30.ベルンとリオ、魔法の特訓
「さて、今回はリオの魔法特訓のためのダンジョン攻略ですから、先を急ぐ必要はありません。まずはこのあたりを拠点に練習をいたしましょう。このダンジョンに出る魔獣は、どれも物理攻撃が効きにくい種です。とはいえリオとマリアンヌなら力づくで剣による物理攻撃で討伐できてしまうかもしれませんが、せっかく魔法の練習に来ているので、リオもみなさんも魔法攻撃のみで戦ってくださいね」
ロランディのダンジョンの一階を進み、ひらけた回廊のような場所に来てからウヴァーは立ち止まって言った。ベルンがにやりと得意そうに笑う。
「ま、俺がいれば楽勝だな」
リオはそんなベルンを見て、呆れたように笑う。
「ベルンは威力のコントロールが苦手でしょう? あなたも練習した方がいいんじゃありませんか?」
「うるせー、俺よりお前の練習に来たんだろうが」
「あ、あの私も練習したいです」
「私もだ」
ソフィアが風の弓を握りしめて勢い込む。マリアンヌはさっそくヴィオレッタに借りた魔法剣に魔力を込めていた。そんな一行を楽しげに眺め、アルデガルドは顎ひげを撫でる。
「ほっほっほ、ではワシたちはここで見物させていただこうかの。オイーリアのダンジョンは実に興味深いのう」
「ロームのダンジョンとの違いをぜひお聞かせください」
「構いませんぞ」
ウヴァーは一歩下がって、アルデガルドと自身を包む結界を張った。次いでマジックバッグから、椅子とティーテーブルと茶器が出てくる。
「結界を張っているので、こちらのことは心配しなくても結構です。リオは魔法のみで3匹は仕留めること。その後は魔法剣も試してください。怪我をしたらリオに治してもらってくださいね」
「ホッホッホ。ここなら存分に暴れてもよいぞ、ベルン」
アルデガルドの言葉に、ベルンがはっと手首を意識した。そこには、しばらく出番を失っていた魔導具の腕輪がある。
「よっしゃーーーー!」
「ベルンは張り切り過ぎです! ダンジョンが壊れたらどうするんですか!」
「大丈夫じゃ。ダンジョンはちょっとやそっとじゃ壊れんよ」
「師匠はベルンに甘すぎます!!」
リオが非難の声をあげるも、やる気に火が付いたベルンの耳には届かなかった。
「きゃっ」
ソフィアが何かに驚いて目をつむる。風のような何かに煽られて、ソフィアのスカートのように見せかけている上着の裾がひるがえった。
「痛っ!」
小さな無数の切り傷が、風のようなものが通り過ぎると同時にマリアンヌの肌を傷付けていく。幸い浅い傷だったが、健康的な肌についた赤い筋が痛々しい。
「なんだ?」
目で捉えられない敵の出現に、ベルンがソフィアを背に庇う。
マリアンヌが魔法の火をまとった剣を振り回してみると何かがぶつかった衝撃が刀身から伝わった。「きゅっ!」と小さな悲鳴をあげて何かが床に転がる。そこには前脚と後脚の間に皮膜があるネズミに似た魔獣が目を回していた。
「風属性の魔獣、カマイタチュです。肉眼ではとらえられない速さで飛び回り、刃のような爪で攻撃をしてきます。さあ、どう倒しますか?」
ウヴァーはティーカップを手にしながらのんびりと言った。
「ほれほれ、ビリビリラットも来たぞぃ」
アルデガルドも焼き菓子をもぐもぐと頬張りながら声をかける。黄色に茶色の縞模様が入った毛皮に、もふもふとした尻尾を持った小さなネズミ魔獣の集団がベルンたちを取り囲んでいた。
こんな場所で優雅にティータイムをしている師匠たちは豪胆と言うべきか、役立たずと罵るべきか。それよりも必死で風の障壁魔法でソフィアとマリアンヌを守ろうとしている相棒の肩にベルンは手を置いた。
「俺が障壁をやる。お前は落ち着いて、障壁を通ってきたネズミ共を1匹ずつアクアバレットかエアカッターで倒せ。《ファイアーウォール》」
ベルンの詠唱が終わると同時に、四人を中心としてドーナツ状に炎が燃え盛り、炎の障壁が現れた。炎の壁に勢いよく飛び込んだカマイタチュは、小さな火の玉になって飛び出てくる。カマイタチュが視認できるようになってマリアンヌはカマイタチュにトドメを刺す。リオはエアカッターを向けるが、素早く動く標的に当てるのに苦労しているようだった。
ビリビリラットは火への耐性が強いのか、ベルンの張った炎の障壁を難なく抜けて紫電を放ってくる。それほどのダメージは無いが、数が多いのがうっとおしい。
「ちょこまかする魔獣を1匹ずつ相手してたんじゃ、埒があかねぇつっの! 《ストーンバレット》」
