を連れ、挨拶に来た。

いくつかの邑の代表がまとまって来ることもあった。

ある時は邑へ招かれ、鍋汁を振る舞われた。

大巫女は決まって、その者たちとは言葉を交わさず、ただ無言で頷いてみせた。


ウヅは大巫女と二人きりになった時、何気なくその理由を尋ねた。

大巫女はギロリと目を向けた。


「ウヅ、これも戦じゃ。こうしたことが、次の戦で役に立つのじゃ」


ウヅは大巫女の瞳をじっと見つめた。


(戦が終わっても気を抜かず、戦っていらっしゃる……)


大巫女の底知れない芯の強さに、魅せられるウヅであった。



山間の道を抜け、香取の領域に入ると、大巫女は軍を止めた。


「我はこの山の神に祈りを捧げて参る。汝らはここで、しばし休んでおれ」


弥馬獲支は「はっ!」と応じ、軍に休憩を命じた。

ウヅは伴をしようと後に続いたところ、

大巫女は「そなたも休んでおれ」と振り返って言った。


その日、空には雲一つなかった。

風もなく、穏やかな陽の光が辺りを照らしていた。

兵たちはどっかと地べたに腰を下ろすと、口々に行軍中の苦労を語り合った。


将たちの輪の傍らに、ウヅも剣をおいて腰を下ろした。

そして、静かに太陽の温もりを浴びる。

寒さで固まった体がほぐれてゆくような心地よさを感じた。


そうして半刻ほど経っただろうか――


「大巫女様は、遅いのう……」将の一人が口にした。

「ウヅ殿、ちと見てきてくれぬか」別の将がウヅに顔を向ける。

「はい」


ウヅは剣を手に取って立ち上がり、大巫女が向かった山へ向かった。

だが、社殿に至ると、そこの巫女は目を丸くした。


「大巫女様なら、もうだいぶ前にお戻りになられましたが……」


ウヅの背筋がピンッと伸びた。

巫女に礼を言い、もと来た道を走った。そして、脇道を見つけては駆け込む。

「大巫女さまー!」声を上げながら走った。



やがて、大巫女を見つけた。

だが――


大巫女は地べたに座り、ぐったりと木にもたれていた。

その傍らには、大巫女の鎧が無造作に置かれている。



「大巫女様!」ウヅは叫びながら走った。


依然、大巫女が動く気配は、ない。


(大巫女様が、何者かに討たれてしまった?!……まさか!)


何故、無理にでもついて行かなかったの――

ウヅは悔やんだ。



側に駆け寄ると――



大巫女は、すぅすぅと寝息を立てていた。


安らかな寝顔だった。

まるで、天女が空から舞い降りて、日向ぼっこをしているかのようだった。


時々、むにゃむにゃと小さく呟く。

やがて、「フッ」と息を吐き、口角を上げた。

かと思えば、急に泣いたような顔をした。

目を閉じたまま――


今まで一度も見たことがない、大巫女の姿だった。



ウヅは安堵した。

その一方で、全身の力が抜けていった。


(……大巫女様も、戦っていらっしゃったのね……)


そう思った途端、ウヅの目には涙が溢れた。


お読みくださりありがとうございました。

この話で目指したのは、虚構でのみ作り出せる矛盾した真実……「泣ける居眠り」です。


次回「第55話 羽越の大将〜鏡合わせの敵〜」

ウヅの人生を大きく左右する難敵が現れます!

(木曜20時ごろ更新予定です)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