7.ベルンとリオ、スカルラッティ家での再会
護衛の騎士達を解放し、襲撃者をひとまとめにして一段落。
「しかしどうするかな。この人数を連れていくのは無理だぞ?」
「最寄りの町に伝令を飛ばしましょう。伝令魔法の使い手がいますから――ジーナ、よろしくね」
「かしこまりました、お嬢様」
そういってアンナの侍女が頭を下げた。どうやら伝令魔法の使い手は彼女らしい。侍女――ジーナが魔法を唱えると小ぶりの魔方陣が現れ、その光が収束して鳥のような形になってどこかへ飛んで行った。
「さあ、こんな森の中で長居は無用よね。ベルン、あとリオ、王都までご一緒してくれるわね?」
「いや、ま、それはいいけど」
「また多人数の盗賊が現れないとも限らないでしょ。現に私の護衛騎士達には怪我をしている人もいるし――そうだわ! ベルン、貴方は今冒険者なのよね。王都までの護衛を依頼するわ。報酬は金貨3枚。これでどう?」
「それは多過ぎ――」
「いえいえ、もちろんお引き受けします、アンナお嬢様」
報酬が多すぎる、というベルンの言葉にかぶせるようにリオが詫の返事をする。
「なんで貴方が引き受けるのよ、リオ。私はベルンに話してるの」
「依頼ということであれば、私とベルンはチームであり、対等な相棒なのですよ。だから私が返事をするのは別段不思議な事じゃございません」
再びリオとアンナの間に火花が散る。ベルンは「やれやれ」といった感じでため息をついているし、ジーナはおろおろしている。
「まあ、いいわ。依頼は受けてくれたということで出発しましょう。さ、ベルン、馬車の中へどうぞ」
「いや、俺は外を歩くから」
「何を言ってるの。護衛なんだからそばにいないとだめなのよ」
「でも一介の冒険者が貴族の馬車、それもご令嬢の馬車に同乗はちょっと」
すったもんだの話し合いの末、ベルンとリオの二人が一緒にということで馬車に乗ることになった。4年前に侍女に取り立てられたジーナは、アンナとベルンの関係を知らなかったのでひどく警戒していたが、事情を聞いてなんとも言えない表情をしていた。
ガタガタと揺れる馬車の中、ベルンが向かい側に座っているアンナに言った。
「なあ、やっぱり金貨3枚は多過ぎだって。相場ってものがあるんだよ」
「いいじゃない。たくさんもらって困るものじゃないでしょう?」
「まあそうなんだが、金貨より頼みたいことがあるんだ」
「あら、何かしら」
「王都についたら【塔】所属の魔法使いと連絡を取りたいんだ。取り次いでもらえないか」
「【塔】の? 理由を聞いてもいい?」
「師匠に連絡を取りたいんだ」
ベルンがそっと胸に手を当てる。服の上からは見えないが、水晶がついた首飾りがあるのだ。リオとベルン、二人ともあの日以来肌身離さず身につけている。
「アルデガルド様に――いいわ、連絡を取れるように手配するわ。でもそれとは別に金貨は受け取ってね。魔法使いに渡りをつけるのは成功報酬ということで」
「相変わらず頑固だなあ」
二人のそんなやりとりをリオは静かに聞いていた。アンナはもうすぐ結婚すると言っていた。こんなふうに幼い頃のまま、気安く話が出来るのはおそらくこれが最後だろう。
昔からベルンを取り合う仲だったリオとアンナ、今回もすぐけんかになってしまったが、リオは決してアンナのことは嫌いではなかった。ただベルンの横を譲りたくなかっただけで。
だからこの馬車旅の間だけでも――そう思いながらリオは軽く目を閉じた。
その後、ちらほらと魔獣が襲ってきたりしたが難なく蹴散らし、休憩を挟みつつ無事に王都までたどり着いた。そのままスカルラッティ家のタウンハウスまで馬車に乗せられてきてしまう。
ベルンとリオは先に馬車から降り、アンナとジーナが馬車を降りるのに手を貸した。
馬車の到着に気がついて玄関前で待機していた白髪の家令が目を見張る。
「ベルノルト様……?!」
