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第31話 ヤマト・第二幕〜大巫女たちのヤマト〜

ヤマトの地に、三人の大巫女が集った。その会話は祈りのように、また裁きのように。

神の声をめぐる論争は、やがて笑いとなり、笑いはいつしか沈黙へと変わっていく。

風はまだ、動かない。

伊勢の大巫女は横目を流しながら、阿蘇の大巫女に言葉を投げかけた。


「大巫女様、そろそろお役をお譲りになってはいかがでしょう?」



「なぜじゃ?」

「ウヅですが、あの子……男子ではございませんこと? 貢物の鹿といい……」


伊勢の大巫女は床に立てた指を滑らせながら、静かに続けた。


「最近の大巫女様は、少し……」


阿蘇の大巫女は宙を見つめて呟いた。


「……そなたこそ、阿蘇に戻るか? 忘れてしまっておるようじゃ」


伊勢の大巫女は、わずかに目を上げ、横目で阿蘇の大巫女を鋭く見据えた。

その瞳の奥には怒りとも怨みともつかぬ光が、かすかに宿っていた。



阿蘇の大巫女は、ゆるやかに口を開いた。


「『神が』ウヅをお選びになった。鹿もまた然り……」


そして、何事もなかったかのように茶をすすった。


「我は、神の御心を皆に伝えるのみじゃ……」



大巫女の間には、阿蘇の大巫女が茶をすする音だけが響いた。



その音の間を縫うように、香取の大巫女が小さく呟いた。


「……神が選んだ、ですか。人が裁けぬのも道理ですね」



伊勢の大巫女は、口に手をあてて俯いた。


「うふふっ……おほほほ……」


香取の大巫女は目を細めた。


「何かおかしなことでも?」


伊勢の大巫女は目を伏せたまま呟いた。


「いいえ……ご自分のお言葉かと存じまして」

「………………」


香取の大巫女は、一瞬だけ阿蘇の大巫女の方を見た。

そして、ゆっくりと伊勢の大巫女に視線を戻した。

互いに目が合うと、その眼光はさらに鋭くなった。


伊勢の大巫女は口元に袖をあてたまま、香取の大巫女を見つめた。


「あら、違いましたの? ごめんあそばせ……」


阿蘇の大巫女は黙ったまま、香取の大巫女を横目で見つめた。



「イヨ……」


台与は身を固くしていたが、その声で我に返った。

阿蘇の大巫女がこちらを見ていた。


「はい」

「ウヅを、入れてお上げ」


台与は戸を開けた。


そこには、廊下の隅で肩を抱え、身を小さくするウヅの姿があった。

耳を塞ぐように両手を添えていたが、指の間から涙がこぼれていた。


ウヅは、はっと顔を上げて台与を見つめた。

その目は静かに光っていた。

まるで、夜の露をひとつだけ宿した花のようであった。


「ウヅ……これへ」


阿蘇の大巫女が静かに呼びかけた。

ウヅはおどおどと立ち上がり、足をすりながら中へと入ってきた。

背筋は伸びず、肩はまだ震えている。


「もそっと近う……おお、よしよし……」


阿蘇の大巫女はウヅに膝を寄せると、その小さな体を優しく包みこんだ。

伊勢の大巫女は俯き、上目遣いに二人を見つめていた。


    ※


その頃、王たちの控えの間ではーー


あちらこちらで、王たちが大声を上げていた。


「それでな、我は拳を振り上げ……ばああああん!」


ーーおおお!

どよめきが起こる。


「熊は腹ばいになって伸びおった! そのまま心の臓まで食うてやったわ!」

「見事じゃ! 我の国では熊が田畑に……いっそ、我と汝の国を取り替えようぞ」

「誰が汝のごとき貧しき国に住むか。蕎麦でも啜っておれ!」

「なっはっはっはっは……蕎麦の味を知らんか?!」


「我の国には鯛が多くての、睨むだけで釣れるぞ!」

「それが本当の『めで・たい・なー』というやつじゃな?!」


ーーわははははは!

