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8.ベルンとリオ、石化解除薬

「アルデガルド様に面会か」


 アンドレアはベルンの話を聞いて、あごに手を当てた。


「無理そうか?」

「いや、問題ない。最近はどこにいらっしゃるのだったかと考えていただけなんだ。ベルンとリオはアルデガルド様に魔法の指導をしてもらったのだったな。そうしたら、アルデガルド様と連絡が取れるようなものは渡されていないのか?」

「ないな。連絡を取るのに困ったら【塔】の魔法使いにこれを見せろと言われたくらいだ」


 ベルンは首元からお守りを出して見せた。アンドレアは、少しだけ息を飲んで驚いた。透明な親指大の水晶には精緻な魔法が付与されていた。これは魔法市国の外に住む魔法使いが、世界中のどこからでも魔法市国に戻れるように、常に移動をしている魔法市国の座標を把握し、魔法市国の出入国ターミナルを到着地点にするように設定されている。これを持っているというのに、これが転移用魔道具と知らないとは。彼らに使い方を教えなかったアルデガルド様に何か思惑があるのだろうとアンドレアは考えた。確かにこれを【塔】の魔法使いに見せれば、魔法市国に魔法使いとしての登録がある身内だと判断してもらえるだろう。自分でなくともアルデガルドに取り次いでくれるだろうが、反対にこれを使ってなぜ会いに行かないのかと怪しまれるのではないか? と、アンドレアはここまでの思考を悟られないように表情を取り繕った。


「……そうか、そのお守りは肌身離さず大事にするといい。それにそれは【塔】の魔法使い以外には見せない方がいいな」

「そういうものか」

「ああ」


 アンドレアはベルンとリオの顔を交互に見ると言った。


「ベルンはしばらく王都にいるのか?」

「ああ、ここに来た目的は師匠に会うことだ。時間がかかるなら、そのあいだ宿でも取って、王都周辺で依頼でもこなすさ」

「ベルンもリオもうちに泊まればいいわよ。客室はたくさんあるのだし」


 ベルンの言葉にアンナははしゃいだ声をあげた。それを聞いてベルンは慌てた。百歩譲って馬車には同乗したが、嫁入り前の伯爵令嬢がむくつけき冒険者を屋敷に引き入れているなどと噂になったらどうするのだ。もちろんアンドレアもいい顔をしないだろう。


「いやぁ、それは遠慮するぜアンナ。結婚前なんだから、外聞とか気にしろよ」

「そうだよ、アンナ。無理を言ってはいけない」


 ベルンとアンドレアに反対されて、アンナは頬を膨らませながら紅茶のカップを手に取った。


「ベルンとリオは我が侯爵家に滞在すればいい。アルデガルド様と連絡が取れたらすぐに面会できるし、アンナもベルンたちに会いたくなったら、僕の家に来ればいい。婚約者の家に訪問するのは、全くおかしなことではないのだからね」

「アンドレア、素晴らしい提案だわ」

「ちょっと、待てよ。俺たちは平民で冒険者なんだよ。侯爵家に泊まるって、おい聞けよ!」

「懐かしいね。ベルンがうちに来るのは貴族学校以来か」

「話を聞けよ、お前ら」


 盛り上がる2人の貴族を前に、ベルンは頭を抱えた。




 残念ながらベルンの訴えは聞き入れられず、ベルンとリオはアンドレアが乗ってきた馬車でリオーネ侯爵家に連れて来られた。アンナという前例があったからか、話が通じないことに疲れたのか、ベルンは大人しく勧められるままにアンドレアの馬車に乗り込んだ。

 リオーネ侯爵家のタウンハウスには、貴族学校時代に泊まりで遊びに来たことも一度や二度ではない。だが今は平民で冒険者だ、過分なもてなしを受ける立場じゃないとベルンはその都度断るが、元貴族としての顔を知られているからか、家令や侍女に至るまで、ベルノルト・ライナーとしてもてなそうとしてくるのだった。


「おい、リオ。何を笑ってるんだ」


 用意された客室のソファに腰をおろしたベルンは、洗練された手つきで紅茶を淹れているリオに不機嫌な顔を向けた。冒険者らしい旅装に身を包んでいるが、こうしていると貴族の従者らしく見える。そんなリオはティーポットをワゴンに置くと、こぶしを口に当てて弛む口許を隠した。


「いえ、ベルンがアンドレア様とアンナ様に振り回されているのが可笑しくて、つい。傍若無人のベルンもあの方たちには昔から振り回されておいでだったなと」

「アンナは一人で突っ走っては、俺が付いてこねぇと泣くし、アンドレアは怖いと泣くかと思ったら、これと決めたことにゃ頑固で人の話を聞かねぇし。あいつら似合いの夫婦だよな」

「そうですね」


 香り高い紅茶が注がれたカップが手慣れた所作でベルンの前に置かれた。


「美味いな」

「冒険者稼業ではなかなか紅茶を飲む機会がありませんからね。これからは時々お淹れ致しましょうか」

「いや、酒でいいや」

「そうですか」


 リオもまた自分用に淹れたカップを手に、ベルンの向かいに座った。



 それから五日後、ベルンがいい加減に魔法をぶっ放したいと不満を漏らすほどにストレスが高まった頃に、アンドレアがアルデガルドとの面会の約束が取れたと朝食の席で言った。


