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第23話 邪馬台国へ Take 3

台与は、香取の大巫女を前にどう振る舞えばよいのか分からずにいた。

倭国の各地で思惑が渦巻く中、魏の使節団はいよいよ香取の宮へ。

そこに現れたのは、王の威容を備えた大巫女であった。


正始元年七月某日ーー


魏の使節団一行を乗せた船は、房総半島の先端の港町に停泊した。

今夜は、ここで一泊する。


梯儁や裴世春は、同行してきた伊支馬たちとともに宿舎で酒宴をしている。

そんな中ーー


台与は一人、月の灯りだけが頼りとなった砂浜に佇んでいた。

浜辺に寄せるさざ波の音が、力強く響く。

海は薄明かりに照らされ、辛うじて見えたが、そこは闇と音だけの世界だった。



ーードスン!


台与の背中から、砂の上に大きな石を落とす音が響く。

振り返ると、金玄基(キム・ヒョンギ)が両手をぶら下げ、腰をかがめていた。


「台与様、持って参りました」

「貴方の分は?」

「……面倒ですから、砂の上で結構です。で、お話とは?」


そう言うと、金玄基は砂浜にどっかと腰を下ろした。

台与はそれを見てからゆっくりと、金玄基が運んできた石の上に腰掛けた。


「貴方は、もしお母様に会えたら、なんとご挨拶しますか?」

「……母は死んだと聞いています」

「もし生きておいでで、もしもこの先、会えたら、です」

「そうですねぇ……」


金玄基はしばらく黙ったまま夜の海を眺めていたが、やがて呟いた。


「『母上!』……でしょうか」


台与は金玄基の横顔を見つめた。


「真面目に答えてください」

「けっこう真面目です」


台与に向けた金玄基の目は、確かに笑っていなかった。

彼はすぐに目を逸らすと、しばらく黙っていた。

やがて、思い出したように口を開いた。


「ああ……『ご心配をおかけしました』……でしょうか!」


と言うと金玄基は、にかっと笑った。


台与は思わず目を丸くして金玄基を見つめた。


「貴方は……お母様と過ごせなかった時間を、どう思っているのですか?」

「それは、積もり積もったものはありますよ……でも」


金玄基は一瞬うつむいたが、またこちらを向き直った。


「その時間を、母も同じように、同じ気持ちで過ごしたと思うのです」


台与は、真っ暗な海に視線を移した。

水が盛り上がっては消える。

音を立てて近づいて来ては、静かに遠ざかっていった。


「そうですね……きっと、そうでしょう」


台与は呟いた。

半分は金玄基への答えとして、もう半分は自分を落ち着かせるために。


    ※


ところで、あの男ーー


木の彦尊(きのひこみこと)は肩膝を片腕で抱えながら、その従者の報告を聞いていた。


「阿蘇の大巫女様は、押戸石(おしとのいし)からお生まれになり、その際、お一人で岩をお登りになって、昇る朝日を浴びながら祈りを捧げられたそうにございまする」


「うむ……伊勢のは?」


「伊勢の大巫女様は、夫婦岩からお生まれになり、波の間からお顔をお出しになられますと『天地の間に幸あれ〜』と仰られたそうにございまする」


「……香取は?」


「香取の大巫女様は、赤城山の神の姫君が、武甲山の神に見初められ……」



「汝……やる気はあるのか……?」


木の彦尊はそう唸ると、ゆっくりと立ち上がった。

その左手は剣の鞘を掴み、右手は柄にかかっていた。


「やる気はございます! なれど、これが巷で信じられている……うわっ!」


木の彦尊は抜いた剣を振り下ろした。間は一瞬にして、朱に染まった。


「……どいつもこいつも、我に逆らいおって……」


    ※


こちらの男ーー


砂の彦尊(さのひこみこと)は、まだ負傷した左腕が痛む。


「……もそっとゆっくりやってくれ」

「申し訳ございませぬ」

「全く、これだから女は……」


そして、包帯を外そうとしていた妻を睨んだ。

ただ、その妻の献身的な手当の甲斐あって、傷はだいぶ回復している。


「もう戦は、ほどほどに……」妻がそう言いかけると、その男は

「誰のためにやってると思っておる?」と唸った。

「はい。申し訳ございませぬ」妻はそう言いながら包帯を巻いてゆく。


そこに、従者の一人が男の前に歩み出て、跪いた。

「彦尊、ご報告が」

「外せ」男はちらりと妻を見やった。


男の妻は静かに頭を下げると、黙って部屋を後にした。


    ※


一方、こちらではーー


「はっはっはっはっは!」


備の彦尊(びのひこみこと)は上機嫌だった。


「効いたわい、この薬!」そう叫ぶと、自慢するように自分の太ももを叩いた。

「やはり、この世はカネじゃ。カネは神ほども光る!」


周りにいた従者は薄ら笑いを浮かべながら、頭を下げた。


「来ぬ国にはやられたが、船も通れるようになったし、我の国は潤っておる」

そう呟くと、さらに従者の一人の頭に向かって大声を放った。


「存外、頼りになる奴らよ!」


    ※


魏船は、海に突き出した半島のすぐ裏から、川を遡った。


「香取は、間もなくにございまする」


ナカツヒコが、梯儁にそう告げている。


(いよいよ、最後の卑弥呼様とご対面……か)


