第49話 備の国救援〜砂の妻〜 Take 2
理は人を救わないのか?
最後まで理を信じ、理に生きた男と女……
そして二人の王は、新たな理を求め始める――
それは、ある日の夜明け前のことだった――
潮の音がわずかに凪ぎ、浜辺の霧が白く揺れていた。
その静けさを裂くように、ひとすじの火矢が闇を走った。
「――敵襲っ!」
陣中がざわめいた。
松明の火の粉が散り、兵たちが一斉に立ち上がる。
砂の国の兵が押し寄せてきていた。
火矢が再び空を走り、陣内のあちらこちらに突き刺さる。
乾いた木が弾け、火が辺りを照らした。
「まずいぞ……台与様をお守りせよ!」
「寝ている者を起こせ! 我の下に集え!」
水惟が叫び、久米も指示を飛ばす。
潮風が逆巻き、周囲が赤く燃え上がった。
そのとき、遠くから聞こえてきたのは、砂の軍勢の鬨の声ではなく――
ひとりの男の叫びが、夜明けの空に響いた。
「秩序を失えば、国は灰となる! 我が理をもって、乱れを正す!」
憤怒でも悲哀でもなく、確信があった。
燃える矢が放たれるたび、理の言葉が風に乗って押し寄せる。
台与は立ち上がり、それを聞いていた。
姿は見えなかったが、声の主が誰かは分かった。
かつて理を掲げて国を燃やした男――砂の彦尊。
「理が……また、燃えている……」
その呟きに、ルナが顔を上げた。
「理の火は、人が消せぬものですね……」
金玄基は、そこに駆け込んだ。
「台与様、ルナ様、早くお逃げ下さい! ほら、お方様も!」
台与は頷くと、蘆名の手を引いた。
ルナも蘆名の背を押して走りだす。
火は夜明けの光に溶け、空が白み始めていた。
戦は、理の言葉と共に再び始まったのだった。
砂の彦尊が立ち止まって呟いた。
「なぜ蘆名がここに……? 理が我を試しておるのか……?」
※
戦の火がいったん鎮まり、潮の音が戻った。
砂軍は再び邑に籠もり、堀を隔てて対峙している。
焼けた匂いが残る浜の風が、血と灰の気配を運んできた。
その静寂を破るように、ひとりの使者が砂の陣から現れた。
白布を掲げ、声を張り上げる。
「我らが王、砂の国の彦尊は申し上げる! 理の名において、和睦を提案する!」
その言葉に、兵たちがざわめいた。
都市牛利が眉をひそめ、台与の方を見た。
「………………?」
「どうなさいますか?って……聞くだけ、聞きましょう」
台与が静かに頷く。
やがて、使者が備の彦尊の陣内に通された。
その手には巻状の文と、もうひとつ――
赤く染め抜かれた布切れが握られていた。
その中央には、炎のような紋が描かれている。
砂の国が『理』を掲げるときに用いる、誓いの印だった。
使者は頭を下げ、声を張った。
「我らの彦尊は申し上げる!
