第20話 瀬戸内の嵐
伊都国王ナギサヒコは、時々見る夢に悩まされていた。
瀬戸内海の抗争は激しさを増し、いよいよ決戦ーーそこにクニトラが現れる
魏の使節団一行は、いよいよ女王・卑弥呼と対面ーーと思いきや
伊都国王・ナギサヒコは、ときどき夢を見る。
いつも同じ夢だった。
まだ名前に「ヒコ」とつく前、幼い頃に見た「巫女選びの儀」でのこと……
◇◇◇
ナギサヒコは阿蘇の社殿に跪き、固唾を飲んでいる。
両隣の父と母は下を向き、目を瞑っている。
父の隣に座った姉は、澄ました顔で御簾をじっと見つめていた。
「……カー!」
その声で、大巫女様の祈祷が終わり、御簾の裏からひとりの巫女が現れる。
「今年の巫女に選ばれたのは……」
「ーー姉様!」
ナギサヒコは喜びのあまり声を上げた。姉が選ばれたのだ。
だが、姉の顔を覗き見ようとすると、いつも決まってーー
「ーーだめだぞ、ナギサ」
「ーーもう『姉様』と呼んではなりません」
父と母が、全く表情のない不気味な木彫りの面を着けて立ちはだかるのである。
そして、姉を見せまい、近づけさせまいとする。
まるで、別人になったかのように。
「ーー姉様?!ーー姉さまぁ!」
必死になって妨害を掻い潜ると、姉は巫女に手を引かれていた。
澄ました目で、その巫女だけを見つめている。
そして、いつもーー
こちらをいっさい振り返ることなく、光の中へと消えてゆく……
◇◇◇
「うわあっ!!」
その日もナギサヒコは飛び起きた。いつものように息が上がっていた。
「……また、あの夢を……ははは……まだ見るか……」
ナギサヒコは自嘲しながら起き上がると、居館の縁側に立ち、月を見上げた。
そして、いつものように決意を新たにするのであった。
「大巫女様……必ず、我がお守りいたします」
※
正始元年五月某日ーー
魏の使節団一行は、伊勢の社の入口にある大鳥居で、二人の倭人から出迎えを受けた。
一人は、伊勢の大巫女の筆頭侍従「イセエビ」、
もう一人は、次席侍従の「クジャク」と名乗った。
「こちらへどうぞ……」
イセエビに導かれ、一行は清流に架けられた橋を渡った。
梯儁も裴世春も金玄基も、道の右端を黙したまま歩んだ。
金玄基は思った。
(真中は神の通り道……でも、本当にそうかも知れない……)
白い石が敷き詰められ、清々とした道の傍らには、大小様々の社が立ち並んでいる。
まさに、女王の居館というにふさわしい。
神々しくも威厳に満ちた空間であった。
社殿の一つに案内され、御簾を垂らせた一室で待つこととなった。
イセエビとクジャクは恭しく一礼すると、社殿の奥へと消えていった。
その部屋には、鏡や玉、数々の装飾品が飾られていた。
遠くに見える女官たちも全く乱れることなく、整然と動いている。
おもむろに裴世春が呟いた。
「ふうむ……決まりだ。 ここが、邪馬台国で間違いない」
金玄基も、それは同感であった。
(伊勢の大巫女……その方が卑弥呼様なのだろう……)
御簾のすぐ脇に控えていた台与が、不思議そうにこちらを見ていた。
その真意は、金玄基には察せられなかった。
だが、敢えて今それを聞く必要はあるまいと思った。
一行は静かに、伊勢の大巫女が現れるのを待った。
※
この間、瀬戸内ではーー
備の国と砂の国の闘争も、いよいよ決戦の時を迎えていた。
島の高台から海を見下ろして、備の彦尊は唸った。
「ここを守りきれば、砂の国も去るだろう……者ども、もうひと踏ん張りだ!」
砂の彦尊は、その島に船団を寄せて吠えた。
「この島を奪えば、備の国を取ったも同然……砂の国の勇者たちよ、奴らを追い落とせ!」
その時ーー
「西から大船団! 来ぬ国です!」
※
「ーーくだらぬ」
来ぬ国の王・クニトラは船の舳先に片足を置き、腕組みをしながら呟いた。
その視線は、遠くの船団と、浜辺に集まっている兵に向けられている。
やがて、背後にいるアラツヒコは振り返ると、睨むような目を向けて言った。
「奴らをーー潰せ!」
アラツヒコが大声を上げ、その主命を船団に伝えた。
「全面攻撃! 備の兵も、砂の兵もまとめて一掃せよ!」
ーーおう!
