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第21話 邪馬台国へ Take 2

伊勢の大巫女は女王・卑弥呼なのかーー

ゆるやかで掴みどころのないその姿は、一行を困惑させるばかり。

しかし、筆頭侍従は目を細める。「あれでええんじゃ……」


それは、金玄基(キム・ヒョンギ)たち魏の使節団一行が、伊勢の大巫女を待っている時のことだった。


「大巫女様のお越しです」


右手に座すイセエビが両手を床に置き、頭を下げながらそう言った。

続いて、クジャクも同様に頭を下げる。


魏の使節団一行に、張りつめた空気が広がった。

いよいよ倭国女王・卑弥呼の登場である。



ーードタドタドタドタッ


廊下の向こうから、大きな足音が聞こえる。

次いで、女の大きな声が聞こえてきた。


「もう〜、なんなのですか、急に?! ねえ、帯緩んでない?」


女官だろうか、小声で答える別の女の声もする。


「大巫女様、一度お部屋に……」



(いよいよ、伊勢の大巫女の登場か……)

と緊張したのは、金玄基のみであった。


梯儁は少し口を開けて、目を丸くしていた。

裴世春は怪訝そうな顔で、音のする方を睨んでいた。



イセエビは頭を下げたまま、ちらりと横を見た。

そして、軽く一礼したのち、すっくと立ち上がり、部屋を出ていった。


クジャクは、下げた頭をゆっくりと元に戻して言った。


「皆様、しばしごゆるりと……」



隣の部屋だろうか、声を押し殺して話すイセエビと女官の会話が聞こえる。


「……いかがなされましたか?」

「イセエビ殿、今はなりませぬ……」


やがて、イセエビが戻ってきた。

元いた場所に座り、両手をつくと、頭を下げて言った。

「今しばらくお待……」


しかし、その声は途中から、奥の引き戸が勢いよく開く音にかき消された。


「あ〜ら〜、ようこそいらっしゃいました〜」


イセエビは梯儁に目を向けて告げた。


「大巫女様のお越しにございまする」


一同、平伏した。

だが、しかしーー


「あら! 大きくなったわね〜。 いくつになったの?」


御簾の向こうでは、伊勢の大巫女が台与に話しかけている。

人影から察するに頭を撫でているようだ。


「は、はい……今年で八歳になりました……」台与の声が聞こえる。

「あら〜、前はこんなだったのに……」


そこに、イセエビが割って入った。


「大巫女様、阿蘇の斎女様にございまする。 魏のご使者を伴って参られました」

「あら、そうなの? 偉くなったのね〜」

「……大巫女様……こちらが魏のご使者にございまする」


イセエビは左手のひらで梯儁らを差して言った。

すると、伊勢の大巫女はようやくこちらを向いた。


梯儁も裴世春も、一瞬沈黙した。

だが、まず梯儁が口上を述べた。


「魏国より詔勅を報じて参りました。某は、正使・梯儁と申しまする」

「同じく副使の裴世春(はいせいしゅん)と申しまする」


大巫女は台与から離れると、ゆっくりと腰を下ろした。

「本日は遠い所をわざわざ……」


「ーーエヘン! ゴホッゴホッ、ンッンン!」


イセエビが深々と頭を下げる。


「……失礼いたしました。本日は遠路はるばるのお越し、大変恐縮に存じまする」


言い終わると、イセエビとクジャクは揃って深々と頭を下げた。


    ※


伊勢の大巫女は、計り知れない人物であった。

それは、台与を介して親魏倭王印を差し出した時のことだった。


「何これ……金細工?」

「王の持つ『印綬』にございまする」梯儁が恭しく言った。

「印綬……あら、ホントだわ。 さっそく押してみましょう〜」

「さっそく押すものでは……ございませぬが……」


梯儁の呟きを通訳すると、イセエビが大巫女に告げた。


「大巫女様、押すものではないそうにございまする」

「『親魏倭王』……あら、そうなの?」


金玄基の通訳は、間に合わなかった。

伊勢の大巫女は押印した紙らしきものをくしゃくしゃと丸めると、女官に投げ渡した。

この様子を御簾ごしに見ていた梯儁は青ざめ、裴世春は顎髭をかきむしった。


やがて、左右を見回しながら尋ねた。


「……なぜ、私のところへ来たのかしら?」


一瞬、その場が静まり返った。


(今の……訳して良いのだろうか……?)金玄基は戸惑った。


代わりに、イセエビが応えた。


「それは、阿蘇の大巫女様の御心にて」

「ふう〜ん……あの人なに考えてるのか、さっぱりわからないわ」


金玄基には、伊勢の大巫女の言うことのほうがよく分からなかった。


しかし、これだけは確かだ。

阿蘇の大巫女を『あの人』呼ばわりする、この人も只者ではない。


    ※


台与は、伊勢の大巫女に耳打ちした。

親魏倭王印の意味と、阿蘇の大巫女様がこれを遣わした理由の推測を。


伊勢の大巫女は、台与の話に黙って耳を傾けていたが、不意に声を上げた。


「でしたら、もう一人の大巫女様にも見せて差し上げませんと……」


その言葉は金玄基に拾われ、通訳された。

部屋中が、重く固まったようになった。


だが、伊勢の大巫女は気にする様子もなく、小さく囁いた。


「お母様に会っていらっしゃい……」


台与は驚いた。

台与には母の記憶は殆どない。

むしろ、阿蘇の社の巫女たちが家族であった。

実の母がいて、ましてやそれが大巫女とは。

巫女は神に使えるもの、家族を持てないのではなかったのか?

