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第33話 ヤマト・第三幕〜女王の決意〜

戦は終わり、大巫女たちの戦いも終わった。

終わらないのは、王たちの宴と、日々の暮らし。

そして今、ヤマトにもーー神の裁きが下ろうとしていた。


ヤマトの地ではーー


大巫女たちの戦いも休戦の時を迎えていた。



「……はあ……はあ……はあ……」


三大巫女は揃って荒い息をついた。


阿蘇の大巫女は、台与に支えられながら、握った拳をようやく床につけた。

伊勢の大巫女は平手をついて座り込み、壁にもたれながら大きく息をついた。


香取の大巫女は、ただ一人立ち尽くしたまま、右手の二本の指をじっと見つめた。


「……この戦、香取の勝ちといたしましょう」


そう呟くと、すっと膝を折った。


伊勢の大巫女は声を絞り出した。


「どこがよ……立ってたからって言いたいわけ?」


阿蘇の大巫女は、ようやく腰を下ろした。


「百年早いわ、若造め……」


    ※


台与から湯呑みを受け取ると、阿蘇の大巫女は呟いた。


「……若い者が寄って集って年寄を虐めおる……イヨや」

「はい」

「あんな大人になってはいけないよ……」



台与は黙したまま、阿蘇の大巫女の背中を擦った。


「返事は?」


そう畳み掛けられると、にっこりと笑ってみせた。

台与にとっては拷問に等しかった。



阿蘇の大巫女は下を向いたまま呟いた。


「致し方ない……明日、神前でお伺いを立てよう……」

「あの……何をでございますか?」台与が尋ねると

「全てじゃ……」と答えた。


伊勢の大巫女と香取の大巫女は、こちらの様子を静かに見入っていた。

だが、大巫女どうし目が合うと、三大巫女は揃ってーー



「ーーふんっ!」



目を閉じて、同じ角度で横を向いた。


    ※


一方、王たちの控の間ではーー


待ちくたびれた各国の王たちが、ついに怒号を上げていた。


「我の国の酒はうまいどぉ!」

ーーもってこいや!

「我の国の女は色っぽいぞぉぉぉ!」

ーーつれてこいや!

「我の国はカネがたんまりじゃぁ!」

ーーよこせ! くたばれ! なら、おごれぇ!



イセエビとクジャクは、その様子を呆然と見つめていた。

イセエビは深いため息をついた。


「……まったく、ヤマトか酒盛りか分からぬのう」


クジャクが肩をすくめる。


「まったくじゃ……儀式が始まる前に戦が起こるぞ」

「もう起こっておるわ……」


イセエビは苦笑いを浮かべ、ぱちんと手を叩いた。


「お静かに、お静かに! ご案内がございます!」



ーーおお、イセエビ!こっち来て、汝も飲め!

ーーまだ白面(しらふ)か?!死ねや!


ーーどっ



王たちの怒声は鳴り止まない。かに見えたーー



「ーーお静かに願います!」



クジャクが大声を張り上げた。

すると、ようやく場は静まり返った。


イセエビは、もう一度息を入れ直して声を張り上げた。


「明日夕刻より、大巫女様御三方による神事が執り行われます!皆様、ご準備のーー」



ーー飲むどおおおお!