備の国の正妃を返す代わりに、我が国の王妃・蘆名の身柄を戻されたい!」
備の彦尊は低く唸った。
「……妻を……人質に……?」
さらに、唇を歪めた。
「理とは、そうまでして貫くものか?」
兵たちが息を呑んだ。
蘆名の名が潮風の中で響いた瞬間、金玄基が立ち上がった。
「……なんと……」
ルナが振り返る。
「どういうつもりでしょうね?」
「理を取り戻すつもりだろう」水惟が答えた。
「自らの『理』を、形に戻したいのです。王妃はその象徴です」
台与は黙したまま、使者を睨んでいた。
すると――
葦名がゆっくりと歩み出た。
「私の居るべき場所は、まだ砂の国にあります」
台与の目を丸くした。
「何故です?!」ルナが問うた。
「もう一度、あの方を信じたい……」
台与はそれでも黙し続けた。
代わりに、ルナが静かに口を開いた。
「備の彦尊に伝えなさい――受け入れる、と」
「はっ!」
兵が駆け出していく。
久米が目を丸くして台与を見た。
「よろしいのですか? また火種になります」
「……蘆名様を信じましょう」
台与は蘆名を見つめながら、そう呟いた。
その日、堀には橋が下ろされ、人質交換が行われた。
潮風の中、両軍の兵が距離をとって並ぶ。
片側には蘆名、もう片側には備の彦尊の妻。
互いの間に、風が吹きつけては止まる。
蘆名はただ前を見ていた。
金玄基は唇を噛みしめながら見送った。
やがて、二人はすれ違い――
波の音に掻き消されるように、背を向けた。
金玄基は、ただ無言でその後ろ姿を見つめた。
目頭が熱くなるのを覚えた。
その時――
砂の陣の奥から声が響いた。
「理は戻った! 秩序は再び我が手にあり!」
砂の彦尊の声だった。
彼の言葉とともに、兵たちが鬨の声を上げた。
だが、誰もその声に喜びを見出せなかった。
※
朝日が昇るころ、海霧がまだ地表を這っていた。
その白い靄の中で、砂の国の軍陣からどよめきが上がった。
兵たちが一斉に立ち上がり、中央の壇を囲む。
壇の上には、砂の彦尊がいた。
その足元には、両手を縛られた蘆名が膝をついている。
風が彼女の髪を揺らし、頬をかすめて過ぎていく。
その姿は、もはや王妃ではなく、ただの「象徴」だった。
「見よ、これが理を乱した女の姿である!」
彦尊の声が、冷えた空に響く。
彼の手には長剣が握られており、その刃は朝日に白く光った。
「男が国を治め、女はその理に従う。
それを乱したとき、国は焼け、家は崩れる!」
陣のあちこちから、兵たちのざわめきが上がる。
だが、誰も動かない。
蘆名もまた、じっとしていた。
砂の彦尊は剣を持った手を高く掲げ、震えた声で叫んだ。
「理を示すため、我はこの手で裁きを下す!」
その時――
葦名は呟いた。
「あなたの理を、私は愛しました」
その声は、深く澄んでいた。
彦尊の手が一瞬止まる。
「黙れ。おまえは理を汚した」
彦尊の目が揺れた。
だが、すぐに剣に両手を添える。
周囲の兵が息を呑む。
「理は情に勝る! 女の涙に惑わされるな!」
その刃が振り下ろされようとしたその瞬間――
兵たちが口々に叫んだ。
「お待ちください!」
「我らは理を守るために戦っているのでは!?」
「その理が、いま王妃様を斬ろうとしておりまする!」
ざわめきが一気に広がる。
砂の彦尊の腕が止まり、唇がわなないた。
その顔は動揺に満ちていた。
「……黙れ……我は……王だ……理を示さねば……」
風が吹いた――
その瞬間、壇の上の旗が倒れ、帆布が裂けた。
太陽が顔を出し、光が二人を照らした。
砂の彦尊は、理の象徴として掲げた妻を前に、剣を握りしめたまま立ち尽くた。
※
金玄基は、それを遠くから見ていた。
「――お方様!」
「蘆名様!」
その声に背後を振り返ると、台与とルナがいた。
都市牛利、水惟、久米もが近くで見つめていた。
台与はルナの両腕からするりと崩れ落ちると、その場に両手をついた。
「聞こえました。彼の理そのものが崩れていく音が……」
「ええ、私にも……」
ルナもそう言いながら膝を折る。
「彼の者の理は、もう誰のものでもない……」
