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41.ソフィアとマリアンヌ、有力者から取り合いされる

「――は?」


 マリアンヌの目の前に座っているのはベルンとソフィア。さっき二人連れ立ってバレリオに会いに行ったので、リオとマリアンヌ、アルデガルド卜三人で談話室で待っていたのだが、ベルンたちは戻ってくるなりマリアンヌの前に座って少し興奮気味に話しだしたのだ。二人とも非常に機嫌が良さそうだ。だが、今ベルンは何といった? 


「ええと、すまないがベルン。もう一回言ってもらえるか?」

「おう。だからよ、マリアンヌには俺の妹になってもらってだな」

「なんで?」


 確かにベルンはさっきそう言った。バレリオにソフィアを紹介しに行ったはずだと思ったが、何がどうして急にそんな話になったのかさっぱりわからない。


「いやさ、マリアンヌはリオとのことで結構悩んでたじゃないか。だからマリアンヌが貴族になっちまえばいいんじゃねえかと考えたわけだ。ほら、ソフィアもそうなるわけだし」

「へ? へ?」


 相変わらずあまりわかりやすい説明とは言えない。だが首をひねるマリアンヌに構わずベルンが続けた。


「さっきシリウス陛下が来てよ、親父と俺を貴族籍に復活しておいたって爆弾発言残してさっさと帰っちまったからさ」

「へ?! ベルン、貴族に戻ったのか?」

「おう、そうらしいぜ。あのおっさん、人の反応見て喜んでるんだぜ、きっと」

「ベルン、不敬ですよ」

「悪い悪い、久しぶりに貴族向きの言葉遣い頑張ったからさ、みんなの顔見たらちょっと力が抜けちまったみたいだ」


 リオに窘められてベルンが頭をかく。


「んでさ、貴族に戻っちまった以上、俺と結婚するならソフィアもどこかの貴族家に養女に入って体裁を整えないといけねえ。ロームでの結婚式はその後だな。だからさ、マリアンヌもライナー家に養女に入っちまえば、リオの血筋とか悩む必要なくねえかと思ってさ」

「ベルン、あんたあの話は本気だったんですか?」


 リオが呆れた顔で頭を抱える。フォレストラ公爵邸でちらっとベルンが「マリアンヌが俺の妹になればいいんじゃね?」的発言をして、リオがそれを一蹴したことを思い出したのだろう。

 そんな話は一切知らなかったマリアンヌはあわあわするばかり。


「え、え、え」


 全く頭がついていかないマリアンヌにソフィアがにこにこで言葉を継ぐ。


「マリアンヌ、私もベルンさんのお父様に会ってみて、マリアンヌが不安に思ってる気持ちがわかったよ。私も自分なんかが貴族の家に入るなんて、ってすごく怖いもん」

「ソフィア」

「でも、だからね、マリアンヌがベルンさんの妹になるって話を聞いて嬉しくて心強かったの。そしたら私とマリアンヌ、本当のきょうだいになれるよ」

「あ」

「私、マリアンヌと一緒なら頑張れると思うの。確かに私たちが貴族の仲間入りなんて、って怖いけど、私にはベルンさんと離れるなんて考えられないんだもん。何とかかじりついていかなきゃいけないでしょ。不安しかないけど、マリアンヌと本当のきょうだいになってこれからも一緒にいられるなら頑張れるかなって」

「ソフィア……」


 マリアンヌはソフィアをまじまじと見つめた。

 こういう時、実は思い切りがいいのはマリアンヌよりソフィアだったりする。泣き言を言いながらも切り替えが早く、前向きになれるソフィアはすごいとマリアンヌはいつも思っている。


 不安と、ソフィアがそんな風に考えていてくれた感動と、自分が貴族の養女になるという事態に言葉を継げずにいると、横でリオが大きく頷いた。


「でもそれが一番いい案ですね。バレリオ様はなんと」

「超絶ウェルカムだったぜ」


 リオはどうやら賛成らしい。そしてベルンとソフィアも。

 ちょっとばかり外堀を埋められてしまった感は否めないが、それなら確かに心強い。出自を変えることができないなら、そしてリオの隣に立っていたいなら、マリアンヌ自身が周りに有無を言わせないほどの人間になればいいのではないだろうか――

 マリアンヌは改めてベルンに向き直った。


「ベルン、本当にいいのか?」

「こっちから声をかけてるんだぜ? 変な気なんか使ってねえから安心しろよ、マリアンヌ」

「うん……ありがとう。よろしく頼む。これからは兄上って呼んだほうがいいのか?」

「気が早えな! 反対はしねえだろうけど、一応母上が元に戻ってから全て決定ってことになるから、もうちょっとまってくれな。妹になっても私的な場所では今まで通りベルンでいいぜ。よし、後で父上に知らせに行こう」



