第40話 神をめぐる戦い〜死闘〜
水惟は笑いながら逃げ回り、難升米は敵陣を突破した。
久米の剣は光り出し――しかし、タケルを呼び寄せてしまう。
異なる光を放つ二つの剣が交わる――
水惟の顔は、いつも薄笑いを浮かべているように見える。
目を細め、口角はやや上がり気味。
遠くを眺める時も、人と話す時も、あまり表情を変えない。
中海に浮かべた船の上でも、いつもそういう顔をしていた。
だが、この時ばかりは、その表情のまま眉間に皺を寄せた。
「……気づいてくれたようですね……」
隣にいた兵士の一人が水惟に話しかける。
「隊長、敵の数は我らより多そうです」
「そうだね……」
「迎撃しますか?」
そう尋ねられると、水惟はいつもの表情に戻った。
むしろ、普段より目を細めた。
「逃げますか」
風が止んだ。
波だけが、静かに舷を叩いていた。
※
難升米は手にした盾に身を隠した。
ーートス・トスッ!
盾が矢を受ける。
攻撃が止むと、また山を登る。
これを繰り返して、一歩、また一歩と山の上の陣を目指す。
(……次の攻撃をしのいだら、一気に駆け上がる……)
ーートス・トス・トスッ!
「おりゃああああああ!」
難升米は、神つ国の陣に続く尾根へと駆け上がった。
敵の陣は、もう目の前だ。
「難升米様に続けえ!」
ヤマトの兵たちも駆け上がってくる。
難升米は、味方が上がってくる場所を確保しようと、懸命に剣を振った。
その時――
一本の矢が、難升米の頬をかすめた。
その痛みよりも先に、耳があの声を捉えた。
「難升米! ようやく現れたな!」
振り返ると、そこには見知った顔があった。
「ホヒか……なぜ伊勢の大巫女さまを裏切った?!」
ホヒはにやりと笑った。
「――理由を話してる暇はない!」
「それもそうだな!」
――キィィン!
剣が火花を散らし、二人の顔が接近する。
息を荒げながら、難升米が叫んだ。
「ホヒ、降参しろ……今なら一緒に申し開きをしてやる!」
ホヒは唇を歪め、吐き捨てるように言った。
「我は……ヤマトの地に降りる神など信じぬ!」
「何を言う?! 大巫女様を信じぬのか!」
「信じられぬものは……信じられぬ!」
――ギィィン!
剣が弾かれ、二人は再び距離を取る。
その時――
――ザグゥッ!
ホヒの背後から、大きな影が襲いかかった。
難升米は叫んだ。
「都市牛利! 来たか!」
都市牛利は無言で頷いた。
ホヒは剣を落とし、その場に膝をついた。
それでもまだ、難升米を見つめていた。
やがて、ゆっくりと地面に突っ伏した。
難升米と都市牛利は、濡れた土の上に横たわった、かつての仲間を見つめた。
小雨の中、誰も言葉を発しなかった。
「ホヒ殿が討たれた! ――逃げろ!」
誰かが上げたその声に、神つ国の兵たちは次々と、山を下り始めた。
ヤマトの兵たちは、その後を追った。
難升米は叫んだ。
「逃げる者には構うな! この山を確保するのだ!」
※
その頃――
ミノルとワカヒコは中海の岸辺から、水惟らの乗った船を眺めていた。
ミノルは唸った。
「……奴ら、なにしに来たんじゃ。戦う気はないのか?」
「矢の届かぬところへ逃げてばかりですな……」
ワカヒコは空を仰いだ。
「……神の加護を受けし我らが、これでは面目が立ちませぬ」
手勢だけでは追いきれなかった。
漁民から借り上げた船は、全て沈んでしまった。
船の大きさが違った。
ワカヒコはミノルに持ちかけた。
「こうなったら、奴らが中海から出られないようにしてしまいましょう」
「そうすると、奴ら中に入ってくるぞ」
「そこは……兵を分けるしかありますまい」
※
その様子を船の上から見ていた水惟は、隣りにいる兵に話しかけた。
「ほらね。逃げ回っていれば、どんどん兵を割いてくれる」
その兵は、水惟が指差す方を見つめながら尋ねた。
「それで、兵が少なくなったところを攻めるのですな?」
「いや……そういうのは、難升米さんか久米にお任せしよ」
そう言うと、水惟は月山がある辺りの山並みを見やった。
「久米、早く来いよ……」
※
その久米は――
月山で奮戦していた。
「我が行く! 援護してくれ!」
弓兵にそう告げると、登り口を塞ぐように躍り出た。
神つ国の兵たちの足が止まる。
――キーン!