王たちの宴は、まだ終わらない。


    ※


風の噂は速いーー


アヤメの邑は、はや勢場が原での戦の話題で持ちきりだった。


「我らん邑は、やっぱ狙われとったっちゅう話ばい……」

「ヤマトは半分死んだっちゅう話たい……」

「……ばってん、来ぬ国も退いたっち聞いとるばい」


アヤメは噂話に耳を傾けながら、洗い物の衣服をこすった。

玄基(ヒョンギ)の消息が気になっていた。


(まさか、生き残った半分にあの人が……)だが、いて欲しかった。


洗濯桶の水面に、手の影が揺れた。

朝から何度も通ったせいか、体中に鉛が溶けているかのように重い。

戦の噂は空を駆けるほど速いのに、誰が生きて、誰が死んだかは、なかなか伝わらない。

人の命は、そんなに軽いのだろうか。


「アヤメ……そげん力入れんでよか。運ぶとは我がすっけん」


振り返ると、タケノオが立っていた。

いつの間にか、立ち話は止んでいた。妙に静かだった。

タケノオと共に家に帰ろうと歩み始めると、噂話がまた始まった。


「……あいつも気まずかろうよ。ヤマトは命ば張ってくれたっちゃけん……」


近くの家から夕餉の匂いが漂ってくる。

今宵は鍋だろうか。

戦の翌日にも、生きている者には日々の暮らしがあるのだ。


    ※


その晩ーー


ヤマトの地は、静まり返っていた。



ほのかな月明かりが、社殿の屋根を白く照らす。


昼間まで鳴り響いていた太鼓も笛も、今は息を潜め、虫の音だけがかすかに届いていた。

風は止み、空気が張りつめている。


誰一人、息をする音さえ立てようとしない。

地に膝をつき、薄っすらと浮かぶ社殿を見つめていた。


社殿の座敷には各地の王たちが神妙な面持ちで並び、膝をついて頭を垂れた。

つい先ほどまでの喧噪が嘘のように、今は誰一人、笑みを浮かべてはいない。


香木のかすかな匂いが漂う。

白布で覆われた御簾の向こうには、巫女の影がゆらめいている。


その中に、ひとつ小さな影ーー台与の姿があった。

揺れる灯りが、彼女の頬を淡く照らす。



台与は灯明の芯を整えた。

ウヅが榊に水を注ぐ音が、まるで遠い滝のしずくのように響いた。



阿蘇の大巫女は正面に座し、二人の大巫女は一歩下がって座す。

三大巫女は両の手を胸の前で合わせた。

その動きには一言の声もなく、ただ呼吸だけが祈りの拍動のように聞こえた。

台与もまた、ウヅと共に定めの座に就いた。



次第に風が止んだ。

社殿の外の樹々がざわめきを失い、ただ月の光だけが地に降り注いだ。


台与には見慣れた光景であった。

だが、不思議な心地もした。いつもと何かが違っているような……。



静寂の中、阿蘇の大巫女がゆっくりと立ち上がった。

そして、両手を天へと掲げた。


「……神よ……今ここに……」


低く、掠れたその声は、言葉というより、呼吸の一片であった。

香木の煙がゆらめき、光が揺れる。

風が戻り、御簾がわずかに揺れた。

その瞬間、社殿全体が震えたように感じられた。


台与は息をのんだ。胸の鼓動が耳の奥で鳴る。

それでも目を逸らせず、阿蘇の大巫女を見つめた


巫女はゆっくりと手を下ろし、目を開いた。

その瞳は、月光のように白く光っていた。


「……神の言葉は、届いた」


社殿の外に、夜風が再び流れ始めた。

その風が、まるで神が去ったことを告げるように、御簾を揺らして過ぎていった。



阿蘇の大巫女はゆっくりと振り返ると、静かに口を開いた。


「神は言われる……」


その声はさほど大きくはなかったが、社殿の梁の奥にまで、確かに響いていた。

空気が次第に重たく沈み込む。


「これよりは我と共にあれ……」


阿蘇の大巫女は目を閉じたまま、さらに続けた。


「共に『ヤマトの地』に集い……」



阿蘇の大巫女は、カッと大きく目を開いた。

その瞳に、月光が宿ったーー




「ーーここを『都』とせよ!」





伊勢と香取の大巫女が揃って瞼を開き、阿蘇の大巫女を見つめた。

社殿の灯明が一斉に揺れる。

光が消えそうになり、すぐまた灯った。



台与は、息を呑んだ。


(これは――洛陽の『夢』――)


だが、直後に唇を噛み俯いた。


(ーーいいえ! 大巫女様に限って……これは神のお告げ……きっと……)




その時は、誰も言葉を発さなかった。

祭壇の灯明の光だけが、まだ微かに揺れていた。



お読みくださりありがとうございました。

阿蘇の大巫女様の本領発揮でしたね!

台与様はびっくりしたみたいですが、私は痺れました。


次回「第34話 ヤマト・後夜祭〜男王たちのヤマト〜」ーーそして、伝説へ

(月曜20時ごろ更新予定です)


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