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第34話 ヤマト・後夜祭〜男王たちのヤマト〜

神託が降りた夜、ヤマトの地は静まり返っていた。

人々は「都」という言葉の意味を知らぬまま、ただ風を待っていた。

その風が吹く時、神の時代は終わり、人の時代が始まるーー。


台与は息をしているのかさえ、分からなかった。

神の言葉が、まだ胸の中で響いている。


その時だった。

社殿の静寂を切り裂くように、声が響いた――



「――ば、馬鹿なッ!」



座敷に居並んだ王たちは両手を着いたまま、一斉に声の主を振り返った。


イセエビは上目遣いに声の主を探し、見つけるとゆっくり顔を上げて両手を膝に置いた。


神つ国の彦尊が、すっくと立ち上がり、再び大声を上げた。


「神がヤマトに?! あり得ない! 神は我が『神つ国』におわすのだ!」


王たちの列にざわめきが走った。

イセエビは、神つ彦尊を上目遣いに睨んだ。


「儀式の最中、御言葉を発するは固く慎まるべきことにござりまする――」



「――黙れ! 茶番じゃろうが! 神の御心であろうはずがない!」


神つ彦尊は「帰る!」と叫ぶと、さっと翻り、社殿を後にした。



砂の彦尊は鼻で息を吐いた。

(ほれ、見たことか……所詮、女のやることなど……)


明の彦尊は心の中で笑った。

(これは……我に天命が下ったか……?)


木の彦尊は目を細めた。

(化けの皮が剥がれおったわ……)


登の彦尊は目を見開いた。

(信じられぬ! 神つ国ともあろう者が……なんと恐れ多いことを!)


備の彦尊は肩をすくめた。

(あんな態度をして……いくらか儲かるんじゃろうか?)


