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そんなつもりじゃなかった。

作者: すみのもふ

 出会いは大学の時だった。学科も講義も別だったけど、学園祭実行委員会で居合わせた。



 彼は特別に目立っていた。派手な金髪だからではない。すでに新入生の先頭に立っていたからだ。


 ノリがよく明るくて、みんなが注目し笑っていた。誰もが彼を面白いだとかいいやつだとか褒めるだろう。



 そんな彼を羨ましく思っていた。私はノリが良くないと昔からよく言われていた。そして、地味で壁があって計算高くて。


 だからせめて彼に関わることがあったら明るくて軽い女でいようと思ったのだ。



 企画の彼とはなかなか会ったり話したりという機会はなかったが、ある日転機が訪れる。


 委員会の部屋で広報の仕事をしていた時、忘れ物を取りに来た彼と二人きりになった。


「お疲れ様でーす!」

「お疲れ様です」


 お互い挨拶し、それぞれの目的を果たすための行動を取っていると、気まずかったのか彼が話しかけてきた。


「なにしてるのー?」

「パンフレット作成してます」

「俺たち、タメだよね? 堅苦しいからそれやめね?」

「ああ、うん」

「疲れねえ?」

「大丈夫だよ。そっちこそ忙しそう」

「全然! 楽しいよ」


 ニコっと効果音がつくくらいに盛大に笑う神崎。本当に楽しいのだということが分かる。心からの言葉だろう。


 しばらくガサゴソと物を漁る音が流れると、「えーと……あった〜企画書!」と神崎が声を上げた。


「良かったね」

「おう! あ、名前なんだっけー?」

「私?」

「うん」

「古原」

「こあら?」

「こはら。どんな間違えだ」

「たはは〜! ごめんごめん」


 ドタバタと騒々しくドアに進む神崎。彼との時間が終わってしまう。


 いいのか、則子のりこ。本当にそれで。何もしなければ、彼とまた関わらない日々が続くだろう。


 ここで勇気を出せば、何かが変わるかもしれない。彼の前では明るくて軽い女になろうと決めたではないか。


「じゃあーー……」

「待って」

「ん? どうした、こあら」

「こあらじゃないから」


 彼の声を遮る。心臓がバクバク鳴る。喉が渇いて、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「わ……」

「わ?」

「私たち、付き合う?」

「いいよ」

「え?」

「いいよ。じゃあ、今日が記念日ね」


 私が彼を好きとかそういうことではなかった。ただ、彼と同じレベルにいたかっただけだった。なのに。


「じゃあ、連絡交換しよ!」

「うん」

「暇な時は電話しょうね」

「うん」

「忙しい時もお互いの位置情報を共有しようね」

「うん……?」


 なにかが違った。そう。その直感は正しかった。その時点で気づくべきだった。いや、薄々気づいていたのかもしれない。


「これからはずっと一緒だね」


 彼の愛の重さに。




 私は彼と同じ土俵に立てた。委員会の飲み会で輪の中に入れたし、友だちもできた。先輩にも可愛がられた。彼氏も出来たし、言うことなし。得たかったものを得られた自分に満足した。


