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第15話 行き交う人たち

「生口は人間でなければ……」その言葉に驚愕する朝貢使節団。

そして、ナカツヒコは去った。

残された台与の、難升米の、金玄基の思いとはーー。


「ーー無い!」



景初三年正月某日。

難升米は開口一番、そう言い放った。


難升米とナカツヒコが円卓に隣り合い、話し合っている。

金玄基(キム・ヒョンギ)は、その会議の様子を黙って見守っていた。

これは倭国の問題だ。余計な口を挟むべきではないだろう。


「我は知ってたけどね……」


ナカツヒコがそう言うと、難升米はすかさず食って掛かった。


「じゃあ、なんで言わんやったと?」

「だって……もう一年以上前のことなんだが……」


   ◇◇◇


「それじゃ、天子様はお喜びになるまい……悪いことは言わん。鹿におし」

「大巫女様……」


ナカツヒコは食い下がった。

そこで、大巫女は榊を手に神棚へ祈りを捧げることになった。



やがて神託が下ったーー



「ーーほれ。『鹿にせよ』とのお達しじゃ……」



「……ははーっ」


ナカツヒコはこれ以上は為す術なく、ひれ伏すしかなかったそうだ。


   ◇◇◇


言い終わると、ナカツヒコは頭の後ろに手を組んで反り返った。


「神の仰せやったら間違いなかろうもん。どげんしてこうなったっちゃろか?」


難升米は不服そうな顔で、誰にも答えられない質問をした。

金玄基は、思わず口を滑らせてしまった。


「考えられることは二つですーー


 一、神のお告げじゃなかった

 二、神様が本当にそう言った」



ナカツヒコはしばらくじっとこちらを見ていたが、やがて「知ってる」と頷いた。



結局、この会議は「ナカツヒコが倭国に戻って事情を説明する」で決着した。

難升米は渋い顔をしたまま腕を組み、ナカツヒコは思案顔をして天井を見上げていた。


    ※


その頃ーー


台与は都市牛利と共に、洛陽宮殿の東宮で車を降りた。


今朝方、宿舎に「殿下の使い」という者が「お迎えに上がりました」と現れた。

急いで司馬懿にもらった服に着替え、馬車に乗せられてここまで来た、という次第だった。

念のため、都市牛利にも随行してもらうことになった。


「よう来た、台与」


出迎えたのは突然宿舎に現れたあの少年であった。


「……名前を言ってなかったね。私は曹芳(そうほう)


台与は驚いた。裴世春が口を滑らせていた皇帝候補の一人……この少年が……。

とはいえ、ここは挨拶をしなければ……台与は俯いて口上を述べようとした。


「曹芳殿下、本日はお招きにあずかりーー」



「ーーもう一回言ってみて!」



台与はさすがに少しむっとして、顔を上げた。

そこには、曹芳の涙で潤んだ笑顔があった。


「曹芳……殿下……」



「名前で呼んでもらえることも、もう無いからね!」



曹芳はそう言うと、台与の手をぐいと引いた。


「挨拶はいいよ。こっちに来て、一緒にあそぼう!」


台与は引かれるまま、曹芳の進む方向に走った。

月桂の木立の間をすり抜けると、東宮の庭園がぱっと開けた。


    ※


場面が宿舎に戻るーー


ナカツヒコが早速手荷物をまとめて、渭水の船着場に向かう所だった。


「まあ、ついでもあるしね」


とそれだけ言うと、言葉少なに颯爽と宿を後にした。


難升米がひとこと「気いつけりぃ」と大声をかけると、ナカツヒコは片手を上げて足早に去って行った。

難升米と金玄基はその背中を見送った。


金玄基はまた余計なことを、ついつい聞いてしまった。


「ついでって何です?」

「……また何か買うたっちゃなかろうか?」


難升米も詳しくは知らない様子だった。


    ※


渭水のほとりまで来ると、ナカツヒコは(ちん)の船を見つけた。


「よう、陳さん。元気してる?」

「おう、那可登古の旦那。例の荷、預かってますぜ」

「おっ、じゃあ拝ませてもらおうか……どれどれ?」


ナカツヒコは陳が親指で差し示した木箱の蓋を一つ一つ開け、中身を確かめてゆく。


「……確かに。あーあ……これ、我の国に運べないかな……」


陳は不思議そうな顔をしてナカツヒコを見ていた。


「倭の国で、蚕を?」

「ああ。桑を植えて、みんなで糸を紡げば、ちゃんと稼ぎになる」


ナカツヒコには、輸出許可が降りなかったことが、つくづく残念だった。


「へえー……じゃ、降りてくだせえ。積み込みも済んだんで、そろそろ出やす」

「俺も乗せてもらって良いかな?」


陳は目を丸くした。


「……ええ、構いませんが……どちらまで?」

「徐州まで頼む……うん、一旦帰ることにしたんだ」


ナカツヒコはバツが悪そうに頭の裏を掻いた。


    ※


「難升米様、そう言えば……」


金玄基は、また余計なことを言ってしまった。



「あの女中さんは『シャリム』てお名前のようですよ」



そう言うと、前を歩いていた難升米は足を止めた。

そして、こちらを振り返ったかと思うと、胸ぐらを両手でつかまれた。

顔は少し赤みがかり、眉間に皺を寄せている。


「い、いえ……台与様から伺ったのです……」

斎女(とよめ)から?……そうか」


難升米は胸をなでおろしたようで、手を離してくれた。

だが、こちらの目を見て「それで?」とひとこと言うと、自室に戻ってしまった。



その割にはーー


その日の夕方、宿舎の庭先で難升米とシャリムが話しているのを見かけた。


「シャリム……あの、その、これ」


難升米はシャリムに横笛を差し出した。

先日、楽器屋で買ったものだろうか。


「……うん、いいよ」


シャリムは難升米から笛を受け取ると、それを口に当てて目を閉じた。

難升米も腰に差してあった篠笛を取り出し、口に当てた。



どうやら笛の吹き合わせが始まるようだ。

会話が噛み合ってなかったのが少し気になったが、金玄基は二人に見入った。




シャリムが吹いたのは遠い西方の調べだった。


旋律は緩やかで、胸の奥を締めつけるように物悲しい。

どこか哀愁を帯び、聞く者をひとり荒野に立たせるような響きがあった。


目を閉じれば、果てのない砂漠を見つめ、誰かの帰りを待ち続ける自分の姿が浮かぶ。

だが、その光景は砂塵にかき消されそうでーーどうか消えないでほしいと祈るような音色でもあった。


言葉よりも切なく、心を揺さぶる調べだった。




ふと気づくと、難升米の笛の音がなかなか聞こえて来ない。


金玄基が目を開けると、難升米は笛を吹く構えだけを取り、シャリムを見つめていた。

どこから入ればいいか、探っているかのようだった。

(いつか入るだろう……)金玄基はそう思い、再び聞き入った。



だが、難升米は最後まで何も吹かなかった。


「どう?」


シャリムはそう言って、難升米に笛を返そうとした。


難升米は右手を横に振ったり、手のひらを返したりしている。

身振り手振りで「貴方にあげる」と言っているようだった。


「そう? ありがと」


シャリムはそう言うと、宿舎の調理場がある方へ去って行った。

難升米はシャリムが見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめていた。


「難升米様……」金玄基は声をかけた。


「……あの娘は、ここにおりとうておるわけやなかとやな……」


そう呟く難升米の目からは、光るものがこぼれそうだった。



お読みくださりありがとうございました。

鹿か、人か――常識的にどうだろう、と考えたら、こうなっちゃいました。

次回は、1章最終回です!

(月曜20時ごろ更新予定です)


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