船団が気勢を上げる。
タギリヒコが剣を前方に差し向けながら吠える。
「上陸するぞ! どいつも、こいつも、叩き斬れ!」
ウネビヒコは、細かく指示を与えた。
「戦列を維持しつつ、敵船団に接近! 矢の雨を浴びせろ!」
無数の矢が空を覆い、山中から波間からも怒号が響いた。
この島とその近海は三者の大乱戦となった。
※
その日の夕方、島の浜辺には三人の王の姿があった。
それぞれが適当な石を持ってこさせ、その上に座している。
クニトラは腕組みをして他の二人を交互に見やると、静かに目を閉じた。
備の彦尊は、太ももの傷がまだ痛むのか、しばしば片目を細くした。
砂の彦尊は、左腕からまだ赤いものが滲み出ている。
クニトラの背後に控えるウネビヒコが、大きな声で言った。
「一つ、両者、全ての島から兵を引き、和睦すること!
一つ、領土は、現状維持!
一つ、両者とも、この海域を航行する、あらゆる船を妨害してはならない」
「……同意する」備の彦尊は目を瞑りながら呟いた。
「……承知した」砂の彦尊はやや上目遣いに、二人の王を交互に睨んだ。
一拍置いて、クニトラが大きく目を開いた。
「この和睦、我が証人となろう」
三人の王の手には杯が配られ、誓いが立てられた。
※
クニトラは新たに手に入れた余の国に戻ると、居館で出迎えた従者の一人に訪ねた。
「ムラオサは?」
「それが……使者を出しましたが応じてくれませぬ。 いかが致しましょう?」
ムラオサーー初老であったが賢者として名を知られたこの地の豪族である。
クニトラは、その老人に一度会いに行ったが、既に逃げられていた。
その後、行方を追い、居場所をつきとめてはいた。
だが、まだ会えていなかった。
「……ふむ」
クニトラは遠くの山を眺めた。
だが、それ以上は何も言わず、自室へと戻っていった。
その日の晩ーー
ムラオサが自身の庵に戻ると、聞き慣れない琴の音が響いていた。
(……誰じゃろう?)
そう思い、出迎えた従者に尋ねた。
「来ぬ国の……」
「来ぬ国の者は断れ、と申したであろう?」
「ですが……彦尊自ら、お一人で参られましたもので……」
ムラオサは絶句した。
奥の部屋に入ると、縁側に腰掛けて琴を奏でる若者の後ろ姿があった。
「……戻られましたか」
クニトラは持参した琴を傍らに置くと、立ち上がって振り向いた。
ムラオサはその場に跪き、クニトラを見上げながら問うた。
「……何用で、ございましょう?」
すると、クニトラも跪いて両手をつき、ゆっくりと頭を下げた。
「余の国の、王になって頂きたい」
ムラオサは返答に窮した。
言葉通りではあるまい。
『家来になれ、その代わり余の国を任せよう』と、この若い彦尊は言っている……
ムラオサは、そう理解した。
「彦尊……酒でも、いかがでしょうか?」
ムラオサは、クニトラの返事を待った。
「酒か……いただこう」
クニトラは、短く返した。
静かな夜は更けていった。
二人は、いつまでも語り明かした。
※
伊勢にいる魏の使節団一行は、大巫女との面会を終えた。
あてがわれた宿坊の一室で、静かな庭を眺めながら、裴世春が一つ吟じた。
「鏡玉文書到 (鏡と玉、文書ここに到る)
威儀整女官 (威儀整いて女官動き乱れなし)
白帳鈴声近 (白き帳、鈴の声近づき)
斯処疑邪馬 (こここそ、邪馬台国に間違いない)
……」
やがて、肩を落として項垂れた。
「詩まで出来ていたというに……我ながら不覚……」
梯儁は部屋の中央に座り、茶を一服している。
「しかし、あの御方が倭の女王とは……ちと思えぬ……」
金玄基も、それは同感だった。
(ここも違うのか……邪馬台国……どこなのだろう?)
魏の使節団一行は、早くも次の目的地を得ていた。
お読みくださりありがとうございました。
瀬戸内海を通っていたら「東へ」って書くよね?、と考えたら、こうなっちゃいました。
次回「第21話 邪馬台国へ Take 2」、邪馬台国への道はまだまだ遠いようです!
(木曜20時ごろ更新予定です)




