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第27話 明太子テスト・追試験

明太子テスト・再試験の科目は「家造り」!結果はーー

温もりと笑いに包まれた日々。

だが、その幸せは長くは続かなかった――。


そんな生活が数日続いたある日ーー


金玄基(キム・ヒョンギ)は家造りを手伝っていた。

場所は、タケノオの家のすぐ隣であった。


朝から、縄に繋がれた材木を引きずった後は、わらを投げ渡したり、材料を運んだり。

ただ、家造りに詳しい男たちが数人いて、木とわらの簡素な家はみるみる間に完成した。


「ここには、誰が住むのですか?」


金玄基はタケノオに尋ねた。


ーーおお、わはは!


周囲から一斉に笑い声が上がった。

その場にいた全員がにやりと笑いながらこちらを見ていた。


「汝ったい!」


タケノオは眉間にしわを寄せて、こちらを睨んだ。


(家をくれるのか?!)


その目つきは怖かったが、金玄基は嬉しくなった。


「ありがとうございます!」


タケノオに深々と頭を下げ、周りの男達にも頭を下げて回った。

握手を求めてくる人もいた。


「これからよろしゅうな」

「はい!」


力を込めて答えたが、ふと思った。


(そう言えば、帰らなくて……いやいや、駄目だ駄目だ)


金玄基には自覚があった。

自分は、無官の属吏である。

理由はどうあれ、持ち場を離れた以上、打首は免れない。


ここで暮らせるなら、その方が良いに決まっている。


さらに、タケノオの子供たちも駆け寄ってきて、新築を祝ってくれた。


「おじさん、良かったっちゃね!」

「おめでとう〜」

「ありがとう〜」


なんと良い土地に流れ着いたものか。

どこにも居場所がなかった自分に、家をくれる。

魏に仕えていた頃には、決して得られなかった温もりだった。


    ※


その日の夕食は、邑の中ほどでの宴会だった。

タケノオが一人、胡座をかいた膝に手を置き、背筋をピンと伸ばして


「た〜か〜さ〜ご〜や〜……」


とは言っていなかったが、唸るように歌っていた。

周囲に篝火はなく、中心に焚かれた炎の灯りだけを頼りに、人々は歌い、飲み、笑った。


金玄基の隣には、あの娘さんがいた。

顔を伏せて、所在なさそうに座っている。

時々、住人が酒をつぎに来ては、それを飲んでいた。


その時、じいちゃんが寄ってきて、金玄基の盃に酒を注いだ。


「おう、ヒョンさんよ……我ん国で女子に名前ば聞くっちゅうとは、こげんことたい」

「はい。心得ております」

「まあ、よろしゅう頼むばい!」


そう言うと、じいちゃんは力を込めて金玄基の肩を叩いた。

金玄基は肩のしびれに耐えながら、にっこりと笑ってみせた。

いや、やや引きつっていたかも知れない。



実は、金玄基は全く分かっていない。

この会を、村人総出での新築祝いだと思っている。

あまつさえ、今のひとことで『女子に名前を聞いた罰として働くと、ご褒美に家がもらえる』と理解した。

倭国、良い所、一度はおいで、とでも歌いたくなった。

やや酒に酔って混乱していたのだろうか。そんな訳ないのに。



その最中、ふと気づいた。

今まで見てきた倭国の集落とどこか違う。

以前からそう思っていたが、夜になるとはっきりと分かった。


「そう言えば、邑を守る兵士がいませんね?」

「そげなもんおらんばい」


タケノオは遠くを見つめた。


「ここは我らん邑たい。我らで守るたい」

「敵は攻めて来ないのですか?」

「しょっちゅう来よるとよ」


タケノオはさらっとそう言い、更に続けた。


「でも、国とか言うもんに縛られんで生きらるっちゃ」


金玄基には初耳だった。

倭国の中に自治都市がある、とはナカツヒコからも聞いたことが無い。


だが、あって然るべき生き方だと思った。

人々のこの雰囲気、温かさは、魏では感じたことのないものだった。


    ※


宴もたけなわとなり、金玄基は自分の新しい家に戻った。

改めて見てみると、建てたばかりの家は清々として落ち着かない。

ここには前のように、中へ入ると必ず誰かがいる、という安心感はなかった。

だが、そこまで贅沢は言えない。


そう思いながら新居の中へ入った。

入ったが……

入ってみると……

なんと。


中座したはずのあの娘さんがちょこんと座っているではないか。


その傍らには、自分の身の回りの物も運んできていた。


(どういうことだろう?)


