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第24話 邪馬台国にて

王の威厳と意思の強さを兼ね備えた香取の大巫女。だが台与には冷たかった。

少女の悲しみを他所に「ここは邪馬台国」と喜ぶ使節団一行。

そして、魏船は香取を離れる時を迎えるーー

台与は、香取の大巫女をじっと見つめていた。

それは役目上のことでもあったが、記憶の探索でもあった。


この人の姿は、どこかにあっただろうか。


ここに来るまでは、薄っすらと残っているような気がしていた。

だが、それは巫女のお姉様のものだったのかも知れない。

あれも違う、これも違う……。



物心ついてから初めて見るその姿を焼き付けておきたい気持ちもある。

目を逸らすのはもちろん、瞬きをするのも惜しい。


香取の大巫女は、大巫女の中では最も若そうに見えた。

大刀を振るっていた時は大きく見えたが、間近で見るとほっそりとして華奢であった。


それでも決して小さくは見えない。

凛とした顔立ちのためだろうか。

その目には鋭い眼光があり、並々ならぬ意志の強さを感じる。


滅多に口を開くこともなかった。

だが、開けばその言葉は端的で、無駄は一切ない。

淡々と、梯儁らに応じている。


だからだろうか。

これだけ見つめていても、目が合うことは一度もなかった。

ひとこと、声をかけてくれることもなかった。


台与は、母たるこの人の記憶を探し出せないままだった。



謁見の儀は滞りなく進んだ。


親魏倭王印が差し出されると、伊支馬はそれを台与に渡した。

台与は、それを持って大巫女の前に歩み出ようとした。

しかしーー


「そなたは、何じゃ?」


大巫女は、静かに口を開いた。



台与は一瞬立ちすくんだ。

だが、気を取り直して膝をつき、金印を大巫女の前にそっと差し出した。


(これが私のお役目だから……)


そう思いながら、両手をついて深々と頭を垂れた。

「私は、阿蘇の社で斎女を務めます……」



「ーー無用じゃ。下がりなさい」



大巫女は台与の言葉を遮って、鋭く言った。



台与は、背中に冷たいものが這い上がるのを感じた。

膝が床に縫い付けられたかのように動けなくなった。


(どうして……どうしよう……?)


辛うじて、顔を上げた。

だが、大巫女の目は梯儁らのいる方を向いている。

当然と言えば、当然なのだが。



「はい」


そう答え、一礼した。


体が震える。

どうにか立ち上がり、足を運んで、やっとのことで外の廊下にたどり着いた。


廊下の先には誰もいない。

足音だけが、頼りなげに響いた。


    ※


金玄基(キム・ヒョンギ)は唖然とした。


台与が、大巫女に一喝され、退場してしまった。

こんな光景は、これまで一度も見たことがなかった。


大巫女と直接言葉を交わせない金玄基は、台与に助けてもらったことも多かった。

だが、それは甘えにすぎなかったのか。もはや通じなくなった。


梯儁は黙ったまま、わずかに口を開けていた。

裴世春は目を細め、口を固くへの字に結んでいた。

まだ通訳していなかったが、二人も異変を察しているようだ。


その時、伊支馬が床に両手をついた。


「大変失礼いたしました。本来ならば、我が大巫女様に直接お渡しすべきところ……」


梯儁に向けて、薄笑いを浮かべている。

まるで、大巫女を庇うかのように、形ばかりの謝辞を述べた。

金玄基は、そこから通訳を再開した。



香取の大巫女は、答辞も手短だった。


「印綬はひとまず預かりましょう。ご使者殿、遠路、大儀でした」


そう言うと静かに立ち上がり、部屋を後にした。


    ※


「まったく、王の中の王とは、あのような御方のことを申すのであろうよ」


梯儁は諸肌脱ぎとなり、汗を拭った。


裴世春は、そこまでしていなかったが、窓際に立っている。

風にあたっているのだろう。おそらく、風景は見ていない。


「さようですな。私も一つ作りましたぞ」


そう呟くと、一つ吟じた。


「平野連万戸 (平野は連なりて万戸)

 巫気異三山 (巫女の気は三山に異なり)

 威容当女王 (威容はまさに女王に当たる)

 此地是倭台 (此の地こそ是れ倭の邪馬台なり)

