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第39話 神をめぐる戦い〜祈りの山〜

小雨が止み、空の隙間からわずかな光が差した。

それは、祈りか、あるいは予兆か。

それぞれの思惑が交錯する中、台与とタケル、そして難升米の運命が再び動き始めます。


正始二年五月——


この日も神つ国には小雨が降り続いていた。


難升米は無言で立ち尽くしていた。


その傍らには、水惟もいる。この日、再度の補給で陣を訪れていた。

二人は黙したまま、遠くにある神つ国の陣地を見据えていた。



周囲の兵たちから声が上がる。


「難升米様……今日も戦わないのですか?」

「最近、睨み合いばかりで……普通盛りでは満足できません!」


難升米は彼らを見つめたが、尚も黙していた。

すると、兵の一人が図星を突いた。


「難升米様は、兵糧の残りを気にされてるのですか?」


難升米は目を大きく開いて叫んだ。


「ぎくー!」


周囲から笑い声が上がる。

水惟も一緒になって笑った。


だが、難升米はすぐに真顔に戻り、静かに言った。


「すまんな……これも作戦なんじゃ。そのうち働いてもらうから、今は我慢してくれ」



水惟は細めた目を難升米に向けた。


「難升米様。では、我はそろそろ……」

「うむ。頼む」


そして、難升米に一礼すると、自分の船へと戻っていった。


難升米は東の空にかかった黒い雲を見つめた。


(これで台与様が辿り着いていれば、相手に動きがあるはず……)


    ※


果たして、台与はーー


月山に辿り着いていた。


「いつも見えていたのは、この煙でしたか」

「我の仲間たちが祈祷をしているのだと思います。では参りましょう」


神つ国の使者はそう答え、台与たちを先導した。


金玄基(キム・ヒョンギ)は使者が乗る馬を引きながら、辺りを見渡した。


(ここは神域だそうだが……兵を置くにもいいな……)


うろ覚えの兵学知識をフル回転させる。



山道を進むと小さな祠が現れた。

湿った空気の中に、焚かれた香の匂いが漂っていた。

そこでは、十数人の神官や巫女が集まり、炎に祈りを捧げていた。


使者の神官が中へと進み、何やら話しかけると、彼らは一斉に台与たちを見つめた。


「どうぞ、お入り下さい」


台与は馬を降り、ゆっくりと祠の中へと歩んだ。


「祈りを続けましょう」


そう言うと、炎の前で静かに膝を折り、手を合わせた。

神つ国の神官や巫女が次々と台与に語りかける。


「彦尊は神を利用しています。ですが……我らは神つ国を呪っているのではありません」

「むしろ、ヤマトが退散してくれることを祈っておりました」

「ここにおられるのは、貴女が祈る神ではありませぬ」


それでも台与は、目を閉じて祈り続けた。

やがて、雨の音が止んだ。

台与は手をおろして彼らを振り向くと、ぽつりと言った。


「神はひとつの国をお作りになられました。あなた方の神と私の神は同じはずです」


沈黙が落ちた。

焚かれた火の音だけが、ぱちぱちと響く。


やがて、一人の神官がぽつりと呟いた。


「……理ではそうかもしれませぬ。

 ですが、我らは『痛み』で祈って参りました。

 その痛みを、ヤマトの神も見てくださると……そう信じてよいのですか?」


台与は小さく頷いた。


「ええ。

 神は、祈る者の側におります。戦う者の側にも、泣く者の側にも」


神官たちは互いに目を見合わせた。

納得ではなく——『沈黙の了解』がそこに生まれた。


    ※


小雨が上がり、霧が漂っていた。

金玄基は、この山をくまなく見て回った。


(飲み水のほかにも雑用の水場があるといいな……この辺りに堤を作ればどうか……?)


かくして、次の日から貯水用の堤作りが始まった。

久米も借り出されている。


「なんで、我が土いじりを……」


久米はひとりごちた。

金玄基は、木組みに土を盛りながら答える。


「馬の飲み水です。同じ水、飲みたくないでしょう?」

「……玄基さん……」

「はい?」

「我は貴方に恨みはないのですが……どうも……」

「どうも?」

「……無性に殴りたくなることがあるのです……」

「………………」


金玄基は兵たちが運んでくる土を積みながら、徐々に久米から離れていった。


このようにして急造した堤が、のちに大惨事を引き起こすことになろうとは——

この時はまだ、誰も思わなかった。


    ※


それから数日後——


潮音の水惟の船団が、中海に現れた。

水惟は、にやりと笑った。


「これで……よし」


兵の一人が訪ねた。


「水惟様、上陸しないのですか?」

「うん」


水惟はそっけなく答えた。


「姿を見せて逃げる……逃げてはまた戻る……潮目を見ながらだけどね」

「……?」

「それとも、米倉くらい襲っとく?」

「いえ……隊長のお考えのままに……」


目を丸くして見つめる兵士に、水惟は薄っすらと笑いかけた。


(——陸の者が、うまく気づいてくれればいいが)