――ザクッ!
相手の槍を剣でかわし、すぐさま突く。
倒れそうになる相手をその場に倒さず、蹴り落とす。
すると、あとから来る敵兵も数人巻き込まれてくれる。
これは、久米が婚約者に教えた戦闘術でもあった。
その女は、今はいない。
だが、久米は祈る――
(イサヨイ……我に、力を貸してくれ!)
もちろん当てにしている訳ではない。
だが、そう祈るだけで力が湧いてくるのだ。そういうこともあるのだ。
そうすると――
久米は、闘いに夢中で気づかない。
だが、久米の剣は光を放つのだった。
※
タケルは兵の報告を聞いて目を丸めた。
「なにっ、光る剣を使う奴がいるだと?」
そして、自分の持つ剣――出雲聖剣を見つめた。
(この神の剣以外に光る剣などあるのか? 神の剣を持つ者……何者だ?)
「そいつは、汝らではかなうまい。我が相手しよう」
そう言うと、タケルはゆっくりと歩き出した。
※
久米が守る入口からは、神つ国の兵の姿がなくなった。
雨が強く降っていた。
その日は一日中、陽の光がなく暗かったが、もう日が沈む頃なのかも知れない。
(今日のところは、退いたか――)
久米は思った。
剣を何度か振るい、鞘に収めようとしたその時――
「――お前か。神の剣を模した愚か者は」
その声に振り返ると、一人ゆっくりと近づいてくる神つ国の将の姿があった。
久米は剣を抜き直し、構えた。
「何者か?」
「我は神つ国の王の子、タケル」
そしてタケルは、手にした光る剣を久米に向けた。
「この剣は、神の剣。何ゆえ、汝の剣は光る?」
久米は無言のまま、タケルを睨んだ。
(剣が光るだと……?)
久米は思った。
だが、経験上、この手の問答は相手を惑わすためのものだ。
目を逸らした隙に斬り掛かってくるのだろう、とも思った。
タケルは尚もゆっくりと近づいてきた。
「答えぬか? 何ゆえその剣に神の加護がある?」
久米は右足を一歩引いて構えた。
その時――
久米の剣が、強い光を放った。
久米は、一瞬、剣先を見つめた。
(これのことか――)
だが、すぐに視線を戻した。
そして、まっすぐにタケルを見すえた。
(イサヨイ……いたんだな、そんな所に……)
久米の口元は自然と上がった。
※
――ギィィンッ!
火花が散る。
剣と剣がぶつかり合うたび、空気が震えた。
雨に濡れた地面を踏みしめ、久米は必死に押し返す。
だが、タケルの剣は圧倒的に重かった。
「どうした? 神の剣を恐れたか!」
タケルの声が、雷鳴にかき消されるように響いた。
久米は、歯を食いしばりながら剣を受けた。
(イサヨイ……我では及ばぬのか……?)
――キィィィン!
再び弾かれ、久米の身体がよろめく。
タケルは間合いを詰め、追撃を放った。
剣が交わるたび、光と光が閃き、
まるで空そのものが裂けていくようだった。
「貴様の光は偽りだ! 神の御業を汚すな!」
「……違う……これは……」
久米は息を荒げながら呟いた。
剣を支える腕が震える。
タケルの剣が、まるで意志を持つように唸った。
「神は、選ばれし者だけにその力を授ける!」
タケルの一閃が、久米の胸を裂いた。
光が飛び散る。
地に倒れかけながら、久米は剣を支えた。
(我は……選ばれてはいない……)
その時、遠い声が聞こえた気がした。
イサヨイの声――やさしく、懐かしい声だった。
(……違うよ、久米……『選び続ける』の……)
久米の瞳がわずかに開いた。
倒れそうな身体を、もう一度だけ支え直す。
雨の中、剣先が再び光を帯びた。
「うおおおおおおおおっ!」
タケルが雄叫びを上げながら剣を振るう。
久米は思わず足を引いた――
だが、そこに地面はなかった。
「うわっ! ああああああ……!」
久米は斜面を転がり落ちた。
タケルは剣を構えたまま、暗がりの中に目を凝らす。
しかし、
久米の姿はどこにも見えなかった。
雨と闇の境に、わずかに光が揺らめいていた。
お読みくださりありがとうございました。
古代戦記なのに月山富田城で籠城戦……一度でいいからやってみたかったのです。一度にしますけど
次回「第41話 神をめぐる戦い〜決着〜」
久米vsタケルの一騎打ち、ついに決着します!
(木曜20時ごろ更新予定です)