 ……」


「なかなか良い出来じゃな」梯儁がそう言うと

「ありがたきお言葉。ならば、何晏(かあん)様にもお聞かせいたしませぬと……」


と言って、にやりと笑った。



金玄基は、ただただ気疲れしてしまった。


(ものすごい圧迫感だった……)


床にどっかと座り、両手を後ろに突いた。

だらしない格好であったが、叱られるまではこのままでいようと思った。


なので、すっかり台与のことは忘れてしまっていた。


    ※


台与はよろめきながら、なるべく社殿から遠ざかろうと歩いた。

時々、後ろを振り返っては思う。


(……まだ近い)

でも、もしかしたら、とも思った。


だが、やはり大巫女がこちらを見ることはなかった。

そしてまた、ふらふらと歩く。



厳しい方なのだ。あのようなお姉様は阿蘇にもいた。

でも、こんな気持ちになったことがあっただろうか。


伊勢の大巫女様が、あんなことを言わなければ。

ナカツヒコが、はっきり「違う」と言ってくれれば。


香取の大巫女様ーー

私はどうして、あの人をお母様だと思ってしまったのだろう。


湧き上がる思いの一つ一つが、台与の胸を締めつけた。



大きな樫の木が見えた。


台与はその木の裏に隠れ、幹に背をもたれた。

濃緑の葉が陽の光を弾いて、きらきらと輝く。

風に揺れる枝葉の間から、強い陽射しがこぼれ落ちた。


台与は目を閉じた。

膝を折り、ざらついた樹皮に背中を滑らせる。

根元まで下がると、幹はひんやりとしていた。

時折吹いてくる風が、土の匂いとまだら模様の陽光を連れて来た。


(私は、この木から生まれたかった)


台与は自分の膝に顔を埋めた。


    ※


香取の大巫女は社殿の奥座敷に戻ってきた。

そして、平伏していたナカツヒコを見下ろした。


「……終わったわ」


ナカツヒコは頭を上げた。


「イヨと話してくれたかい?」


大巫女はじっとナカツヒコを見つめた。


「無礼な物言いは許しませぬ」

「あの子の……いいえ、失礼いたしました。お許しください」


ナカツヒコは再び頭を下げた。

それを見て、大巫女は呟いた。


「……話したわ」

「それは、よろしゅうございました」


ナカツヒコは、にこりと笑って深々と頭を下げた後、座敷を出ていった。


一人になった大巫女は視線を落とした。

そして、ナカツヒコがいたあたりの少し横を、じっと見つめ続けた。

そこに娘の影を見るかのように。


    ※


数日後ーー


魏船は帰途に着いた。


伊支馬をはじめとする倭の官人が見送る中、船はゆっくりと動き出した。

見物人も大勢来ていた。

梯儁ら魏の使節団一行は、船縁に立って群衆に手を振っていた。


台与も手を振る人と目が合えば、軽く手を振ってみせた。

だが、心にはぽっかりと穴が空いたままだった。


その時、群衆からざわめきが起こった。


「大巫女様……」


人の群れが二つに裂け、その間を白い小袖と赤い袴を履いた三人の巫女が歩んで来た。


台与は身を乗り出して、その先頭を歩く巫女を見つめた。

その人ーーおそらく大巫女は、両手を袖に隠し、胸の前に組んで立っていた。

まるで時を止めたように、こちらを見つめている。


その間にも、船はどんどん離れてゆく。


台与は、人垣をかき分けて船尾に走った。

そこから見える大巫女は、先ほどと変わらない姿勢で、こちらを見ていた。


大巫女がどこを見ているのか、誰を見ているのか、それは分からなかった。

ただ、台与には、その視線が自分に向いているように思えた。


(ーー大巫女様!)


台与は手すりにしがみついた。

叫びたい気持ちは抑えたが、涙を堪えることは出来なかった。


遠くから流れてくる潮風が頬を濡らす。

大巫女の立ち姿は、見えなくなるまで変わらなかった。



お読みくださりありがとうございました。

ここで、台与様に本当のところを伺いたいと思います。

作者「台与様、邪馬台国って本当はどこだったのですか?」

台与「えっ?うーん……」

作者「卑弥呼様って本当は誰だったのですか?」

台与「まあ……魏の方々が納得しているようですから、そういうことにしておきましょう」


次回「第25話 さらば、倭国」

魏の使節団も帰国の途につき、次のお話に移ります……。

(木曜20時ごろ更新予定です)

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