 そこへアルデガルドが声を掛けた。


「マリアンヌちゃんはバレリオの娘になるんじゃな。ソフィアちゃんはどこの養女になるかはもう決まっとるのか?」

「今のところ候補としてはフォレストラ公爵家とアンドレアのところと、あとは師匠のところかな」

「わしか? 大歓迎じゃぞ」


 ぴょん、とアルデガルドの背筋が伸びる。何となく尻尾があったらバッサバサ振っていそうな雰囲気だ。


「いいのう、娘か。いっそマリアンヌちゃんも一緒に二人とも養女に」

「だめですよ、おじいさま」


 だが浮かれたアルデガルドをリオの冷静な声が一刀両断した。


「なんでじゃ」

「いいですか、マリアンヌもソフィアも魔法市国に入国できるほどの魔力は持っていません。養女になってもし入れたとしても、魔法市国では歓迎されない――俺という前例があるじゃないですか」


 リオは保有魔力は豊富でも魔法が使えなかったせいで、魔法市国でいじめられていた。それを思い出したのだ。とたんにアルデガルドがしゅんとしおれてしまった。


「そうじゃったなあ……二人も娘が出来ると思ったのになあ」

「師匠! そう落ち込むなよ。リオとマリアンヌが結婚すれば、マリアンヌは師匠の曾孫になるんだからな!」

「それで納得するしかないかのう」


 しょぼんとソファに座ってしまったアルデガルドをソフィアとマリアンヌが慰めにいった。







 数日後、ベルンの母フレデリカとバレリオの側近シルビオの二人が石化解除処理を受けた。二人とも多少の混乱はあったものの、すぐに持ち直して現実を受け入れることにしたようだ。先に元に戻っていたバレリオと、10年分成長していたベルンの姿を見たからだろう。

 そして。


「まあっ、まあっ! でかしたわベルノルト! こーんな可愛らしいお嬢さんをつかまえるなんて!」


 目覚めて事情を知ったフレデリカに、ソフィアはもみくちゃにされていた。ぎゅうぎゅう抱きしめられて頬ずりされている。

 フレデリカはバレリオの部屋の隣、続き部屋に寝かされていたが、ベルンとソフィアが見舞いに来て結婚したと話した途端に飛び起きてソフィアに抱きついたのだ。

 さすがあの父上の奥方、似たもの夫婦だったよなあとベルンは遠い目になる。

 一方のソフィアはフレデリカの豊かすぎる胸に押しつけられ、必死にむぐむぐ言っている。


「べ、ベルンさぁん」

「あー、そういえば母上、可愛いもの大好きだったよなあ――ソフィアが窒息しますから離してください、母上」

「え? あら、ごめんなさいねソフィアちゃん――改めて私はベルノルトの母フレデリカよ。仲良くしてくれるとうれしいわ」

「は、はい。不束者ですが精一杯ベルンさんの支えになれるよう頑張りますのでよろしくお願いします」

「やだかわいい。ママンって呼んで頂戴。ぎゅーっ」


 再度フレデリカに抱きしめられて窒息しかけたソフィアをベルンが必死に助け出すのだった。





 ――その時だ。


 カンカンカン! カンカンカン!


 遠くから鐘を打ち鳴らす音が聞こえてきた。緊急事態の音だ。すぐにバタバタと廊下を走る音が聞こえ、続けて隣室の扉が勢いよく開く音がした。


「バレリオっ! 魔獣の襲来だ!」

「何だと!」


 どうやらヴェリテが報告に飛び込んできたらしい。ベルンとソフィアもすぐに隣室への扉を開けた。ヴェリテについてきたのだろうリオとマリアンヌが廊下から部屋の様子をうかがっている。

 そして報告を聞いたバレリオがベッドから飛び起きている。体力は落ちているはずなのに危なげなく立ち上がり、枕元に立ててあった大剣を手にしている。ヴェリテが怒鳴る。


「阿呆! おまえに討伐に出ろと誰が言った! おまえは指揮をとるんだよ!」

「うっせえ、その方が早いだろうが」


 二人が言い合いを始めた間にベルンが割って入る。


「あー、俺が行ってくるよ……行ってきます」

「ベルノルト」

「お忘れかもしれませんが、俺とリオは冒険者ですからね。10年前よりはちょっとばかり成長しているところをお見せできるかと思います。な、リオ」

「はい。お任せいただければ必ずや」

「そうか――よし、ヴェリテ、ベルノルトたちに任せよう。魔獣の規模は」

「大小取り合わせて20体ほどかと」

「問題ねえな。リオ、マリアンヌ、ソフィア、行くぞ」


 ベルンが3人に声を掛ける。ソフィアとマリアンヌは「はい!」と部屋へ準備しに走り、リオは「あんたが一暴れしたいだけでしょう」と肩をすくめ、ベルンに小突かれてから二人で武器を取りに部屋へ戻っていった。