笑いの波がどっと広がった。


「……まったく、よい加減にいたせ! 酒じゃ、酒がのうなったぞ!」



ムラオサは、その喧騒を横目で見ながら、ちびりとやった。


(……なんと……政を語る者が一人もおらぬ……これがヤマトの王たちか)


向かいには、ムラオサと同じように一人黙したまま座っている王がいた。


(……あの彦尊なら、あるいは……いやいや……)


神つ国の彦尊に話しかける気にはなれなかった。



王の一人が、ぽつりと言った。


「……それにしても長いのう。まだ呼ばれぬか」

「おい、御三方ともお揃いなんじゃろ?」

「……覗いてみたいのう」

「大巫女様を直に見たら目が潰れると聞くぞ……」


その時、二人の王の声が同時に響いた。



「ーーそんなはずが無かろう!」



場が一瞬静まり返った。

だが、すぐにまた笑いが広がった。


「ならばお付の巫女はどうじゃ? 我はイヨじゃの」

「……まだ子供じゃろ、見損なったぞ。 我はウヅじゃな」

「断然ウヅじゃわ! 汝の目は節穴か?!」


ーーあっはっはっはっは!



木の彦尊は、自分と同じことを叫んだ王ーー砂の彦尊に歩み寄った。


「奇遇ですな……まあまあ、一献」


そこへ、もう一人歩み寄る男がいた。明の彦尊である。


「お二方、我の酒も受けてくだされ」


三人は笑いながら盃を交わした。

その笑い声の向こうでは、太鼓が鳴り響き、遠くの山々にこだましていた。



(……なんと浅ましい……)


ムラオサは杯を置き、静かに立ち上がろうとした。


「おう、余の彦尊ではないか!」


声をかけたのは登の彦尊である。


「おお、これは……」ムラオサは軽く頭を下げた。

「どうじゃ、飲んでおるか? この酒、悪くないぞ!」

「……はは、遠慮いたす」


登の彦尊は豪快に笑った。


「まあまあ、そう言わずに! せっかくヤマトに参ったのじゃ、楽しまねば損じゃぞ!」


そこに、一人の男が悠然と現れた。


「おうおう、お二方。飲んでおるか?」

「おう、備の彦尊」

「困ったことがあれば、我に申せ。米とカネなら腐るほどあるでのう……はっはっは!」


そう言って自分の徳利で二人の盃を満たすと、さっと離れていった。


    ※


ーーーパカパッ、パカパッ、パカパッ……


その頃、久米はすっかり馬を乗りこなしていた。

二十人ほどの兵を馬に乗せ、日々訓練に余念がない。


「槍を構えよ! そのまま、そのまま……おお、見事!」


久米は目を細めて、部下たちの動きを眺めていた。


(玄基さんに言わすと基本のキらしいが……だいぶさまになったな)


そこへ、兵士が一人駆けてきた。


「久米様、狼煙です! 来ぬ国が、そこまで来ています!」

「なんだと……すぐ戻る! 兵を集めよ、出撃だ!」

「はっ」


兵士が陣に戻っていくのを見送り、久米は馬首を返して叫んだ。


「集合! お社に戻るぞ!」


    ※


狼煙を上げた後、一目散に駆け戻ってきた金玄基(キム・ヒョンギ)は、途中、久米率いる部隊と出くわした。


「久米殿!」

「おお、ご苦労さまです!」


軍の先頭を行く久米の隣に駒を進める。


「出撃なさるのですか?」

「はい。待っているのは性に合いませぬゆえ」


そう笑う久米を見つめながら、金玄基は続けた。


「兵は二千ほど……我らの倍ですぞ」

「二千……でも、やってみましょう。四本足も乗りこなせるようになったことですし」


久米は一瞬ためらったが、決断は早かった。

(いや、馬を使ってみたいだけかも……)金玄基は思った。


だが、それでも良かった。


「邑には?」

「知らせました」


金玄基は笑顔を返した。


「私も賛成です。では、ご案内いたしましょう」

「おお、お願いします!」


久米が号令すると、ヤマト軍は再び歩み始めた。

久米の横を進みながら、金玄基は思った。


(アヤメさんの邑から離れたところで戦をしてくれるなら、それでよい……)


