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第30話 ヤマト・第一幕〜波乱の幕開け〜

いよいよ、倭国の王たちが集う「ヤマト」の地が舞台となります。

三大巫女のもとに諸国の彦尊が参じ、祭祀と政治が交錯する大いなる場。

しかしその華やかさの裏には、不信と利害、そして迫りくる戦の影が……。


余の国の王・ムラオサは、喧騒に包まれたヤマトの地に到着した。


太鼓の音が遠くから響き、鮮やかな旗が風にはためいている。

人々のざわめき、馬のいななき、行き交う兵士の槍の光……。

華やかさの中に、どこか張り詰めた空気が漂っていた。


「……これが、ヤマト……」


話には聞いていたが、実際に見たことは、この歳までなかった。

立ち話をする者を見つけ、敢えてその脇を通り過ぎる。


「大巫女様は御三方とも、昨晩ご入場なさったとのことじゃ……」

「いよいよじゃのう……」


ムラオサは聞き耳を立てながらゆっくりと歩いた。


(クニトラ様は、ああ言っていたが……)


   ◇◇◇


クニトラと語らった夜、ムラオサは尋ねた。


「余の国は、もうヤマトには参りませぬ」


クニトラは目を丸くして尋ねた。


「ーーなぜじゃ? 余の国の有り様、変えてはならぬ」

「……ははっ(……ヤマトの様子を探って知らせろ、という意味か)」


「ただ……」クニトラは続けた。

「ヤマトの最中に、我らが動くやも知れぬ。その際は速やかにお離れくだされ」


ムラオサは両手をついて言った。


「ご懸念には及びませぬ。我、亡き後は、彦尊のよきように……」


   ◇◇◇


イセエビは、ムラオサを遠くから見つめていた。

隣りにいたクジャクが囁いた。


「現れたな……」

「ああ。行くぞ」


イセエビは、クジャクと共にムラオサを出迎えた。


「これはこれは。新しい余の国の彦尊、ようこそお越し下さりました」


ムラオサは一瞬目を丸くしたが、すぐに軽く頭を下げた。

イセエビは続けた。


「控の間にご案内いたしまする。武器はお持ちになれませぬ故、供の者にお預けくだされ」

「心得申した」


イセエビが手を差してムラオサを促した。クジャクはその背後に着いた。


「此の度はご災難でしたな。来ぬ国に襲われたと聞き及びますが」



ムラオサは一瞬だけ顔を曇らせた。


(やはり……だが、クニトラ様を裏切るつもりはない……されど、ここで疑われれば役目は果たせぬ……)


