第37話 神をめぐる戦い〜舌戦〜
雨の戦は続く。
剣が折れ、言葉が刃に変わる。
――沈黙を破るのは、台与の声。
神つ国には、その日も黒雲が立ち込め、湿った風が吹き付けていた。
都市牛利は尾根を駆け上った。
手にした剣を高く掲げ、ヤマト兵を導く。
「………………!」
「敵陣は目の前だぞ! 都市牛利様に続けー!」
神つ国の兵は既に尾根口まで出張ってきていた。
都市牛利は素早い剣さばきで、彼らの剣を受け止める。
神つ国の兵が一人、また一人と、斜面を転がり落ちていった。
神つ国のタケルは出雲聖剣を抜いた。
「あのデカいのは我が相手する! 汝らは……ここでヤマトを止めろ!」
そう叫ぶと、都市牛利めがけて駆け出した。
――キーン!
――カーン!
――ビュン!
二人の剣が交わる音、空を切る音が辺りに響く。
その間も、ヤマト兵と神つ国の兵は激しく矢を打ち合った。
都市牛利が剣を真横に振り抜いた。
鮮血が跳ねた――
タケルは身を反らして交わしたが、その剣先は鼻をかすめた。
だが、次の瞬間、さっと引いた足を大きく蹴り上げた。
その足が都市牛利の脇腹に入った。
都市牛利の体が宙を舞う――
そして、斜面を転がり落ちた。
その姿はすぐに溜まった落ち葉に埋もれた。
「都市牛利様がやられた! 引けっ、引けぇ!」
ヤマトの兵たちは、後ろ向きに矢を数本射掛けながら、尾根を駆け下りた。
※
山の麓では、油の匂いだけが虚しく漂っていた。
「駄目です! 火が着きません!」
難升米は舌打ちすると、左の腕を大きく回した。
「――引けぇっ! 総員、退避!」
ヤマト兵は一目散に走り出し、次々と難升米の脇を通り過ぎていく。
そうしている間にも、山上からは無数の矢が降ってきた。
「ぐわっ!」
「わあっ!」
「……逃げろ!」
兵たちが口々に悲鳴を上げる。
そのうちの一本は、難升米めがけて鋭く唸った。
――カーン!
難升米は、その矢を剣で払うと、山上を見上げて歯噛みした。
(無理たい……こん作戦……)
※
「都市牛利殿、お討ち死に!」
――バーン!
「……なんという体たらくだ!」
ナギサヒコは平手で机を叩いた。
その時――
高台の縁から、都市牛利がぬぼっと顔を覗かせた。
ナギサヒコは伝令を睨みつけて叫んだ。
「死んでないではないか! いい加減なことを言うな!」
「申し訳ございません!」
その兵は足早に去って行った。
難升米は都市牛利の顔を見ながら目を細めた。
ナギサヒコはくるりと向きを変えた。
その目は、立ったまま控えていた久米が映った。
「おい、久米!」
「はっ」久米が背筋を伸ばすと
「汝の四本足は草ばかり食って……戦の役に立った試しがない!」
ナギサヒコは怒鳴りつけた。
深々と頭を下げる久米。
「申し訳ございません!」
そうとは知らない馬たちは、足元のワラをもりっと口に含んでいた。
明の彦尊が二人の間に割って入った。
「まあ落ち着きなされ。備の援軍も間もなく参ろうし、それから策を練っても……」
ナギサヒコがキッと後ろを振り返った。
難升米はナギサヒコに歩み寄った。
「兵の士気が下がっております。少し休ませてもよろしいかと」
「ううむ……そうだな。だが、いつ来るのだ?」
ナギサヒコと難升米は立ったまま作戦談義を始めた。
その様子を見つめながら、明の彦尊はにやりと笑った。
(……来ないんじゃよ。それがな……)
◇◇◇
それはヤマトでのこと――
明の彦尊が砂の彦尊と共に厠に立った時のことだった。
「ならば、備の彦尊が国元を留守にした時を狙えばよろしいのでは?」
「……我に空き巣泥棒をせよ、と申すか?」
「はっは……我ならそうします、という話です」
「ふっ……せこい男よの、汝は……」
「このせこさで国を保っておりまするゆえ……」
「確かに……そういう者が最後に生き残るのもまた……この世の常、よの」
明の彦尊はにっこりと笑ってみせた。
砂の彦尊は横目でじろっと見つめていた。
◇◇◇
台与は、彼らの様子を黙って見つめていた。
だが、頭の中では卜のことで一杯だった。
(今日は『東の空にあり』、その前は『海にあり』……東?……海って?)
その時、伊都国から連れてきた使者の神官が、隣の席でひとりごちた。
「そろそろ我の仲間たちがことを起こす頃でございます……」
台与は尋ねた。
「こと……ですか?」
「はい。戦となったら霊山に集まろう、と話しておりました」
「それはどの辺りですか?」
「はい。この図で言うと……この辺りでしょうか?『月山』と言います」
そう言うと、神官は机上の図面を指差した。
台与はハッとして立ち上がった。
(……東……これだ、神はお隠れではなかった……!)
そして、静かに声を上げた。
「あの……こんな時には、手抜きです」
一瞬、場内が凍るように静まった。
ナギサヒコの額の血管がうっすら浮かぶ。
「……手抜き? 手を抜くとは何事か! 我らは勝つまで手を抜かぬ!」
台与はやわらかく、しかし揺るがぬ声で続けた。
「戦の手を抜く、とは申しておりませぬ。
ここを主攻にする代わりに別の裾道を突くのです――」
「敵は目の前におるのだぞ!」
「そこを突破して、敵を挟むのです!」
ナギサヒコは鼻で短く笑った。
「ふん。そなたは占い師の理屈を戦場に持ち込むのか?」
「神が沈黙する時、人が考えるのです」
台与はナギサヒコをじっと見つめた。
祖父と孫ほども歳の離れた二人の掛け合いに、
始めは顔をほころばせて見ていた周囲の将たちは、互いに視線を交わし始めた。
とうとう刃を向け合うような口論となった。
「――子供は黙ってなさい!」
「子供を黙らせたいなら、大人がしっかりなさい!」
「んなっ!……なにを……?!」
「むうう……!」
ナギサヒコは腕組みをして、台与を横目で見下ろした。
「……そこまで言うなら、兵五百を貸そう。できるものならな!」
「十分です……」
台与は頬を膨らませながらも、目だけは真っ直ぐナギサヒコを見据えていた。
二人は再び無言で睨み合った。
しばらくすると、ナギサヒコは振り向いて、久米を指差した。
「久米、汝も行け! あの四本足も糧くらいにはなるだろう!」
「はっ!」
久米は顎を上げて背筋を伸ばした。
台与は振り返って、東の空を見つめた。
山の間から薄く煙が立ち上っていた。
(あそこに……神はいる!)
その瞳に宿った光は、果たして神のものか、はたまた……?
お読みくださりありがとうございました。
ナギサヒコはよく保ちました。私は台与様と口喧嘩したら2回コールド負けでした。
次回「第38話 神をめぐる戦い〜戦場の若者たち〜」
次こそ、ヤマトを勝たせてあげたい……
(月曜20時ごろ更新予定です)