    ※


同じ頃、ヤマト・大巫女の間ではーー


「ううう……うううう……」


三人の大巫女が膝を付き合わせ、顔を真っ赤にして唸っていた。


「伊勢の……汝が折れよ……」

「いいえ! 折れませぬ……」

「わたくしも、譲りませぬゆえ」


三大巫女の表情が、さらに険しさを増した。

その時だったーー



「ーー致し方なし!」



そう叫ぶと、阿蘇の大巫女は膝を立て、ゆっくりと立ち上がった。

伊勢の大巫女も、肩に手を当てながら腰を上げた。


「白黒はっきりさせましょう!」


香取の大巫女も、すっくと立ち上がると腕をまくった。


「受けて立ちます。いざ、尋常に勝負!」



三大巫女は立ち上がってからも、無言で睨み合った。

大巫女の間には、張りつめた空気と沈黙が広がった。



ウヅは腕を抱えて身を固くした。

台与は、その光景を食い入るように見つめた。



次の瞬間、世界がわずかに軋んだ。


大巫女の間が暗闇に包まれ、荒野に立ち尽くす三柱の女神の姿が、台与の瞳に映った。


その息遣いは、嵐の前触れを告げる風となって枯れ木を揺らし、木の葉を散らした。

その眼光が交わるたび、稲光が走り、天地を切り裂くような轟音と共に辺りを照らす。


女神たちは拳を掲げ、その運命を賭して見つめ合った。

風はいよいよ強くなった。

大地をも持ち上げ、この世にあるもの全てを吹き飛ばさんとしていた。



――かのように、見えた。



台与は息を呑んだ。


(これが『裁き』なのだーー)











「……じゃん……」











「けん……」











ーーぽんっ!









ーーあいこでしょ!


ーーしょ!



……あい……

……こでぇぇぇ……



ーーしょうっ!




大巫女たちの咆哮が轟く。


ウヅは両手で耳を覆い、床に突っ伏した。

台与は呆然として、その光景に見入った。



「なかなか……」

「勝負がつきませんわね……」

「……っ……!」



伊勢の大巫女が低く唸った。


「香取の……あなたチョキばっかり出さないで、偶には変えなさいよ……」


香取の大巫女は鋭く言い放つ。


「これぞ、武門の正道! そういうあなたもパーばかり……」

「私は全てを包み込むのですわ〜。ていうか、あなた、大巫女様に負けてるじゃない?」


阿蘇の大巫女は眉間の皺を深めた。


「これが、神の『意志』じゃ……」




……んんんんん……




ーーじゃんけんぽんっ!


ーーあいこでしょっ!



台与は、三大巫女それぞれの真髄を見たような思いがした。


誰も傷つかない戦いではあった。

だが、この戦いは永遠に続くようにも思えた。


    ※


その頃、来ぬ国の王・クニトラはーー


「なにっ……伊都の兵が南へ?」


伝令のもたらした報せに、耳を疑った。


ウネビヒコは、クニトラを見つめた。


「怪しげな漢人が、この辺りをうろついていたそうにございまする。あるいは……」

「我らの動き……読まれていると申すか?」

「分かりませぬが、念には念を……」


その時、タギリヒコが割って入った。


「偽の報せであろう!」

「何ゆえじゃ?!」ウネビヒコが思わず叫ぶ。

「勘じゃ!」タギリヒコも叫び返した。



クニトラは、腕組みをして空を見つめた。

そして、ひとこと呟いた。


「一日、待ってみよう」


ウネビヒコは伝令に告げた。


「引き続き、敵の動きを探れ」

「はっ」


だが、クニトラは唸った。


「……おかしい。風が来ぬな……」



お読みくださりありがとうございました。

この戦いから目を逸らさなかった台与様……やはり王になる方は違いますね!


次回「第32話 第0次・勢場ヶ原の戦い」ーー本作初、邪馬台国と狗奴国の激突です!

(月曜20時ごろ更新予定です)

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