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37.マリアンヌと全員、事件のその後、それぞれの想い

【36話のあらすじ】

ベルンの追っ手の男達に攫われたマリアンヌ。ベルン達はすぐに追いつくが、怪我をしたマリアンヌを人質に「魔法属性を増やす魔道具を渡せ」と脅され、ベルンは腕輪を追っ手に渡してしまう。

だが渡した腕輪は以前グリムが作ってくれた劣化版の腕輪だった。何とかマリアンヌを取り戻すことに成功するが、黒幕を突き止めるために追っ手達はわざと逃がすことにする。

ベルンとリオ、ソフィアは気を失ったままのマリアンヌを連れてフォレストラ公爵家へと戻ろうとするが、そこに転移魔法でアルデガルドとウヴァーが現れる。

アルデガルドは「石化解除薬が完成したとの知らせが届いたからロームへ帰ろう」とベルン達に告げるのだった。

 マリアンヌを連れて戻るとフォレストラ公爵邸は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


「マリアンヌちゃん! マリアンヌちゃんは大丈夫なの?」


 ヴィオレッタが心配そうにリオの背中に負ぶさったまま気を失っているマリアンヌの顔を覗き込んだ。頬の傷も太ももの刺し傷も治療魔法できれいに治っているが、服の汚れや乱れで彼女が酷い目にあったらしいことは一目瞭然だ。


「傷は治しましたがひとまず彼女を休ませたいと思います」

「そうね、それがいいわ。メイドと医者を部屋に行かせるわ」

「よろしくお願いします。俺はこのままマリアンヌを連れて行きます」


 リオが立ち去った後を見送って、メイド達の手配をてきぱきと終わらせたヴィオレッタは、ぐるりと振り返ってベルンににっこりと笑いかけた。その笑顔がぞっとするほど怖い。


「さあ、詳しく話を聞かせてもらえるかしら」



 応接室でだいたいの経緯を話して聞かせた。その場にはヴィオレッタだけがいる。ギルミアはまだ屋敷に戻ってきておらず、ということは現在この屋敷の采配はヴィオレッタに任されていることになるからだ。

 話が進むにつれ、ヴィオレッタからの圧がどんどん増えてくる。ベルンとソフィアはそんなヴィオレッタを前に、それでも淡々と話していった。

 やがて追っ手の3人を逃がして戻って来たところまでを包み隠さず話し、わずかに沈黙が訪れたときだった。


「それで? マリアンヌちゃんを誘拐した犯人を逃がした理由を聞こうかしら」


 ヴィオレッタが低い声で尋ねた。いつになくお怒りなのはよくわかる。大事な孫の嫁として認めたマリアンヌが酷い目に遭ったのだ、本来ならフォレストラ公爵邸までひきずってきて、犯人を罰したいのだろう。

 正直、ベルンも同じ気持ちだ。


「黒幕を捕まえるためだ。あの追っ手なんてたいしたことねえと思って放置してたが、間違ってた。マリアンヌが襲われたのは――俺の、せいだ」


 膝の上で手を真っ白になるほど握りしめる。横に座っていたソフィアがその手にそっと自身の手を重ねた。


「マリアンヌはリオの嫁だけど俺の仲間でもあるんだぜ? そりゃ今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいくらいだが、あいつらを殺しても、その後はまた違う顔も知らない追っ手が来るだけだ。今は業腹だが必ず報いは受けさせる。約束する」


 そう答えたベルンの声には怒りが滲み、その声色でヴィオレッタも少し頭が冷えたようだった。


「――わかりました。ベルノルト、よろしくお願いします」

「ああ、必ず」


 一旦話はおしまいということにして解散になった。


「あなたたちも疲れているでしょう? マリアンヌちゃんのことが心配でしょうけど、メイドも医者も、それにヴィットーリオもついてますから安心してあなたたちは休んで頂戴。お部屋に寝酒を運ばせるわね」


 ヴィオレッタの気遣いに感謝の意を伝え、ベルンとソフィアは部屋へ戻ることにした。マリアンヌは医師の部屋にほど近い客室へと運ばれたため、いつも使っている部屋にはいない。もちろん付き添っているリオもだ。

 ベルンはソフィアをいつも使っている部屋へと送り届けた。その間、二人は終始無言で廊下を歩いた。絨毯の上を歩くくぐもった足音だけが響く。そしてたどり着いたとき、ぽつりとソフィアが口を開いた。


