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第12話 市場の童女たち Take 2

洛陽の市で、それぞれの思惑が交錯するーー。

難升米の、ナカツヒコの、そしてまだ見ぬ邪馬台国の謎……。

そんな穏やかな時間もほんの一瞬だったーー。


洛陽の市を歩いているとーー

遠くに難升米がいるのを見つけた。


呼び込みの声や笛の音が入り混じり、台与の声は雑踏にかき消された。


「あっ、クマタカ……あー、今は難升米だった……」


台与は目配せをした。

金玄基(キム・ヒョンギ)・裴世春・都市牛利は無言でうなずき、四人そろって楽器売りの店に近づいた。


「ん、ありがとう!……喜んでくれるかな……?」


包みを受け取った難升米が振り返ると、四人が無言で立っていた。


「……っ! 裴世春様?!……お、おい通訳! お前、何ばしよるとや?!……都市牛利?……斎女(とよめ)まで?!」


難升米は目を白黒させ、慌てて言い訳した。


「あわわ……こら、別にそげんわけじゃなかとよ……」


そう言うなり品物を抱えて走り出した。


四人も顔を見合わせ、すぐに後を追った。

裴世春が袖を翻し、金玄基が息を切らせ、都市牛利が無言で走り、台与の衣の裾が翻る。


「くだらん! だが気になる!」

「難升米様ーーいっしょににっぽんに帰ろうー!」

「………………!」

「難升米ーー待てー!」


市の雑踏に、奇妙な追いかけっこが始まった。

……だが結局、難升米は人波に紛れて姿を消した。



「はっはっ……逃げられてしまったな」


裴世春が息を切らせて屈み込んでいる他三名を尻目に呟いた。

だが、その横顔は、なぜか晴れやかに見えた。


金玄基は、まだ荒い息を残したまま顔を上げた。

すると、そこへナカツヒコが通りがかった……ような気がした。

その男を目で追うと、藍色の長衣を着ている。後ろ姿は魏の商人だった。

(何故、ナカツヒコさんだと思ったのだろう……?)金玄基は自分の感覚を疑った。




ナカツヒコはーー


酒楼の二階に上がり、予約してあった部屋の襖を静かに開けた。


「これはこれは、曹侍中様。お楽しみいただけておりますでしょうか」

「遅いぞ……那可登古。わしは先に楽しんでおる」


香炉の煙の中、酒盃を弄ぶ中年の男がいた。

侍中・曹某。洛陽の財政と産業を所管する中堅の高官である。


ナカツヒコは畳に額がつくほどに深くひざまずいた。


「兗州の養蚕工場は、その節はお力添えをいただき……おかげさまで創業の目処が立ち、本年中には……」


「ふむ。よきことよきこと」

侍中はわざとらしくあくびを噛み殺し、杯を空にした。


「……それで? 今日わしを呼び立てたのは、その礼だけかの?」


ナカツヒコは顔を上げ、目を伏せたまま言った。


「大変厚かましいのですが、本日はまた別件のお願いが……」


「ふむう……」

侍中は盃を置き、扇で口元を隠した。

「それはそなた次第じゃのう」


にやりと笑みを浮かべる顔。ナカツヒコもすぐに手を叩いた。


「これ、酒を追加じゃ!……それと、例のものを」


やがて隣室の襖が音もなく開き、布に包まれた古色蒼然たる品々が運ばれてきた。


「おお……これは見事な」

侍中の目が細く光った。手に取った青銅器の縁を指でなぞり、舌打ちする。


「那可登古よ。……申してみよ、願いとは何か」


ナカツヒコは深々と一礼し、ゆっくりと口を開いた。




「はあ……はあ……」


難升米は無事、宿舎まで逃げ延びた。


(早く隠してしまおう……)と、自分の部屋に向かおうとすると


「これ……」


背後から声をかけられた。

振り返ると、そこには先日現れた少年が包を抱えて立っていた。


「台与は? 遊びに来たんだ」


少年はそう言いながらも、どこかソワソワしている。

思い返せば、裴世春に「殿下」と呼ばれていた少年だ。無碍に追い返すわけにもいかない。


「今は出かけておりますが、間もなく戻りましょう。どうぞ我らの部屋でお待ちくだされ」

「いや、いい……」


少年はモジモジした様子で言った。


「……君が難升米か」

「はい」

「ふーん……これ、返すから」


少年は持っていた包を手渡した。


「……確かに受け取ります」


難升米は、何か言いたげなその少年としばらく視線を交わした。


やがて少年は、目を伏せるようにして呟いた。