呆然と立ち尽くした。

名前がわからないので、声もかけられない。

あ、いや、そうではないな、と思い直し尋ねた。


「お嬢さん……」


彼女はにっこりと笑って静かに立ち上がり、金玄基に歩み寄った。

そして背中に手を回すと、小さな声で囁いた。


「アヤメといいます。これからよろしくお願いします」


「アヤメさん……はい、こちらこそよろしくお願いします」


金玄基も思わず彼女の背中に手を回した。

そして思った。


(名前を告げるだけなのに、なぜこんなにも近い?)


その時、台与の言葉が脳裏に蘇った――「名前は大事なものなのです」


(ああ、これが倭国なのか……名を呼ぶとは、こういうことなのか)


背に回された手の温もり、胸の柔らかな感触。

玄基の心は奇妙にざわめいた。


(もっと、触れていたい)


だが、その手は袖に触れただけで止まり、震えた。

アヤメは身を固くしたが、拒むことはしなかった。


その夜は、こうして更けていった。


    ※


アヤメは、よく働く人だった。

骨ばった肩や痩せた頬に似合わず、鍬を振るう姿は逞しかった。


ある時、金玄基が畔に腰を下ろしていると、アヤメは汗で張りついた髪を後ろでひとまとめに結わえ直した。

動きは素早く、ただ仕事を続けるための仕草にすぎない。

それなのに、陽に焼けた横顔にかかる髪の隙間からのぞいた笑みが、どうしようもなく愛らしく見えた。


「なに?」

「いや……なんでもない」


金玄基は視線を逸らしたが、胸の奥で妙に温かいものがじんと広がっていた。


一日の仕事を終え、アヤメは泥のついた手で額の髪を無造作にかき上げた。

夕陽に照らされて濡れた肩の線があらわになり、骨ばった輪郭が影を落とす。

働き尽くした女の姿であるのに、不思議と胸がざわめいた。

金玄基は息をのんで、その横顔から目を逸らせなかった。



帰宅すると、金玄基は掛け布団代わりに縫い直してもらった長衣をアヤメにかけてやった。


「……温かいね」


小さく驚いた声に、玄基の胸はじんと熱くなった。


(この人が笑うなら、俺もまだ頑張れる)



そう思わせる日々は、決して二人きりだけのものではなかった。

繰り返す日常には、邑全体の喜びがあった。


――ついに稲が実った。


邑の住人が総出で刈り取り、束ね、干す。歓声と笑い声が一日中絶えなかった。

金玄基は、その光景を忘れまいと心に刻んだ。


(これが倭国の暮らし……これが、実りの喜びか)