炎の障壁を維持しつつ、ビリビリラットに向けて土の塊が勢いよく飛んでいき的確にビリビリラットを撃ち倒していく。
「こりゃベルン。お前一人でやっとらんと、仲間と協力せい!」
「わーったよ!!」
すぐさまアルデガルドの指導が入り、ベルンが叫んで返事をする。ベルンは仲間たちの状況を確認した。ソフィアも素早く動き、数の多いビリビリラットに苦戦している。
「ソフィアはファイアーアローを複数展開、リオはアイスバレットでビリビリラットにとどめだ」
「無茶言わないでください。複合魔法は昨日成功したところですよ」
リオの眉間に皺が寄る。なんだかんだ言っても器用なリオはやり遂げるだろう。額に汗をにじませながら、向かってくる魔獣に杖を向けた。小さな氷の礫がビリビリラットの小さな身体に当たり、ダメージを与えていく。
炎をまとった剣を振り回して、マリアンヌは飛び掛かってくるカマイタチュ相手に善戦していた。しかし、魔獣が小さいのと、速度が速いのとで、致命傷のダメージはなかなか与えられないでいた。
「やつらの速度を邪魔するしかねぇか! 《グラヴィータレントーレ》」
ベルンが詠唱すると、黒い魔法陣がベルンの足元を中心に回廊全体に広がった。それまで視認できなかったカマイタチュが、ボタボタッと床に落ちてもがく。ビリビリラットも動きを鈍くしてヨタヨタと這いずっている。
「ははっ、成功」
「ベルンは闇魔法まで使えるのですか」
「勉強熱心な弟子じゃな」
得意げなベルンに、アルデガルドとウヴァーは感心したように感想を漏らした。
「《トゥルビネ》……《アクアスフィア》」
リオがつむじ風を起こし、床でもがいている魔獣を集めて浮かした。それをアクアスフィア……大きな水球で閉じ込める。当然、中の魔獣たちは息ができずに溺れてしまう。やがて全ての魔獣が魔石になったところで、リオはパチンと水球を解除した。
「お、やったな。魔力切れしてねーか?」
「魔力だけは無駄にありますのでお気遣いなく」
ベルンがハイタッチをしようと手を出すと、リオもまたパチンとその手を打ち鳴らす。少し照れくさそうなリオの表情を見て、満足げにベルンの口元は弧を描いた。
「咄嗟の判断に、魔力のコントロールもいいですね」
すでに結界とお茶会セットを片付けていたウヴァーは、魔石を拾うリオに近づいて褒めた。
「ではどんどん攻略していきましょう。この先からは私もアルデガルド様もお手伝いいたしますからね」
「どうせジジイも暴れたくなったんだろ」
「その通りじゃ。さっさと行くぞぃ」
その後も一行は、順調にダンジョンの階層を進めていった。
アルデガルドとウヴァーは、ときおり支援魔法をベルンたちにかけるか、助言をするくらいで、向かってくる魔獣はすべて四人で倒していく。ソフィアとマリアンヌの魔力切れを心配して、休憩を挟みつつ階層を上がって行くのだが、ふいにベルンは嫌な予感がした。
「なあウヴァー、ロランディのこのダンジョンって何階層まであるんだ?」
訊ねると、ウヴァーは困ったような笑みを浮かべていった。
「このダンジョンは今もなお成長していますので、何階層かは答えられないんですよ。どこまで踏破したかはロランディの冒険者ギルドで情報を管理していますが、完全踏破は不可能でしょう」
「今もなお?」
「ええ、この瞬間も」
「マジかよー」
「現在確認されているのは256階層までです。ですが、先頭を切っている冒険者が補給に街に戻っている間にも増え続けますので」
「天井も高いですし、256階層もあるほど木が高かったようには思えないんですが」
遠慮がちにソフィアが会話に入ってきた。ウヴァーは優しい笑みで頷く。
「内部は魔法で空間が歪められていますから、外から見る高さはあてにならないんですよ」
ほえー、とソフィアとマリアンヌが空気が抜けたような声を出した。
「さて、魔石もたくさん手に入りましたし、みなさんの魔法技術も格段に上達しましたので、この辺で帰りましょうか」
ウヴァーは懐から帰還石を取り出した。ダンジョンに入る前に、受付で貸与された魔導具であるこれは、踏破した階層を記録しており、次回に挑戦する時には、これまでの踏破した階層ならばショートカットができるのだが、帰る時も帰還用の魔法陣が展開されて一気にダンジョン入り口の受付前に戻れるらしい。
「この魔導具のおかげで、ロランディのダンジョンは訓練用のダンジョンとして安心安全に活用してもらえるようになったんですよ。ちなみに開発者はギルミアです」
アルデガルドを除き、4人は驚きの声をあげた。