「……台与に伝えてくれる? 僕は読んだよ、義父上も読んだ」


そう言い残すと、少年は駆けて行った。

難升米は、胸の奥に重しを置かれたような思いで、その背中を見送った。




その頃、洛陽の大市ではーー


百戯(ひゃくぎ)」と呼ばれる芸能一座が、太鼓を打ち鳴らしながら芸を披露していた。


綱を高く張り渡し、その上を軽業師がひょいひょいと歩く。

見物人からどよめきが上がる。

次の者は逆立ちのまま進み、さらに別の者は両手に扇を広げて宙返りを見せた。

笛や太鼓の音が鳴り響き、群衆は息を呑んで見守っていた。


「おおっ……落ちるぞ!」

「いや、まだ行ける!」


子どもたちは歓声を上げ、商人たちでさえ足を止めて見入っている。

市の熱気に、芸人たちの汗と埃が混じり、空気そのものが揺らめいているようであった。


台与は、金玄基の肩車の上で、熱心に見入っている。


(台与様、そろそろ……うっ……耐えろ……耐えろっ……)

金玄基は軽い気持ちで引き受けたのだったが、そろそろ限界であった。


「もう、降りる」


ようやく台与のお許しが出た。金玄基はゆっくりと腰を落とした。

その晴れやかな笑顔に、いくぶん報われた思いがした。



宿舎への帰り道、裴世春が台与に尋ねた。

「台与殿。いかがでしたかな、洛陽は?」


「……ヤマトのようでした」


台与は、そう答えた。


ヤマト……邪馬台国にもこのような都があるのだろうか……?

裴世春は台与を見つめながら目を丸くしていた。

おそらく同じことを思っているのだろう……金玄基は思った。



前方やや遠くに、四〜五人の子供が輪になっているのが見える。


「ああっ、返して……!」


中央にいる子が大きな声を上げた。

周りの子供は、やいのやいのと揶揄いながら、取り上げたものをなかなか返そうとしない。

台与が走り出そうとした、その瞬間だった。


「ーーやめろ!」


少し背の高い子供が路地から飛び出して来て、瞬く間に周囲にいた子たちを蹴散らした。

そして、「大丈夫か?」と言うと、取り返したものを小さな子に渡し、その子の手を引いてどこかへ去って行った。


「……これも『仁』でしょうか」台与が呟いた。

「……仁と呼ぶには軽すぎましょうが、人の心ではありましょうな」裴世春も呟いた。



その夜は、新月だった。


台与が榊を手に、庭先に起こした炎に祈っている。

その向こう側には簡素な祭壇が立ち、三枚の銅鏡が並ぶ。

その脇ではナカツヒコが膝をつき、以前から何かを書いていた木切れを火に焚べていた。


祭壇は、この日の夕方、金玄基が他の仲間たちと共に設営したものだ。

その際のナカツヒコの指示は、やたら細かかった。

「もうちょい右ね……行き過ぎ。気持ち左……そうそう……うーん、ちょい上かな……」


金玄基は、台与の後ろに跪いて、その祭壇と炎に祈った。

すると、ひとすじの風が、祭壇の向こう側をすーっと吹き抜けて行った。

その時、三つある鏡が同時に鋭い輝きを放った……ように金玄基には見えた。



同じ頃、阿蘇の社ではーー


ワオーーーーーン……オオーーーーーン……


風が吹きすさび、山肌の木々をざわめかせた。

乾いた土を巻き上げる砂塵が、火の明かりさえ揺らしている。

その中で、遠くオオカミの遠吠えが響いた。


「……大巫女様」

戸板の向こうから呼びかける声に「うむ」と応じると、その老婆は回廊に姿を表した。


「この風、この鳴き声……」

老婆は少し顎を上げ、そっと目を閉じた。


「……イヨは元気か……クマタカは難儀しておるか……トシグリ……そうか……ナカツヒコ……ふっふっふ……」


老婆は口元にうっすら笑みを浮かべたが、それもすぐに消えた。

すぐ脇には、先ほど呼びかけた男が両手をついて跪いている。

「いかがいたしましょう?」


「……伊勢の大巫女には、知らせるまでもなかろうて……」


それだけ言うと、老婆はまた戸板の向こう側に消えた。

その夜は、静かに更けた。




夜が明けてーー

金玄基は誰かの大声で目を覚ましたーー



「ーーおい!ーー鹿が逃げたぞ!」



お読みくださりありがとうございました。

古代にはどんな通信手段があったのだろう、と考えたら、こうなっちゃいました。

次回は、逃げた鹿たちを追って追って追いまくります!

(木曜20時ごろ更新予定です)


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