アヤメさんも、稲を抱えて笑っていた。

その笑顔を思い出すだけで、胸の奥が熱くなった。

だから毎日の労働も、喜びの延長に感じられた。



だが、そんな日々は、たったの一月半ほどで終わった。


    ※


「ーーヤマトが来たぞ!」


遠くから邑の住人の一人が叫んだ。


「ヤマトだと?!ーーみんな、女子供を隠せ! 男衆はここに集まれ!」


タケノオが大声を上げると、里人たちは皆畑仕事を止めて走り出した。

金玄基は、タケノオの元に駆け寄った。


「相手は軍隊だ。どこまでやれるかわからないが、できる限り抵抗しよう」

「はい!」


とは言え、手にしているのは鋤、鍬あるいは鎌といった類であった。

細い狩猟用の弓矢が頼もしく見える。

軍用の槍や剣の前には、無力でしかないように金玄基には思えた。


だが、一度は死んだ身だ。

ここで終わるのも良いのではないだろうか。

そう思えるくらいには充実していた。一生分の幸福も得た。

堀もある。アヤメさんが逃げる時間くらいは稼げるだろう。


そう身構える間にも、鎧兜を着た隊列がゆっくりと近づいてきた。

やがて、彼らは邑の入口に列をなした。


ヤマトの兵の一人が叫んだ。タケノオも叫び返す。


「ーータケノオ、いるか?!」

「おう、ここにいるぞ!」

「今日こそ、ヤマトに降れ! この邑を明け渡せ!」

「断る!」

「ならば、全員捕らえて奴隷にするぞ!」

「やれるもんなら、やってみろ!」


絶望的な問答が繰り返された。


邑の男たちは固唾をのんで、それぞれ手にしたものを構えている。

だが、誰一人声も上げず、逃げようともしない。

その姿は、金玄基にはとても心強く、美しくさえ見えた。


そんな中、ヤマトの陣列から武将と思しき者が歩み出てきた。


「ーータケノオ、我はヤマトの難升米(なしめ)だ。ヤマトに降れば、汝らの安全を保証する!」

「嘘つけ!」

「嘘だった試しがあるか?」

「ない! だが、我らは国など信じぬ!」


ーーそうだ!


村人達が一斉に声を上げる。

だが、難升米は続けた。


「強き国に従わぬ邑は、生き残れぬ時代になったのだ! 目を覚ませ!」


金玄基は耳を疑った。


(難升米……様?!)


確かに聞き覚えのある声だった。

金玄基は、気づけば叫んでいた。


「難升米様、金玄基です! 貴方とお話がしたい!」


邑の人達がざわめいた。


「あいつ、ヤマトの回しもんだったか……」

「どうりで……」


金玄基はそれでも構わず難升米を見つめ続けた。

思っていたほど、反応がない。難升米は覚えていないのかも知れなかった。

だが、そこは賭けだ。洛陽で共に過ごした日々に賭けた。


やがて、難升米が叫び返した。


「ならば、ここで話そう! その者を邑から出せ!」


タケノオは低く唸った。


「……何だと?」

「お義兄さん、行かせてください!」


タケノオはしばらく黙ったまま難升米らを見つめていた。

だが、やがて金玄基を見下ろして言った。


「よし、行ってこんね」


金玄基は門を開けてもらうと、難升米の元へと歩んだ。

邑の門は、金玄基が外に出た途端に閉じられ、再びかんぬきが差された。


    ※


「あなた!」


アヤメは走りながら叫んだ。

だが、タケノオに呼び止められて、足を止めた。


堀の向こうでは、夫の金玄基がヤマトの大将と向き合い、何か話している。

夫は身振り手振りを交えて、何かを必死に訴えていた。


ヤマトの大将が剣を収めた時には、少しほっとした。

だが、彼は突然、夫を指差した。

すると、縄を手にしたヤマトの兵士が夫を取り囲み、たちまち捕縛してしまった。

夫は、幾重にも縄を掛けられ、兵士たちに蹴られながら、軍列の中に消えていった。



ヤマトの大将が再び大声を上げた。


「タケノオ、今日のところは引き上げる! だが、こいつは連れて行くぞ!」


ヤマトの兵は、その大将の言葉通り、整然と去って行った。


アヤメは全身から力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。

再び顔を上げた時には、どこを見渡しても、夫の姿は無かった。


    ※


アヤメは、兄の家に戻ってきてからも囲炉裏の端で俯いていた。

その隣には寄り添うようにハルエが座っていた。


邑の周囲を探しに行ったタケノオが、家に入ってきた。


「あいつの遺体はどこにもなかった」

「良かった……まだ生きてるんだ……」ハルエが呟いた。


そう思えば、希望もわずかに灯った。


それでも、アヤメの涙は止まらなかった。嗚咽がこぼれる。

やがて、こみ上げるものを堪えきれず、アヤメは吐き伏した。


「……アヤメさん!」ハルエが背をさすった。



「おめでたね。大丈夫、大丈夫よ……」


ハルエの声は震えていた。

それは、アヤメの家族の誰もが気づいたことでもあった。


アヤメはぐったりとハルエにもたれかかり、ただ静かに泣き続けた。

虫の音と、遠くの波の音だけが響いていた。



お読みくださりありがとうございました。

こうなっちゃいましたが、どこに合格要素があったのか?さっぱり分かってません。


次回「第28話 ヤマト発進」。おお、波動砲来ますか?

(月曜20時ごろ更新予定です)

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