そして、静かに答えた。


「はい……だいぶやられ申した」


イセエビは、横目でムラオサをちらりと見た。


「来ぬの彦尊は『ヤマトには行くな』と申したのでは?」

「はい。そのように申しておりました……はっ、笑止なこと……」

「……笑止?」

「我の国は元よりヤマトでござる。何ゆえ、来ぬ国などに従わねばなりませぬか?」

「……なんと。此度のご参加は、彦尊の独断でございますか?」

「独断ではござらぬが、国の者の総意にござる」



イセエビはゆっくりと頷いた。

クジャクは剣の柄に掛けかかった手を元に戻した。


「こちらです。のちの段取りは、別の者がご案内いたしまする」

「かたじけのうござる。では失礼いたす」


ムラオサは軽く頭を下げると、ゆっくりと王の間に入っていった。

イセエビとクジャクは、その後ろ姿を無言で見つめた。


「おい、今のはまことと思うか?」

「……分からん。だが、疑ってかかるわけにも参るまい」


イセエビは目を細め、黙ってその背を見送った。


    ※


イセエビとクジャクは、ヤマト連合のお社関係者が控える間に戻った。

そして、呟くように言った。


「余の国は『来ぬ国に心服してはおらぬ』と申しておった」


ナカツヒコは、にやりと笑った。


「……真に受ける訳にもいくまい。警戒は続けよう。

 供の者は王の間から遠ざけた。見張りもつけた。なあに、何も出来んさ」


「そうじゃな……」イセエビも頷いた。


ナギサヒコが口を開いた。


「では、始めようか。まずは、瀬戸内の話からじゃ」


    ※


しかし、ナギサヒコとイセエビはお互い譲らなかった。


「伊都の兵は動かせぬ!」

「こちらも出来ませぬ! 距離がありすぎます」

「伊勢が兵を増やせばよいではないか!」

「兵は夏と冬しか動かせませぬ。伊都でやって頂かなければ……」

「出来ぬものは出来ぬ!」


ナカツヒコは腕組みをして眺めていた。

やがて、ポツリと言った。


「別の話にしませんか?……伊支馬殿の後任は香取で決めて下さい。はい、終わり」


伊支馬が片手をかざした。


「待たれい。根本は、香取の民が『もう戦は嫌じゃ』と……」

「我らとて望んで戦をしているのではない!」クジャクが怒鳴った。


伊支馬は食い下がった。


「何故、我らだけで夷と戦うのですか? 集団的自衛という考えが……」

「言うて、接しているのは香取の領域のみであろうが」イセエビが鼻で笑った。


伊支馬がぼそりと付け加える。

「いや、香取の民はもう疲弊しておるのだ……田植えすら満足に……」


「……それも事実だ」クジャクは頷いた。

「されど、領域を守るのはその国の務め。踏み越えろと言うなら、制度を改めねば」


皆は黙り込んだ。

「もっともではあるが……」誰かが小声で呟いたが、空気は重い。


ここまで黙って聞いていた難升米が口を開いた。


「つまり、我らは……遠征ができぬのだ」


全員の顔が固まった。


「おお、魏に行った者は言うことが違う」イセエビが目を細める。

「茶化さないでください!」難升米が怒鳴る。


ナギサヒコが床を叩いた。


「分かった。伊都の兵を増やせば良い!」


「簡単に申されるが……」イセエビが眉をひそめる。

「増やすなら香取でござろう……」伊支馬が呟いた。

「先ほどは伊勢が、と……」クジャクはひとりごちた。



ナカツヒコは頭を抱えて俯いた。


「……もういい。次じゃ、親魏倭王印の件」



まず、ナギサヒコが声を張り上げた。


「阿蘇に決まっておろう。大巫女様が最年長じゃ」


イセエビは唸った。


「伊勢でござろう。ヤマト全体の取りまとめをしておるのは、伊勢じゃ」


伊支馬も手を上げた。


「いやいや、香取でござろう!夷に睨みを効かすためにも……」

「お辞めになる方はお静かに願えませぬか?」クジャクは伊支馬を冷めた目で見つめた。



四人は一歩ずつ膝を寄せた。

しばらく睨み合った後、口角泡を飛ばし、床を叩きあった。


その様子は、もはや議論ではなく口喧嘩であった。


    ※


ナカツヒコはため息をついた。


「駄目だ……これも決まらぬか。

 各地の王に諮ろうにも、案すらまとまらぬとは……」



そこへ、戸の向こうから声がした。


「失礼いたします」


するすると顔を覗かせたのは台与だった。


「大巫女様が『そろそろ話を持って参れ』と……」


「……まだ、何も決まってないんだ……」ナカツヒコが答えた。


台与は目を丸くした。


「ええっ?」


    ※


台与が戻っていった後、その場は静まり返っていた。

クジャクが、ぽつりと呟いた。


「……魏から印など頂戴したのが、そもそもの間違いだったのかもしれませぬな」


イセエビは伊支馬を睨んだ。


「宝も、扱いを誤れば毒となる……誰じゃったかのう、言い出したのは?」


伊支馬も睨み返した。


「鹿十頭で得たと思えば十分すぎる代物じゃ」


ナギサヒコは腕組みをして俯いた。



その時ーー


「失礼いたします」


戸がするすると開き、白衣の袖を揺らしながらウヅが現れた。

慎ましく平伏する姿は、花が伏して露を受けるように可憐で、間の空気がふっと和らぐ。


「大巫女様の方でご裁可なさります故、『皆様はお休みください』とのことにございます」


その場の全員が、黙ったまま肩を落とした。


    ※


その頃、金玄基(キム・ヒョンギ)は、山中から麓を眺めていた。


アヤメがいる邑からは、さらに遠く離れていた。

だが、不吉な予感が脳裏を過った。

眼下には、煙が幾筋も立ちのぼり、槍や甲冑の影がちらついていた。


(来ぬ国の兵が、もうこんなところに……)


その時だったーー



「ーーおい、そこの倭人!」


背後から何者かが呼ぶ声がした。


(ーー漢語?!)


金玄基が振り向くと、見知らぬ男が立っていた。

軽装の鎧を着け、環首刀のようなものを手にしている。

その男は、にやりと笑った。


「お前、やはり漢人か? 倭装が似合ってないからな!」


金玄基は、慌てて馬に飛び乗った。

鐙を踏み外しそうになりながらも、必死に鞍にしがみついた


「ーー待て! そこで何してやがった?!」


男が遮るように、馬の前に踊りだした。

だが、金玄基は構わず馬を走らせた。


「ーーおわっ!」


男の悲鳴が背後から響いた。


(何故ここに漢人が?! 南方訛りだったな……)


金玄基は、必死に馬を走らせながら、近くの狼煙台を目指した。



ーー久米の陣に知らせるのだ。



お読みくださりありがとうございました。

会議というものは、どうしてこうも、決まらないのでしょうか?


次回「第31話 ヤマト・第二幕〜大巫女たちのヤマト〜」いよいよ、三大巫女が舞台にそろいます。

(木曜20時ごろ更新予定です)


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