    ※


雨の中——

神つ国の本殿には、彦尊の前に諸将が集まっていた。


「ヤマトの船が中海に現れて、邑から略奪しておるそうな」

「異端者どもと合流したとの報告もございまする」


神つ彦尊は唸った。


「数に任せて我らの兵を散らそうとしておるな……」


タケルは腕組みをして天を仰いだ。


「……小賢しいネズミどもめ……我が踏み潰してくれよう」


ワカヒコが尋ねた。


「本陣は如何なさる?」

「ホヒ殿にお任せしよう。ミノルとワカヒコ殿は、中海の蝿を落としてもらいたい」

「心得た」

「我はまず月山に向かう……その後で汝らに合流する」


タケルは立ち上がると拳を握った。


「今の内だ……待っておれよ、ヤマト……」


    ※


数日後——

先ほどまで降っていた小雨が止むと、幾筋かの雲の隙間から陽の光が降り注いだ。


難升米は、霧の向こうに見える神つ国の陣を見据えて目を細めた。


「……動いたな」


そして声を張り上げた。


「皆の者、待たせたな! 明日、討って出る!」


兵たちが歓声を上げる。


「やったあ!」

「倍だああ! 大盛りだあ!」


難升米は片手を上げて彼らを制した。


「今度こそ、あの陣を落とすぞ! 覚悟は良いか?!」



ーーオオーッ!



難升米はにっこりと笑いながら、頷いた。


(台与様。あの陣を落としたら、お迎えに参りますぞ)


    ※


その頃、月山ではーー


久米が目を丸くしていた。


「へぇぇ……四本足って、こんなに水飲むんですね……」

「これだけでも作った甲斐ありますよね?」


金玄基は鼻高々そう言った。

堤は、ところどころから水が漏れていたが、ため池としては十分な水を湛えていた。


久米は金玄基を振り向いた。


「でも、なぜか……ムカッときますね……」


金玄基が久米に背を向けて走り出すと、

台与の元に走ってゆく伝令の叫びが聞こえた。


「神つ国の兵が現れました! この山の降り口を塞ごうとしています!」


金玄基は、台与の元へと方向を変えて走った。

久米も走り出した。


    ※


台与は祠の中で祈りを終えると、ゆっくりと立ち上がった。

伝令の報告を聞き終えると、そのまま歩み出て高台へ向かう。

雨上がりの霧の中、彼女の衣がわずかに揺れた。


麓では、神つ国の旗がたなびき、

その先頭には剣を掲げた将——タケルの姿があった。


「異端者どもよ!

 ヤマトの兵を引き入れたとあらば、もう見逃すわけには行かぬ!」


山を震わせる怒号。

だが台与は黙したまま、その姿を見つめていた。

やがて、静かに口を開く。


「この山は神の領域。兵を入れること、許しませぬ」


タケルが叫び返す。


「子供は黙っておれ! それにヤマトの兵は入っておろうが?! 詭弁を申すな!」


金玄基が横に並んだ。

台与は少しだけ首を傾げ、小さく息を吐いた。


「……それを言われたら元も子もありません……」


金玄基が囁く。


「台与様、返しをお考えでは?」

「とっさに言いました」


そう答えると、台与は兵たちの方に向き直って声を張り上げた。


「先ほど祭壇に祈りました。神は仰せでした。

 ——我らは『神の兵』であると!」



一瞬、兵たちは顔を見合わせた。

だが次の瞬間、一人が剣を掲げた。


「神の兵だ!」


その声が波のように広がり、全軍の鬨となった。



——オオオオオオーッ!



台与は指先を山の降り口へ向けた。


「祈りを妨げる者を、退けなさい!」


久米が駆け出す。


「登り口を固めろ! 我に続け!」


兵たちは泥を蹴り、盾を鳴らして一斉に走った。



金玄基は、その背を見つめながら呟いた。


「我々は『神の兵』になったのですね……」


台与は静かに首を振った。


「いいえ、神に兵など不要。あれは——ハッタリです」


そして、少し間をおいて振り返る。


「けれど、それが必要だと仰ったのは神です」


その目には、決意と迷いが同時に宿っていた。


金玄基は息を呑んだ。

だが、すぐに微笑み、深く頷いてみせた。


「……でしたら、我らは『神の兵』なのです」


その瞬間、風が吹き抜けた。

それはまるで、神の返答のように聞こえた。


    ※


その時——

神つ国の兵たちは戸惑い、口々に訴えた。


「タケル様。本当に攻め込むのですか?」

「この山には、神がいらっしゃるのでは?」

「踏み入って大丈夫でしょうか……?」


タケルは居並ぶ兵たちを前にして叫んだ。


「神は我らを試みたもう! ならば行こう、神々の座へ!」



そして、タケルは駆け出した。

兵たちもまた覚悟を決めたように後を追った。



タケルは叫んだ。


「この山にいる者は——皆殺しだ!」


久米は叫んだ。


「させるか! 弓隊、構え!」



上空の黒い雲が、音を立てて光り始めた。

雲が裂け、閃光が走った。

それは、天が光を棄て、人に闇を託したような瞬きだった。


お読みくださりありがとうございました。

台与様にヤバい奴が接近してしまいました!ヤマトは台与様を守りきれるのでしょうか?!


次回「第40話 神をめぐる戦い〜死闘〜」

〜チーム・ヤマト、選手の交代をお知らせいたします。

金玄基に代わりまして、ピンチヒッター「関羽」。バッターは関羽。背番号……(嘘です。出ません)

(月曜20時ごろ更新予定です)


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