「3日後のお茶の時間にアルデガルド様がこちらにいらっしゃってくださることになったよ。おや、ベルン元気がないようだけど、どうしたんだい?」


 アンドレアが疲れた様子のベルンを見て首を傾げた。


「どうもこうも、お前の嫁が茶会だの、ショッピングだのと連日護衛依頼だと言って俺たちを引っ張り回すんだよ」

「あははっ、なるほど。アルデガルド様との面会が済めば、君たちはまたどこかへ行ってしまうだろう? 久しぶりに会えて嬉しいんだよ、アンナも僕も。あと数日だけだ、付き合ってくれないか?」


 むすっとした表情を取り繕うことなく、ベルンはナイフとフォークを上品な所作で扱い朝食を口にする。

 アンドレアが片手を挙げると、朝食室に侍っていた使用人たちが一礼をして下がっていった。


「《サイレント》」


 アンドレアが遮音結界魔法を発動させた。

 ベルンは、使用人を下がらせ、遮音結界まで施して、アンドレアが何を言おうとしているのかと身構えた。


「ベルン、君が王都の冒険者ギルドに行って、依頼を受けたいと思っていることは分かってる。だけど、この王都付近では特に目立つことはしない方がいい。聞けばアンナを助けた時に君は木属性の魔法を使ったそうだね。ベルンが得意なのは火と雷だったと記憶しているんだけど、いつ木属性を使えるようになったの?」


 ベルンは唇を引き結んだ。アンドレアはベルンをじっと見つめる。二人の間に緊張が走る。


「答えられないなら、僕には答えなくてもいいけどね。属性を3つ使えるだけでも【塔】は研究員として誘いをかけてくるだろうし、王宮も召し抱えようと動くよ。ましてや全属性なんか使えた日には……だから、非常に彼女らしいやり方ではあるけれど、アンナは君たちを心配して冒険者ギルドに行かせまいとしてるんじゃないかな」

「アンドレア、お前の入れ知恵か?」


 ベルンが低く唸るような声を出した。


「僕は君に助けられた事を喜んで話すアンナに、ベルンが木属性を使ったことは吹聴しないようにって言っただけだよ」

「それだけか?」

「ベルンを危険な目に遭わせたくなければ、とも言ったかな。だってあの事件が社交デビュー前だったとは言っても、貴族学校の同級生を始め、この王都には君を知る貴族がたくさんいるんだから」


 貴族らしい笑みでアンドレアはにこりと微笑む。それだけじゃないだろ、とベルンは悪態をついた。


「まあ、ベルンの才能が目覚めたにしろ、何かしらの魔法道具を使っているにしろ、せめて王都付近にいる時くらいは目立たない方がいいよ、【塔】の魔法使いで、親友の僕からの忠告だよ」

「分かったよっ!」


 このやりとりをベルンの横で聞いていたリオは、「アンドレア様、危機感皆無のベルンにもっと言ってやってください」と胸中で応援していた。


 それから3日後、リオーネ侯爵家の応接室で、ベルンたちとアルデガルドは再会していた。

 アルデガルドは好々爺といった表情で、ベルンとリオに笑顔を見せていた。


「久しぶりじゃな、ベルノルト、ヴィットーリオ息災だったか?」

「ええ、お久しぶりです師匠」


 ベルンとリオはアルデガルドと挨拶を交わした。実に五年ぶりの再会だというのに、アルデガルドは不老の秘薬でも使っているのかと疑うほどに変わっていない。自分たちの背丈はアルデガルドを抜いていた。


「お前たちの活躍は聞いておるよ。して、ワシに用とはなんじゃ」


 アルデガルドがソファに座ったのを見て、ベルンとリオも向かいに腰をおろした。

 リオは鞄から一冊のノートを取り出してテーブルの上に置いた。アルデガルド、アンドレアの視線がノートに注がれた。


「これは?」

「ブルーメ近くのアーロスの森で魔獣の研究をしていたフィオレ・メルティ嬢を知ってるか?」

「ああ、知っておる。近々ご結婚されるそうじゃ」

「ベルン、念の為にここは遮音魔法を使っておこう。《サイレント》」

「おお、すまんな、アンドレア」


 アルデガルドの礼にアンドレアは苦笑を返した。


「侯爵家ともなれば、使用人の中に紐付きが紛れる可能性がございますので」

「アンドレア、お前スゲェな」

「ベルンが貴族の常識に無頓着なだけだよ」

「うっ……」


 全くもってその通りなので、リオはベルンに少し冷めた視線を投げてから、説明を始めた。


「今から四年前、アーロスの森にも小型のコカトリスが出たようです。たまたまブルーメを訪れていた【塔】の魔法使いにより、即討伐され、人的な被害は免れたようです。フィオレは石化された小型の魔獣や動物を元通りにする方法を研究していました。そして石化を解く方法を見つけました。これがその時の研究ノートです」