 だけど、なにかを得るにはそれ相応の犠牲が必要であり……


「のりちゃんは俺の可愛い彼女だから、誰にもやらん!」

「のりちゃん、これ食べてないでしょ!? あーん」

「お前、なにのりちゃんの隣に座り直してんの?」


 と、大騒ぎ。周りからは、「ラブラブだね」「ちゅーしちゃえ」「いちゃつくな」などの野次が飛ぶ。


 そんなつもりじゃなかった。ノリの軽い彼なら、恋人同士でも軽い関係でいられると思ったから。だから、神崎にしたのに。


 こんなんじゃ、別れるまでに心労で倒れそうだし、別れるのに苦労しそうだ。一歩踏み出した勇気が、とんでもない暴走を引き起こした。


「でも、ちやほやされるのは悪くない」

「のりちゃん、なにか言った!?」

「ううん」

「今日は家まで送ってあげるからねー」

「ありがとう」

「ねー」

「なに?」

「俺のこと、好き?」

「……」


 まだまだ問題はあるけれど。




 神崎と関わっていくうちに、自然に彼のことを知っていった。好きな食べ物から趣味のこと、実家の庭の木の根元にタイムカプセルを埋めたことまで。


 知れば知るほど神崎という男の輪郭がしっかりとしてくる。


「タイムカプセルにはね、俺の夢が書かれている紙が入ってるんだ」

「夢?」

「そう。ぶっちゃけ覚えてるんだけどね」

「どんな?」

「嫁を愛す」

「へー」

「のりちゃんのことかもねー」


 そう話す彼に心が痛んだ。私は彼を利用するために軽い気持ちで告白したのに、彼がこんなにも想ってくれてることに。


 早く別れた方がいいかもしれない。でも、彼が悲しむと思うと言い出せない。


 いっそ、彼に嫌われたい。そして、思う存分傷つけてほしい。それから、別れようよ。


「嫁なんて気が早すぎるかな〜、あはは」

「……そうだよ」


 神崎にはもっと素敵な嫁候補が現れるよ。身分相応の。




 彼が愛情表現をする度に私は別れを言い出せなくなっていった。別れるに別れられない。嫌われるに嫌われたくない。そんな葛藤が私を苦しめる。


 彼を利用しようとした罰だ。胃がキリキリ痛むし、食べ物が喉を通らない。寝る前には神崎の笑顔と愛が私を襲う。どうしたらいいの?


 何度計算し直しても結果を導き出せない、そんな時だった。


「のりちゃん、元気ないね?」


 電話越しの神崎も元気がなさそうだった。


「そんなことないよ」

「あのさ、話したいことがあるんだけど」


 真面目なトーンだった。


「なに?」


 嫌な予感はあった。スマホを持つ手が震える。


「委員会のやつらがさ、噂してて」

「うん」

「のりちゃんが俺を好きじゃないって言われてるんだけど、どう思う?」

「……」

「確かに思い返せば、俺、好きって言われたことないんだよね」

「……」

「俺の思い込みだったかな」

「……」


 逃げてた問題に直面した。私の罪に裁きが下される時がきた。


 私はどうすれば神崎を傷つけずに済むのか頭をフル回転させた。だけど、思いつかなかった。


 私にできること、それは非を認めることだった。


「ごめんなさい。私は神崎を利用した」

「……」

「ノリがいいから簡単に付き合えて別れられると思った。今思えば軽率だった」

「……」

「許さなくていい。私を傷つけていい。あなたにはその権利がある」

「……」

 こんなバカな私をけなしていい。罵声を浴びせていい。なんでも受け止めるよ。


「そっか……」

「……」

「ありがとう」

「え?」

「素直に話してくれて」

「……」


 じわりと涙がにじむ。ポタポタと雫となって落ちていく。


「のりちゃんが俺のことを好きじゃなくても、俺はのりちゃんのことが好きだから。それはなにがあっても変わらないから」

「でもそれは私が付き合おうって言ったからじゃ……」

「俺がそれだけでのりちゃんを好きになったとでも? 俺は知ってるよ。俺のことを羨ましそうに見てたことも仕事を一生懸命やってたことも」

「……」

「こんな一途な俺に惚れたんじゃね?」

「……」

「ねぇ、どうなの?」


 私はしゃくりあげた。自分ではもう抑えきれない。壁を壊して、感情のままに声を出した。


「…………どうしたらいい?」

「うん?」

「別れなきゃいけないのに別れたくない! 嫌われなきゃいけないのに嫌われたくない! 私の毎日に神崎がいて、目を閉じれば神崎でいっぱいになる!」

「……うん」

「罪の意識で胃は痛むし食欲不振で苦しんでる! でも、過去には戻れない!」

「うん」

「こんな私のことを好きだと言ってくれる人がいる! その胸に飛び込みたいけど、自信がない。私は地味で壁がある計算高い女だから!」

「うん」

「でも、好きでいて欲しい! だって嬉しいから! 嬉しかったから! だから!」

「うん」

「別れたくない! ずっと一緒にいたい!」

「うん」


 感情を吐き出したら、答えに辿り着いた。私は神崎と別れたくないんだ。きっと、彼が好きなんだ。


 でも、好きだけじゃ済まない、それが恋なんだ。


 この男を利用して捨てる計算が崩され、こいつの重い愛と私が恋に落ちるという事態は計算外。神崎は私の計算を狂わせる男だ。


「よくできました。のりちゃんは俺のことを羨ましそうに見てた時から一目惚れしてたと思うよ」

「それはないと思う。タイプじゃないし」

「なんだってー!?」


 ふたりで笑い合えた結末。今日という日を祝おうじゃないか。


「のりちゃ〜ん、好き好き」

「私も好き」


 そんなつもりじゃなかったことはこれからもあるだろうけど、一つひとつ乗り越えてゆこう。そしたら、もしかしたら、いい未来が待っているかもしれない。


 罪を背負って、私は生きていく。






おわり

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