様々なことが一瞬で脳裏を駆け巡り、伊勢の大巫女をじっと見つめてしまった。


その間、伊勢の大巫女は目を丸くして、台与を見つめていた。


「あら、ご存じなかったの……?」


「はい……でも……」

(信じられません)と言おうとしたが、声を殺した。


「じゃあ、尚更ね」


伊勢の大巫女は手を伸ばすと、台与の額をそっと自分の胸に押し当てた。


「いい旅になるわ……」


それまでの軽やかな調子とは打って変わって、不思議な深みを帯びた声であった。


(これが、お母様の温もり……?)


台与の目に涙が湧いて、溢れそうになった。

それは胸の奥に積もり続けた雪が、ようやく溶けて流れ出すかのようであった。


    ※


その後、膳が出された。

牡蠣料理だ。


「さあさあ〜、天地(あめつち)の恵み、召し上がれ〜」


伊勢の大巫女は上機嫌だ。

「このとろけるような舌触りが最高ですのよ。わたくしが先ほど取ってま……」


「ーーンンッ、ンッンン! ゲフン、ゲフン……」


イセエビは拳を口をあてている。

「……失礼いたしました。どうぞ、お召し上がりください」


梯儁は、その一つを恐る恐る口に運んだ。

だが、すぐにこぼれるような笑みを浮かべた。


裴世春は、なかなか箸をつけない。

「……また、貝か……」


梯儁が裴世春を横目で見る。

「……そう申すな。なかなかの美味じゃぞ?」


その様子を見ていた伊勢の大巫女が、御簾の向こう側から呟いた。

「あら……とろけやん牡蠣のほうがよろしかったかしら?」


金玄基は不思議だった。

(倭語は奥深い……何故そこだけ訛るのだろう……?)


だが、その思いは牡蠣をいただいた瞬間、いずこへかと飛び去った。

その食感、その歯ごたえ、風味、のどごし、そしてその爽やかなこと……。

もはや天地の恵みと表現するほかない。

天然でありながら、すでにして完成された味覚であった。


    ※


魏の使節団を宿舎に案内した後の広間では、ナカツヒコとイセエビ、クジャクの三名が会談していた。

「大巫女様は、鏡を全部がめてしまわれたな」まずナカツヒコがそう言うと

「そりゃそうだ。実用品だからな」イセエビが返す。


「イセエビ殿も苦労じゃな」

「ん……なにが?」


イセエビは目を大きく開いてナカツヒコを見た。

ナカツヒコが無言で目を細めると、イセエビはかすかな笑みを浮かべた。


「大巫女様は太陽ような御方……あれでええんじゃ……」


「でも、何度か咳払いしてたぞ?」ナカツヒコが再び尋ねると

「ふふっ……そうじゃな」イセエビは遠くを見つめた。


「人には眩しすぎる時もある。そういう時は、我が雲となって差し上げるんじゃ……」


その言葉に、クジャクも無言で頷いた。

広間は、しばし温かな空気に包まれた。


「しかし……」

クジャクがおもむろに口を開くと、これにイセエビも同意した。


「我の国と魏とは、ずいぶん違いがあるようじゃな」

「うむ……大巫女様を『王』と言われるのは、ちと違う気がする」


「そうなんだが……そういう仕来りなんだ、向こうは」

ナカツヒコは二人の意見は理解しつつも、そう答えるほかなかった。


イセエビは、そんなナカツヒコを覗き込むようにして尋ねた。


「魏に我の国を理解させるか、我の国を魏に合わせるか……そういう話か?」

「我の国と魏とは国力が違いすぎる。このまま国交を通ずるなら、前者は難しい」


「うーん……」

三名は腕組みをし、俯きながら唸った。



「ま……とりあえず、香取(かとり)に行くんやろ?」

「言い出しっぺの伊支馬(いきま)殿と協議してきてくれや」


「ああ、分かった」


ナカツヒコが短く答えて、この三名の会談は終わった。



こうして、伊勢での一幕は静かに幕を閉じた。

だが、倭国の行く先には、なお大きな試練が待ち受けていた。



お読みくださりありがとうございました。

投馬国ってどこだろう?なにしに行ったんだろう?と考えたら、こうなっちゃいました。

次回「第22話 水行十日、陸行一月」、邪馬台国は遠い!

(月曜20時ごろ更新予定です)


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