金玄基は以前ほど緊張しなかった。


これまで二度も肩透かしを食らっているのだ。

もし違っていても、驚かない自信はある。

その時は、次に行けばいい話だ。

梯儁や裴世春は困るだろうが、

身分の低い者は、心持ちも気楽でいい。


意外にも、船は乗り換えること無く、香取の船着き場に着いた。


    ※


「えい! やあ!」


香取の宮の鳥居の前にいた魏の使節団一行に、女の声が届いた。


梯儁と裴世春は立ち止まり、辺りを見渡した。

金玄基も、声の主を探した。そして、梯儁と裴世春に囁いた。


「……あちらでは?」


その姿は、目線の先にあった。


服装は台与同様の巫女衣装。

だが、その小袖の輝くように白さと、緋袴の赤の一層深さが、他の巫女とは違って見える。

頭には白い鉢巻きをして髪を縛り、掛け声と共に木の大刀を振り下ろしていた。


(巫女があれほど大刀を使うのか?)金玄基は驚いたのだが


「女官が青龍偃月刀を振るっておる……」梯儁はさらに目を丸くしていた。


刃の部分が木ではなく鋼鉄なら、そう見えなくもない。


「その筋、閃光のごとく……」裴世春は顎に手を当てて唸った。


台与は、その巫女をじっと見つめていた。



やがて、ナカツヒコの姿も視界に入ってきた。

彼は、その巫女の脇に跪き、片手をついた。


だが、その巫女はナカツヒコを顧みず、そのまま大刀を振るい続けた。

ややしばらく経ってから、ようやくナカツヒコを見下ろした。

その様子も一同を驚かせた。


遠目ではあったが大刀を床に突き立てたその立ち姿も、見る者を圧倒した。

まるで、戦神の像のようであった。


(只の巫女ではない……!)


それは金玄基が思うまでもなく、誰の目にも明らかなことだった。

梯儁の額には、汗が滴っていた。

裴世春の眼光は、一層鋭くなった。


(あの方が香取の大巫女……卑弥呼様か?!)


その場の誰もが、そう思ったことだろう。

ただ、台与だけは両手を胸に当て、うつむいていた。


    ※


伊支馬が深々と頭を下げて言った。


「大巫女様のお越しにございまする」


一同は背筋を伸ばした。


通された社殿は、静寂に包まれた。

上座の傍らに控える台与は、いつもより表情が硬い。


梯儁は固唾を飲んでいる。

裴世春は薄っすらと笑みを浮かべていたが、こめかみの辺りから一粒雫を落とした。


金玄基は、おそらく大巫女が座るであろう上座を凝視した。

そして、あることに気づいた。


(あれ、この部屋……御簾がないな……?)



香取の大巫女ーーその人は音もなく現れた。

足音も、服が擦れる音もなく、見ていなければ気づかないほどだった。

その姿は陽光を背に受けて影となり、その人自身から光が発せられているように見えた。


梯儁と裴世春は拱手礼を取り、頭を下げた。

金玄基も思わず倭国風に、両手をついて平伏した。


伊支馬が頭を下げたまま言った。

「当、香取社の大巫女様です」


梯儁が拱手礼を取りながら口上を述べた。

「ぎ、魏国より……しょ、しょ、詔勅を報じて参りました……某は……」


「梯儁殿……」裴世春が横から耳打ちする。

しかし、そういう裴世春の背中にも汗が滲んで見える。


「正使・梯儁と申しまする……」


そう言うと、梯儁は深々と頭を下げた。


「同じく副使の裴世春はいせいしゅんと申しまする……」


裴世春も深々と頭を下げた。



しばらく間があった。

梯儁は言葉を探すように息を呑み、ようやく声を絞り出した。


「この威容……まさしく王の御姿。某、天子の詔を携え参じましたこと、無上の光栄に存じまする」


裴世春も続いた。


「この威は神にも等し……倭国は確かに女王の御もとに一つ。某も、天子の証をここに捧げるを誇りといたしまする」


二人の声には、もはや外交辞令を超えた畏敬が滲んでいた。



香取の大巫女は黙したまま、ただ一度、静かに頷いた。


金玄基には、これまでは戯れであったのか、とすら思えた。

帯方郡を発つ時から思い描いていた「倭の女王」の姿が、いま目の前にあった。



お読みくださりありがとうございました。

卑弥呼様ってどういう人だったんだろう?と考えたら……三人目が登場!本物はどなたでしょう?


次回「第24話 邪馬台国にて」、いよいよ魏志倭人伝・最大の謎に挑みます!

(月曜20時ごろ更新予定です)

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