「ヴェリテ。ベルノルトたちの冒険者ランクを知っているか?」

「確かBランクだったと思ったが」

「Bか……」

「いや、とはいっても上位ランクへのランクアップを拒み続けているから実質はAランク、ひょっとしたらSランクに手が届くんじゃないかって噂されているらしいぞ」

「ふむ。少しは成長しているようだな。おいヴェリテ、俺は城壁へ行くぞ。見物に行かねば」

「一緒に行こう。俺もベルノルトたちの様子を見に行きたい」


 だいぶ足下のしっかりしてきたバレリオがベッドから出てガウンを羽織る。すると隣室から声がした。


「ずるいですわあなた! 私もベルノルトたちの勇姿を拝みたいですわ!」

「フレデリカ。君はまだ石化がとけたばかりだろう」

「関係ありませんわ。連れて行ってくださいまし」

「仕方ないな」


 仕方ないといいつつ満更でもない顔をして、バレリオはフレデリカを横抱きに抱き上げた。二人を眺めながらヴェリテは「さすが体力オバケ」と呆れるのだった。



 城壁の上にある回廊から南側を見下ろすと、城の広い裏庭があり、その向こうに城をぐるりと囲む外壁と、更に東西に伸びる長い壁が見える。その更に向こうは鬱蒼とした森が広がっている。この森はアルバの森と呼ばれていて、ローム王国と南にある国バッサーニとの国境であり、かつ強力な魔獣がひしめく魔境だ。10年前の事件もこの森で溢れた魔獣がライナー領を襲ったもの、そもそもライナー領はアルバの森を含む国境の防衛線なのだ。


 そのアルバの森から今まさに魔獣が出てきている。

 報告にあったとおり大小取り合わせて20体ほど、巨大なサイクロプスも見える。

 そして外壁の上には人が立っている。ベルンたちだ。

 最初にベルンが杖を高く掲げ、詠唱した。


「≪ライトニング≫」


 途端に強烈な雷が迸り、魔獣の群れへと殺到する。だが魔獣たちは一塊になっているわけではない。魔法の効果範囲外にいた8体が魔法で倒れた魔獣を乗り越えて更に向かってくる。


 そこへソフィアの矢が飛び、撃ち漏らした一体を貫いた。同時に外壁の外へ躍り出たリオとマリアンヌが魔獣を斬り伏せていく。

 その間にもソフィアの矢が、ベルンの属性を問わない魔法が飛び、あっという間に全ての魔獣を撃破してしまった。



「ほう、なかなかのコンビネーションだな」

「ああ。やるじゃないか、ベル坊」

「ベル坊はやめてやれ、ヴェリテ。どうやらもう25歳らしいからな」

「ははは、まああの戦いっぷりを見ていればさすがに子供の頃と同じにゃもう呼べねえな」


 バレリオとヴェリテの横でフレデリカも満足そうにしている。もうバレリオの背中から降りて自分の足で立っている。


「ねえご覧になりましたあなた? ソフィアちゃんもマリアンヌちゃんも相当な腕ですよ」

「ああ。このライナー領はローム王国の南の最前線だ。魔獣だけでなく隣国との国境も守らなければならない。ベルノルトとヴィットーリオに嫁ぐというならそれだけの覚悟がなければと考えていたが、どうやら杞憂だったようだな」

「ええ。可愛くて強い娘が二人も出来るんですからね。私も早く復帰しないと」

「じゃあフレデリカもベルノルトとソフィアの結婚と、マリアンヌを養女にすることは賛成だな?」

「ええ、もちろんですわ」


 嬉しそうに頷きあうバレリオとフレデリカを見ながらヴェリテは考えた。


 ――俺の領主代理っていう役割もそろそろ終わりだな。そろそろ王都へ戻る用意を始めるか。


 バレリオたちの存在に気がついたらしいベルンが外壁の上からこちらへ手を振るのに大きく手を振り返す。これからのライナー領も安泰だなと安堵するヴェリテだったが、この後バレリオの側近としてライナー領に骨を埋めることになろうとはこの時は全く考えていなかった。




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