「マリアンヌ……大丈夫かな」

「大丈夫だ。みんなついてる」

「私、自分のことで浮かれててマリアンヌの気持ちをちゃんと考えてなくて」

「そっか」

「公爵家を出て行くくらい悩んでたのに、私――」

「ソフィアのせいじゃねぇよ」

「ううん、私のせいなんです……」


 ソフィアの声は固く張り詰めていて、今にも破裂してしまいそうだ。

 危なっかしくて、でも彼女の気持ちもよくわかる。ベルンはソフィアをそっと抱き寄せた。


「俺もさ、後悔で一杯だ。俺がちゃんと追っ手の対処をしなかったからマリアンヌを危険な目に遭わせちまった。マリアンヌにもリオにも申し訳が立たねえよ」

「でもぉ……」

「ソフィア」


 ベルンがソフィアの水色の髪をそっと撫でる。


「なあ、何にもしねえから、今夜は一緒にいないか」

「え?」

「マリアンヌのことはもちろん心配だけどよ、俺はソフィアが心配だ。ひとりにしておきたくねえんだ」

「ベルンさん」


 ソフィアはベルンの胸に額をこすりつけるようにして頷いた。





 マリアンヌが目を覚ましたのは、空が白み始めた明け方のことだった。

 見知らぬ天井を見てぼーっとしていたが、ふと気配を感じて横を振り向いた。


「――リオ?」

「マリアンヌ」


 寝かされているベッド脇の椅子にリオが座っている。ひどく安堵したような顔で、でもどこか置いていかれた子供みたいだ、とマリアンヌは思った。


「ここは」

「フォレストラ公爵家の客室です。イレーネ先生が診やすいように、先生の部屋の近くに運びました」


 イレーネとはフォレストラ公爵家のお抱え医師のひとりの女医だ。

 そこまで話して、マリアンヌは何があったかを思い出した。誘拐され、ナイフで脅され、太腿を刺され、あのタイミングでリオたちが飛び込んでこなければ男たちに辱められていただろう。恐怖が蘇ってきて、横たわったまま無言でリオに腕を伸ばす。すぐに覆いかぶさるようにして抱きしめられて、軽く触れるようなキスが額に落ちてくる。

 リオにしがみつきながら深い安堵を感じた。


「あれから、どうなった?」

「それは追々説明します。体調は? どこか痛かったり具合が悪かったりしませんか」

「ん、大丈夫だ。ちょっとだるいくらいかな」

「結構出血があったからな」


 体を離し、リオがイレーネを呼びに行く。やってきたイレーネに診察されて、やはり恐怖と緊張によるストレスと出血で体がつかれているだろうからしばらくは大人しくしているように、と告げられた。


「怪我されたとのことですがね、わからないくらいによく治療されていますよ」


 ヴィットーリオ様は気合入ってますね、と小さな声でマリアンヌに囁いてにこやかに部屋を出ていった。実にチャーミングなおばあちゃんだ。


「マリアンヌ、今日はこのままもう少し寝てなさい」


 リオがそう言いながらまたベッド脇の椅子に座った。そばについているつもりらしい。いつになく優しいリオの態度が嬉しいような、辛いような複雑な気持ちだ。

 寝ようと思えばまだ寝られるが、それよりも気になることが多すぎてマリアンヌはリオから目をそらす。


「その――ごめん」

「マリアンヌ、今はやめましょう。俺も話したいことがたくさんありますが、休んだ方がいい」

「うん……」

「ああ、ただひとつだけ」


 リオがマリアンヌの長い髪に触れた。眠っている間に誰かが結ってくれたらしい三つ編みを持ち上げて毛先にそっと唇を落とす。


「無事で良かった」

「――!」

「駆けつけるのが遅くなって怖い思いをさせました。あんな怪我をさせて、それに……」


 言い淀むリオの頬にそっと手を伸ばす。


「怪我はしたけどさ、その、それ以上酷いことされる前に駆けつけてくれたから。間に合ってくれてありがとう」


 女として辱められる前に間に合ってくれてよかったと言葉をぼやかして伝えると、リオが目を少しだけ見開いて顔を伏せ、マリアンヌの三つ編みを捧げ持つように自分の額につけた。


「よかった……いや、それでもマリアンヌが辛い思いをしたことに変わりはない。俺は……」


 自分を許せない。小さな呟きがマリアンヌの耳元にかすかに届く。


 ぽろりとマリアンヌの瞳から涙が一粒落ちた。慌てて布団を被って顔を隠すマリアンヌの頭を、リオは彼女が眠るまでずっと撫でていた。






 丸1日ゆっくり休んだマリアンヌは、翌日にはすっかり体調も回復した。が、リオは彼女のそばを離れようとしなかった。

 ソフィアはお見舞いに行ったけれど「無事でよかった」としか言えなかった。ベルンは「ガタイのでっかい俺が行くと犯人とか怖かったことを思い出しちまうかもな」と見舞いも遠慮していた。


 フォレストラの面々からは落ち着いたら話を聞かせてほしいと言われていたので、マリアンヌはリオだけでなくベルン、ソフィアにも同席してもらって翌日話をすることにした。相手はヴィオレッタだ。ギルミアでなかったのは、複数の男性に誘拐され、恐ろしい目に遭ったのだから男性相手では恐怖を思い出してしまうだろうという配慮だろう。