他の王たちは隣の王と顔を見合わせ、ざわざわとしていた。


    ※



ナギサヒコとクジャクは、王たちの控の間に踏み込んだ。

だが、既に神つ彦尊の姿は既に無かった。


儀式を終えた王たちが、ぞろぞろと控えの間に戻ってくる。

王たちは思い思いに腰を下ろしていたが、言葉数は少なかった。


王の一人がおもむろに口を開いた。


「それにしても、『みやこ』とは……何じゃろうのう?」


一拍の沈黙があった。

だが、王の一人が口を開くと他の王たちも口々に声を上げ始めた。


「知らんのか? 昆布で作る菓子じゃ。独特の酸味と旨みがクセになるのじゃ」

「それは都※※※(定番駄菓子)であろう……我も食いたくなってきたぞ」

「否、別嬪の歌姫の名じゃ。こぶしの効いたあの歌い口……一度聞けば虜になるぞ」

「それは都※※※(演歌歌手)であろう……汝の趣味ではないか」

「我は『でぃなあしょう』に行ったことがあるぞ!」

「いやいや、『みやこ』とは……我の元嫁の名じゃ……」

「……おい! 誰かある?! この間、湿度が高うなったぞ!」


笑い声が広間にこだました。

だが、『都』について知る者は、誰一人いなかった。


「もう帰る……我の国には、まもなく雪が降るでの」

「おお……では、我も帰るか……今回も意味分からんかったわ……」

「まあ、大巫女様にお任せしておけば悪くはならんさ……さようなれば!」


各地の王たちが次々に、クジャクの脇をすり抜けていった。


山の方から冷たい風が吹いた。

ヤマトの冬が、すぐそこまで来ていた。


    ※


王たちがいなくなった社殿では――


阿蘇の大巫女は、まだ御簾を前に立ち尽くしていた。

伊勢と香取の大巫女も、阿蘇の大巫女をじっと見つめたままだった。


「大巫女様……」


伊勢の大巫女が口を開くと、

香取の大巫女も尋ねた。


「よろしかったのですか?」


阿蘇の大巫女は微動だにせず、呟くようにして答えた。


「何がじゃ……?」


香取の大巫女が眉を寄せた。


「『都』などと……あれは神の御心なのでしょうか?」


阿蘇の大巫女は目を閉じた。

「……そうじゃ。 風がそう告げた」


「風、ですか……」伊勢の大巫女が小さく笑った。

「まるで貴女ご自身のお声のように聞こえましたが」


阿蘇の大巫女は何も答えなかった。

ただ、御簾の外に漂う夜風を見つめていた。

その風が、台与の頬を撫でて過ぎていった。


    ※


伊支馬が振り返って言った。


「イセエビ殿、難升米殿。では、これにて失礼仕ります」


イセエビは静かに笑った。


「お国に戻られるのか?」

「はい。しばらくは……一から出直して参ります」

「都ができたら、またおいでなさい」


伊支馬は深く頭を下げた。


「その時は、胸を張って我の国の『王』として参ります」



難升米は、その背中を静かに見送った。

イセエビが、ぽつりと呟いた。


「ヤマトも終わったし……今度は都か。また忙しくなるな……」


難升米は尋ねた。


「イセエビ殿は、都と聞いてピンと来るのですか?」


「斎宮みたいなもんじゃろ?」

「……ちと足りぬような……」

「何が足りぬ?」

「役所や市や民の家や……軍も置かねばなりませぬし、そのための役所も……」


イセエビが少し眉を上げた。


「役所のための役所とは、また滑稽な……まあ、詳しく聞かせよ」


難升米は、その声の奥に、どこか愉しげな響きを聞いた。


 ――この人もまた、きっと分かっているのだ。

  都とは、神ではなく人が造るものだと。


    ※


神つ国の彦尊は、帰国するや否や、神殿へ向かった。

そして、神官長にまくし立てるようにして、ヤマトでの出来事を語った。


数日後――

神殿には、国中の神官と巫女が集められた。


「神がヤマトに降るなどあり得ん!」


彦尊は、拳を振り上げながら怒鳴った。

「このようなこと、断じて認めるわけにはゆかぬ! そうであろう?!」


神官長をはじめ、多くの者は黙って頷いた。

だが、その沈黙の中に、わずかに揺れる声があった。


「……神は、風の通うところにおわす……」


若い神官の声だった。

その瞬間、場の空気が凍りついた。


「――黙れ!」


彦尊の怒号が神殿の柱に響いた。


「それは阿蘇の巫女の詭弁だ!」


彼は拳を突き上げ、吐き捨てるように言った。


「我は、三人の大巫女を『異端』と断ずべきと考える!」


静寂が訪れた。

神官長がゆっくりと立ち上がる。


「……では、この場にて、異端審問を行う」


    ※


ウヅは、香取に向かう船の上から、ややしばらく投馬国の港を見つめていた。

港に佇んでいた伊勢の大巫女はもう見えなくなった。

自然と涙が浮かんでくる。


「私は、どこに行っても……厄介者……」


そんな言葉が、つい口から漏れた。


「ウヅ、思い違いをしてはならぬ……」


その声に振り返ると、香取の大巫女がすぐ脇に立っていた。


「伊勢の大巫女様は、汝を見捨てたのではないぞ」


そう言うと、香取の大巫女はウヅの肩にそっと手を置いた。


    ※


その頃、金玄基(キム・ヒョンギ)は――


アヤメの邑の門前に立っていた。


歩き通しで、足が重い。

戦場の後始末で、手も痺れていた。


金玄基は大きく息をついた。胸がいっぱいになった。

ここには自分の家があり、見慣れた人や景色があり、ありふれた暮らしがある。

だが、それがあるのも生きていればこそだ。


門番に開門を頼むと、門はすんなりと開いた。


(邑を離れた時には疑われていたのに……何か変わったのだろうか?)


金玄基が自分の家へと歩む。

こちらに気づいた邑の人たちが、寄ってきた。


「おう、帰ってきたとね! ようやったばい!」

「無事でよかったばい! ……で、敵の首は何ぼ取ったとや?」

「えっ? 一つも取ってないです……」金玄基が正直に返すと


――役立たずやったとや?!わははは!


と彼らは笑った。

金玄基も笑顔を返した。



また歩み始めると、木の棒を手にした数名の子供たちが、眼前を横切った。


「わーい、俺たちゃヤマトたい!」

「敵め、かかってこい! 思い知らせてやるぞ!」


金玄基は思わず立ち尽くし、彼らの背を目で追った。


(マサカドも、ああして遊んでいたな、相手もしたし……)


だが、不思議と初めて見る光景であるかのように思える。

何故そう思うのかは分からなかった。



家に帰り着いたが、誰もいなかった。

衣服に染みた返り血が、固くなって痛かった。

とにかく脱いで、着替えを探した。


「……あなた」


振り返ると、アヤメがいた。


一月ぶりだろうか。

急に引き離され、戦場を潜り抜け、ようやく辿り着いたアヤメは――



「――ああっ、体ば洗うてこんね!」


と、顔を背けた。



仕方なく、海に入り、体を擦った――


(垢だらけだな……血の匂いもするな……)


そこへ、アヤメが近づいてきた。

着替えを手にしている。

その歩みは以前よりゆっくりで、じれったく感じた。


海から上がると、アヤメは近くの岩に着替えを置き、また近づいてきた。

金玄基もアヤメに歩み寄った。


「アヤメさん、ただいま」


声を掛けると、アヤメは一瞬眉をひそめた。


(……やはり、ヤマトに協力してきたからか?)


金玄基は寂しくなった。

だが、


「違うとよ……ちぃっと匂いが気になるだけたい……」


アヤメは呟いた。


「……子供が……出来たとよ」


その時、金玄基は言葉を失った。

次の瞬間、衝動的に体をアヤメに寄せ、腹に手を当てた。


「ばかね……まだ分からんとよ……」


アヤメがにっこりと笑った。

金玄基もにっこりと笑い返した。

アヤメをそっと引き寄せると、アヤメも背中に手を回した。


「……アヤメさんが、待っててくれてよかった。ありがとう」


金玄基が囁くと、アヤメは小さく頷いた。



ヤマトの陣には数日で戻らなければならなかった。

だが、


(この人がいてくれるなら、もうそれでいい……)


金玄基は思った。


浜辺に寄せる波の音が、ふたりの間をやさしく包んでいた。


お読みくださりありがとうございました。

西暦六九四年、藤原京の開府へと続くーーヤマトの物語が『いま』、始まったのであります!


次回「第35話 異端通告」ーー第2章の最終話となります

(木曜20時ごろ更新予定です)


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