風が変わった。
海の匂いが、血と灰の気配を運んでくる。
もはや戦の音も、叫びもない。
ただ、ひとりの女が倒れ、ひとりの男が立ち尽くしている。
その間を吹き抜ける風の中で、
理は音を失い、ただ形だけが残っていた。
金玄基もまた、その場に膝を折った。
あの焼け跡から救い上げた命――
それが再び理に焼かれて消えるのを、ただ見ることしかできなかった。
「……お方様……何故……?」
その声は、風に溶けた。
台与はふらりと立ち上がった。
頬に、冷たい風が吹きつける。
涙は流れなかった。ただ、呼吸が震えていた。
「理の名のもとに人が焼かれました……」
ルナは静かに首を振った。
「いいえ。それに涙を流す者がいるのなら、
もう、理の外にお立ちになっているということです」
台与はその言葉に、ようやく息を吐いた。
目を閉じると、まぶたの裏に焼けた海と、蘆名の姿が浮かぶ。
「……蘆名様は、理とともに亡くなられたのでしょうか……」
「はい。でも、あなたの理は、まだ形を持たぬだけです」
遠くで雷が鳴った。
西の方角に、黒い雲がかかっている。
ルナはその空を見つめ、静かに呟いた。
「理が死ねば、次に流れるのは情。けれど、情もまた流れすぎれば、国を沈める……
そしてまた――次なる理が、もうすぐそこまで」
台与はじっと前を見つめ、
風に髪をなびかせた。
「ならば、私はその間に立ちましょう。
理にも情にも呑まれぬように……」
波が足元でほどけ、白い泡が砂に溶けていった。
※
その頃――
西からの風が野を渡り、来ぬ国の軍勢がゆるやかに丘を越えていった。
行軍の列は長く続き、黒い旗が乾いた空に翻る。
先頭には、輿に乗ったクニトラの姿があった。
両脇をタギリヒコとアラツヒコが歩み、
無言の兵たちが槍を掲げて続く。
やがて彼らの前に、かつて砂の国と呼ばれた邑が現れた。
そこには、もはや国の影もなかった。
焼け落ちた砦、崩れた屋根、風にちぎれた旗。
風は血と灰の匂いを運び、
それがまるで『理の焼け跡』のように大地を覆っていた。
クニトラは輿を止め、
焦土をしばし無言で見つめた。
タギリヒコが低く呟いた。
「……理を掲げていた国が、これほどに……」
クニトラは目を細めた。
「理が国を守るはずが……理の火で焼かれたか」
アラツヒコが顔を上げる。
「砂の彦尊は、まだ生きておるのでしょうか」
「分からぬ。だが、この有り様では、理が人を見限ったかもしれぬ」
その言葉に、タギリヒコが苦く笑った。
「理を掲げても、情を失えば国は滅ぶ……。しかし、情に溺れても秩序は崩れる……。
我らは、何を信じればよいのでしょうか」
クニトラはゆるやかに立ち上がり、
焦げた地平を見渡した。
「信ずるべきは理でも情でもない。
この焼け跡を見て、なお生きると決めた『人』そのものじゃ」
風が、焦土の灰を巻き上げた。
旗の布がばさりと鳴り、空にちぎれた布片が舞う。
「理を語るだけの者は滅ぶ。情に流されるだけの者もまた滅ぶ。
ならば――我が国はその『間』を歩もう」
アラツヒコが顔を上げた。
「それは……?」
クニトラは唇の端をわずかに上げた。
「理を持ちながら、情に沈まぬ道。
それを見極めるのが、我らの務めじゃ」
彼は輿の脇に立つ槍を取り、天に掲げた。
曇天の光がその穂先に映り、白く閃いた。
「聞け。理は倒れた。だが、人の理はまだ生きておる。
この戦の果てを、我らが正す!」
兵たちは一斉に槍を掲げた。
――オオーッ!
その声が焦土の丘にこだまし、
乾いた風が灰を巻き上げていく。
――それはまるで、
理が再び風へと還っていくようであった。
お読みくださりありがとうございました。
こんな話、自分ひとりでは、よう書けんですよ……。
自分では思い浮かばない物語に挑む――これも生成AIの使い道の一つかも知れません。
自分なりの感性で「AIの邪魔」をするのが、色着けのコツ……。
次回「第50話 備の国救援〜神もまた流される〜」
決戦!ヤマト vs 狗奴国・第二弾!瀬戸内ラウンドです
(月曜20時ごろ更新予定です)




