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第16話 和して同ぜず

八咫烏が知らせを運び、ナカツヒコが帰還した。

しかし、台与を苦しめる出来事が次々と……。

そして台与が最後に見たものとはーー。


あれから数ヶ月経ちーー


朝貢使節団一行は各々思い思いに過ごしながら、ナカツヒコの帰りを待っていた。



曹芳は皇帝の位につき、戴冠の儀式が行われたと聞いた。

皇帝となった曹芳からは、台与が呼び出されることはなかった。



台与もそれなりに有意義に過ごしていた。

書物を読みに行ったり、前から気になっていた馬に乗りに行ってみたり。

外出する時は、金玄基(キム・ヒョンギ)に頼むとだいたい付いて来てくれた。


    ※


そんなある日のことーー


金玄基が血相を変えて部屋に飛び込んできた。


「大変です! 珍しいカラスが宿舎の庭木に……三本足なんです!」


急いで駆けつけると、案の定、一本は墨でびっしりと文字が書かれた細長い布――

待ちに待ったナカツヒコからの文だった。

難升米が文を引き抜いて読んでみるとーー


斎女(とよめ)、とんでもないことが書いてありますよ……

 渭水の船着場に着くそうです」


渭水のほとりに行ってみると、ちょうどナカツヒコの船が入ってくるところだった。


「おお、待たせたな。生口だ……人間の、な」


開口一番、ナカツヒコは苦笑気味に言った。


「どうしてそんなことに?!」難升米が蒼白な顔で問い詰めた。

「いやあ……それが……」ナカツヒコは肩を竦めて言うには……


   ◇◇◇


伊都国に着くと、ナカツヒコはナギサヒコに相談した。

伊都国の王で大巫女様の弟だ。


「……そういうことなら、我が直々に用意しよう」


そう言うや、ナギサヒコは独断で兵を挙げ、近隣の国へ打って出た。

一ヶ月後、捕虜十名を伴って戻った。


   ◇◇◇


……ということだった。


(なんていう無茶を……)台与は聞けば聞くほど絶句した。


我の国では、その手の紛争は頻繁に起きていた。

それを止めさせるために魏の力を借りよう、というのが朝貢の目的だったというのに……。


船から縄で引かれて下ろされてくる生口たち。

彼らは声ひとつ上げず、ただじっとこちらを見つめる。

その恨めしそうな目つきは、生気を削がれながらもなお憎しみだけを宿し、乾いた光を放っていた。

その視線は痛く、胸の奥に突き刺さるようで、息が詰まった。

台与は彼らが通り過ぎるまで、目を伏せていることしかできなかった。


    ※


景初三年六月某日ーー


晴れて朝貢の儀が行われた。

宮殿の正殿前に文武百官が整列する中、台与はその最後方から玉座を眺めた。


「陛下、御座にお出ましあらせられる!」


その合図で少年皇帝が現れると、百官と使節は一斉にひれ伏した。

難升米と都市牛利が拝礼に進むと、人々は揃って唱和した。


「陛下に万歳、万歳、万々歳!」


その後も儀式は滞りなく進み、やがて皇帝の答礼が読み上げられた。


「陛下の制詔(みことのり)、倭女王卑弥呼に親魏倭王の印綬を賜う!」


確かに、曹芳の名を呼ぶ声はどこにもない。

台与はうつむきながら思った。


(名前を間違えられたときは悲しかった……

けれど、名を知られていながら呼ばれないことは、どれほど孤独だろう)


玉座の上の曹芳は、幼さの残る顔を硬くこわばらせ、ひとことも発さなかった。

その姿は、ただ黙して耐えているようにしか見えなかった。


台与は頭を垂れながら、胸の奥にひそかな悲しみを覚えた。


    ※


朝貢の儀の翌日、使節団一行は帰り支度を始めた。

台与は一人、宿舎の庭先を見つめていた。自分の荷物はもうまとめてあった。


「鹿、どうすんの?」ナカツヒコがあっけらかんと難升米に訪ねている。

「郊外に逃がして良い、て話がついてる」難升米が答えていた。


台与はその会話を上の空で聞いた。

さまざまな思いが一気にのしかかった数日間だった。


    ※



鹿を逃がすため、洛陽からだいぶ離れた郊外の野原に来た。


手綱を解かれた鹿たちは、途端に駆け出したが、少し離れたところで立ち止まると、振り返ってこちらを見ていた。

十頭全員が解き放たれると、一団となってゆっくりと歩き出し、山の方へ去って行った。


台与は、ふと胸の奥から湧き上がった思いを口にした。



「……鹿の方が誠実だった気がします」



隣にいた金玄基が目を丸くして訪ねた。


「みんな誠実だったじゃありませんか? 台与様も皆様も、連れて来られた生口たちも」


慰めてくれているつもりらしい。

だが、台与の目には、却って涙が込み上げた。


「……ねえ、金玄基。黙って従うしかなかった人たちを『誠実だった』と呼んで、あなたは、それで慰められるのですか?」



金玄基は黙したまま、こちらをじっと見ていた。

その沈黙は、台与には永遠のように長く感じられた。


やがて口を開き、自分の生い立ちを話し始めた。

その最後にーー


「……こうまで根無し草の私ですが、この世の中に生きております。

 それを誠実じゃないとは、思いたくありません」


と結んだ。



台与には何も言えなかった。

目を伏せたまま、金玄基の話を聞いた。

最後にはついに、込み上げたものがこぼれて落ちた。


    ※


宿舎に戻った台与は、部屋に飾られた「君子和而不同……」の掛け軸を眺めた。


(……ナカツヒコは、ああ言っていたけれど……)


あれはやっぱり捻りすぎだ。

本当の意味は、なんなのだろう?



ふと曹芳の顔が浮かんだ。曹芳の居館にも論語の写本があった。

「先帝から読めと言われて渡されたんだ」と、あの時、屈託なく笑っていた。


「……どういう意味なのですか?」と尋ねると、

「難しくて分からない!」と答えていたっけ。



結局、曹芳に紹介された家庭教師のところに足を運ぶようになった。

先生は「これは理想です」と言い切った。


「和すれば同なることあり、同ぜずんば和とならざることあり。

 けれど、論語を収め、身辺を正せば、自ずと近づけるはずです」と。



……だが、司馬懿はどうか。論語を知っていても、それを人を操るために使う。

裴世春はどうか。幼い頃から暗誦したというのに、舌鋒鋭く人を値踏みする。

知識はあっても、心が伴っているようには見えなかった。



(理想は……心の奥に秘めて、自分で守り抜くものなのかも知れない)



台与はそう思うことにした。




この翌日ーー


倭国朝貢使節団は、帰国の途に着いた。



振り返れば、洛陽の城門はもう霞の向こうに隠れている。

道の先には、はるかな海と、まだ見ぬ明日が待っている。



台与は胸の奥に「和して同ぜず」の言葉を抱きながら、歩みを進めた。



お読みくださりありがとうございました。

十三歳で王になる人ってどんなひとだろう?と考えたら、こうなっちゃった第1章でした。

第1章は、ひとまず幕引きとさせていただきます。再開は10月23日頃を予定しております。

尚、その間は、もっと肩の力を抜いたスピンオフ(くだらなさ増量!)をお楽しみいただければ幸いです。

ここまでお付き合いいただいた皆さまに心から感謝申し上げます。今後ともよろしくお願い申し上げます。


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