 3人がけのソファの真ん中にマリアンヌが座り、両脇にヴィオレッタとソフィアが座る。リオは向かいの一人掛けのソファに座り、ベルンにも一人掛けのソファが勧められた。

 ベルンは離れて壁際に立っていると言ったが、マリアンヌは大丈夫だからとソファに座ってもらった。実際、ベルンのことは怖いと思わなかった。


 マリアンヌは何があったのかをぽつりぽつりと話した。

 これだけ迷惑をかけてしまったのだ、隠し立てすることはできなかった。だから言葉を選びつつ、時折口を開くのをためらいながらも少しずつ続けていった。

 なぜ逃げ出したくなったのか、は最初に話さなければならないことだったが、やはりそれを話すには口も心も重かった。

 自分の感じていたことを吐き出し、時間を掛けて話し終えると、ふわりとヴィオレッタに抱きしめられた。


「ごめんなさいね。孫が来てくれたこととか結婚のこととかで浮かれすぎていたのね。マリアンヌちゃんの気持ちがそんなふうに置き去りになっていたなんて」

「いや、私が愚かだったんだ――です」

「それにしても――誰ですか? そんなくだらない憶測をあなたに聞かせたのは」


 クロディクスとエロティカが話していた「マリアンヌはフォレストラ公爵家の嫁としては心許ない、エルフの娘を嫁にした方がいい」という言葉については、さすがに告げ口をするようで気が引けてしまい「物陰で聞いたので誰が言ったかわからないが、そんなことを話している人がいた」と説明した。それを受けてのヴィオレッタの怒りである。


「かばわなくていいのよ、マリアンヌちゃん。まあ引き算でだれが言ったのかはわかるけど。クロディクスとエロティカでしょ?」


 ノルディクスは自分の息子リュカを助けてもらった恩があり、恩人にそんなことを言うとは考えられない。なので非常に簡単な引き算である。正解を言い当てられて口ごもってしまったマリアンヌに、ヴィオレッタが大きなため息をついた。


「マリアンヌちゃんはこんな気遣いの出来るいい子だというのに。おまけにリオはこれからも平民として生きていくって最初から宣言しているのに。あんな貴族的合理主義にしか物事を見られないなんて、ちょっと育て方を間違ったかしら」


 そしてマリアンヌを見てにっこりと美しく微笑んだ。


「あとできつ~くお灸を据えておきますからね。私もギルミアも、リオとマリアンヌちゃんを引き裂くつもりなってこれっぽっちもないわ」

「で、でも私は貴族の振る舞いなんて絶対似合わないし、そもそも公爵家に足を踏み入れることすらできない身分で出自で」

「もちろんマリアンヌちゃんが貴族として頑張りたいっていうなら公爵家を挙げて応援するわ。出自は関係ないと言えればいいんだけど、さすがに貴族社会はそこまで温くないのよね。だけどそこは何とでもするわ。――でも、リオはこれからも平民として、ベルノルトの相棒として生きていくんでしょう?」

「ええ、その通りです」

「なら、マリアンヌちゃんはそんなこと気にしなくていいわよ。あなたが考えるべきことは、このちょっと手のかかる男の手綱をどう握るかと、二人でどう幸せになっていくか、でしょう」

「それはそうなんだけど……」


 それでも孤児で出自のわからない自分と、貴族の血を引いているリオが結ばれることにどうしても引け目を感じてしまう。自分とは違う世界の人なんだとマイナス思考から抜け出せないでいると、ヴィオレッタがうふふと笑った。


「それともひょっとしてリオが貴族の血を引いてるからマリアンヌちゃんに対して本気じゃないと思ってる?」

「……それは」

「信じるに足る男だと思えないなら、すっぱり別れちゃいなさいな。私はあなたの味方よ」

「お祖母様! やめてください」

「リオ、それが嫌ならもっとちゃんとマリアンヌちゃんと向き合いなさいな」


 ――まあ、傍から見ているとリオがマリアンヌちゃんをがっちり囲い込んで溺愛してるのは丸わかりなんだけど、本人にちゃんと伝わってないのは問題よねえ?

 いろいろ言葉を掛けたものの、マリアンヌは沈み込んで浮上出来そうにない。まああんな目に遭ったのだからすぐ立ち直れるとは全く考えていないが、このままでは本当にまたリオの手をすり抜けてどこかへ行ってしまいそうだ。

 さてどうしたものかとヴィオレッタは思考を巡らせ始めた。


「ただねえ、すっぱり別れるのが難しいならこちらでの結婚式はやったほうがいいかもね。焦らせるわけじゃないけど、少なくともリオに縁談が来るのは避けられると思うから」


 ほら、石化解除薬が出来たからロームにも戻らなきゃいけないでしょ、とヴィオレッタが続ける。


「結婚式は、まあ準備は始めているけどまだまだ時間がかかるのよね。

 だからその間にロームに戻って石化解除薬の件を片付けてくればいいわ。こちらに戻ってくるまでにゆっくり考える時間だと思って――

 え、往復が大変? 折角だからお父様にたくさん働いていただきましょうね」


【塔】の七賢を馬車代わりに使おうとしているらしい。




 マリアンヌの心の傷はまだまだ塞がらず、リオとの結婚についても問題はそのままだ。四人が四人ともそれぞれ後悔や悩みを抱えたまま、ひとまずロームへ急ぐことになる。

 数カ月かけて踏破した道のりを、アルデガルドの魔法で一瞬にしてロームへと移動することになるのであった。




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