「よお、シュルツ。久しぶりだな。ああいや、俺もう貴族じゃないから失礼だよな。悪い悪い」
「それが謝罪する態度ですかあんたは」
横でリオがツッコミを入れるまでが様式美だ。そこへアンナが落ち着いた声で指示する。
「シュルツ、この二人は冒険者のベルンとリオよ。盗賊に襲われたところを助けてくれたの。お礼をしたいから応接室にお通ししてちょうだい」
「かしこまりました。それではベルン様、リオ様、こちらへどうぞ」
そうして私室へ下がっていくアンナと別れて応接室に案内されることになった。婚約者時代に何度も来たことのある屋敷が二人にはもう懐かしい。
廊下を歩きながらシュルツがぽつりと口を開いた。
「5年ぶりでございますね。お元気そうでほっといたしました。ジーナからの伝令魔法で冒険者に助けられたとは聞いておりましたが、まさかベルノルト様だったとは」
「ありがとう、今はリオと二人で冒険者としてあちこちふらついてるよ」
「何を申されますか。先だってはガストンの町で魔獣退治、その後はゴブリンの集落を2人だけで殲滅したりと華々しい噂が流れてまいりますよ」
にっこりと笑うシュルツに二人はゾゾッと背筋を凍らせる。見た目通りの好々爺でないことは百も承知だが、こうも最近受けた依頼のことまで把握しているとか、シュルツの情報網はどうなっているんだろうか。
「家令の嗜みでございますよ」
「心を読むな心を」
昔からシュルツには逆らうなと心に誓ってきたが、改めて心に刻み込む二人だった。
応接室で待っているとやがて着替えて身だしなみを整えたアンナとジーナがやって来た。
「危機を救ってくださり、改めてお礼申し上げます。こちらはまずお約束の護衛代です」
アンナが引き繕った様子で挨拶するので、さすがのベルンも礼儀正しく頭を下げて、シュルツがトレイに載せて持ってきた金貨の袋を受け取った。
「それから成功報酬の方ですけれど――シュルツ」
「はい、伺っております。手配をしておりますので――おや、おいでなされたようです。もう少々お待ちを」
シュルツがそう言って部屋を辞した。が、ほどなく足音がバタバタと近づいてくるのが聞こえた。そしてバン! と音を立てて扉が開く。
「ベルン!」
「アンドレア! おっと、アンドレア様」
息を切らして駆け込んできたのはアンドレア。アンナとベルンの幼馴染であり、現在のアンナの婚約者だ。蜂蜜のような濃い金のくせ毛を後ろでひとまとめにした青年で、人の良さがにじみ出るような顔をしている。
「こんな昔なじみしかいないような場でそんな水臭いこと言うな。よかった、元気そうで。リオも一緒か。安心したよ」
リオもその言葉に一礼する。が、その直後にアンドレアが、ぐず、と鼻を鳴らす。
「すまん、安心したら涙が」
「相変わらずだな。おまえらしくていいよ」
そう言いながらベルンも嬉しそうだ。もう会えないだろうと思っていた友に会えたのだ、嬉しくないわけがない。
ひとしきり再会の喜びを噛み締めあった後は近況を伝え合い、ベルンはアンナとアンドレアの婚約を祝福した。
「――で、ベルン達の希望は【塔】の魔法使いに連絡を取ることだったね?」
「誰か知っている魔法使い、いるか?」
「もちろん」
アンドレアがにっこりと破顔した。
「僕が【塔】の魔法使いだからね」
「えっ! いつの間に」
5年前の事件より前は、確かに魔法使いに師事はしていたと思ったが【塔】に籍を置いてはいなかったはずなのに。
「驚いた顔が見られて嬉しいよ。2年前から【塔】に籍を置いているんだ」
「はぁ、すごいなアンドレア。さすがは俺の幼馴染だ」
「そこは俺の親友とは言ってくれないのかい?」
「――いいのか?」
「心はいつだってそのつもりだよ。さて、この【塔】の魔法使いにご用は?」
人の良さそうなアンドレアの笑顔が、5年前よりもずっと頼もしく見えた。