「こんな貴重なものを、よくフィオレ嬢は譲ってくださったな」


 アンドレアがノートの表紙から目を離さずに呟いた。リオは頷いた。


「フィオレ嬢は結婚を期に研究を辞める決意をされました。その研究ノートを、価値の分からない父親に燃やされるのも業腹だが、価値が分かりすぎるものに利用されるのも業腹だと仰って、手を貸したお礼に頂きました。ベルノルト・ライナーだと勘付いておられたのではないかと」

「えっ、マジか」


 素で驚くベルンに、リオは冷たい視線を送る。


「石化を解く方法の話をあれほど前のめりで聞いていれば、三歳児にだって勘付かれるでしょう。フィオレ嬢も『貴方も石化を解きたいと思う誰かがいるのね』と言っていたではないですか」


 マジかー、と頭を抱えるベルンは放置して、アンドレアが胸の前で腕を組んで頷く。


「ベルンの貴族らしくない素直さは好感がもてるよね」

「お前、それは俺をバカにしてるだろ」

「それはともかく、フィオレ嬢の研究成果を奪われるのが許せないって気持ちもよく分かるよ」

「私としては、都合よく【塔】の魔法使いがブルーメにいたのが引っかかりますが、ともかくそのコカトリスを使って研究した結果、石化を解く魔法薬を錬金術で作ることに成功したそうです」


 アルデガルドがノートを手にとり、パラパラと目を通しながら言った。


「都合良くもなにも、フィオレ嬢が【塔】の魔法使いで錬金術の研究者なのじゃから当然じゃろ」

「えっ!?」


 驚くベルンとリオの様子に、アンドレアがさもありなんと頷く。


「僕みたいに貴族で、こちらで生活している【塔】の魔法使いは、名乗られなければ分からないよね。全くの自衛手段を持たない令嬢が一人で森の家に住んでいると思っていたのだったら違和感を持たなかったのかい?」

「いやぁ、まあ」

「冒険者にも強い女性はいるので、腕っぷしが強い方なのかと思っていました」

「ああ、なるほど。彼女は父親に内緒で【塔】に登録したようだったし、隠したかったのだろうね」

「言われてみれば、フィオレ嬢は巧みに気配遮断の魔法などを使っていらっしゃいました」

「そもそも錬金術を研究しようというものは、鑑定魔法と水魔法に優れている者が多いんじゃよ。おそらく、コカトリスの頭を水球で覆い溺れさせたんじゃろうて。しかし、毒をもって毒を制すとはこのことじゃな。コカトリスの石化魔法が尾の毒で中和されるとは大発見じゃ」

「俺たちがコカトリスの尾の毒を採取してきたら、【塔】で石化を解く薬を作ってもらえるだろうか」


 真剣な顔でベルンがアルデガルドに問いかけた。ふむ、とアルデガルドは胸まで伸びる顎髭を撫でながら思案する。


「フィオレ嬢の師匠である錬金術の賢人、マグダレッタならば可能じゃろう。下手な輩に頼むとフィオレ嬢は研究成果を奪われる形になろうが、マグダレッタなら悪いようにはせんじゃろうて」


 しかし、とアルデガルドはベルンたちに視線を合わせた。


「両親、領民皆の石化を解くには、相当な量の尾の毒が必要じゃぞ。尾の毒以外にも素材は必要じゃし、ベルノルト、ヴィットーリオ、其方たちでできるのか?」

「やる、やり遂げてやるさ。だから師匠、コカトリスがゴロゴロ出てくるダンジョンがあるんだろ? 場所を教えてくれ!」


 魔法の指南をしていた頃のままの血気盛んで、可愛い弟子の顔を見て、ふぅ、とアルデガルドはため息をついた。


「マグダレッタとフィオレ嬢への製薬の依頼はワシが請け負ってやろう。ただし、尾の毒が手に入ったといって、すぐに石化を解く薬ができるとは思わぬ方がよい。ワシの話が飲み込めたかベルン」

「分かった」

「……ヴィットーリオ頼んだぞ」

「はい、身を挺してでもベルノルトを守ります」

「ワシにとってはお前も可愛い曾孫なんじゃがな……。おつかいに出した西の隣国とは逆の、王都から東に行った"沈黙のダンジョン"と呼ばれておる迷宮の五階層のボスがコカトリスじゃと聞いたことがある。詳しい場所は冒険者ギルドの方が情報は持っておろうから聞いてみるがいい」


 すぐにでも行こうと立ち上がりかけるベルンを、アンドレアとリオはソファに押し付けた。

 仕方がないのう、とアルデガルドはベルンに優しい視線を送る。


「すまんがアンドレア、【塔】への連絡窓口になってやってくれまいか」

「アルデガルド様とベルンの力になれることならば、もちろんです」


 アンドレアはアルデガルドにしっかりと頷いた。


「準備はしっかりと整えてな、無事に帰ってくるんじゃぞ」


 アルデガルドは腰を伸ばして、ベルンとリオの頭を幼な子にするように撫でた。


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