3.ベルンとリオ、ブルーメの町へ
ガタゴト、ガタゴト。
ガストンからブルーメに向かう幌馬車の中でベルンはごろんと転がり、リオは座ったまま目を閉じている。あの後、ガズの好意で幌馬車を手配してもらえたのだ。
ごろりと寝返りを打ってベルンが御者に話しかける。
「悪いな、おっちゃん。馬車出してもらってよ」
「いいってことよ。俺も商売のついでだしな。むしろ悪いな、馬車の中が荷物で狭くなっちまって」
「へーきへーき。俺たち二人が横になったって全然余裕あるじゃねえか」
ま、二人でぴたりとくっつけばの話だが。ただし野郎二人でくっついて寝る趣味はない。
「ま、女じゃないのは残念だ。黙って寝てりゃ美人なんだけどなあ」
「――細切れにされて煮込み料理にされるのと、ひんむいて丸出しのまんま広場に逆さづりにされるのと、どちらがお好みですかね。この盛りのついたお猿さんは」
「ありゃ、起きてたのか」
ベルンはさらりとリオの毒舌を流し、向き直って座った。
「んで? どっちから先に片付ける?」
「順当に考えて研究者の安否確認でしょうね。万が一にも病気で倒れていたりしたら問題ですから」
「ま、その程度で済めばありがたいよな」
「――やめてくださいよ、ベルンのそういうひと言って当たるんですから」
はあ、とリオがため息をつく。
「んでさ、そっちはともかく問題は石像の方だよな」
「5年前くらい、って言ってたよな。ちょうど同じ頃合いです」
「ああ――だな」
ベルンが苦い顔で返事をする。リオも同じだ。
「兎にも角にも、石像の出所がどこか、だな」
「ええ。ライナー領の可能性も――いやその前に依頼なんですから『鳴く』……? いや、『泣く』か? それを確かめないと」
「わかってるよ、ちゃんとやるさ。けどよぉ……もしライナー領のだとしたら」
「ええ。ライナー領の石像を持ち出すのは禁止されているはずです。ライナー領がお取り潰しになって王家の直轄領になった今でもその扱いは変わらないはず。何しろあそこにある石像はすべて元は生きていたんですから」
ぎり、と拳を握り混む。怒りも悲しみも、二人のうちから消えることはないだろう。
5年前。
ライナー領を襲ったスタンピード――大量の魔獣による暴走。領の騎士や領主によって大部分は掃討されたものの、最後が良くなかった。石化能力を持つ魔獣コカトリスがいたのだ。一瞬で領主を含む騎士達は石化され、コカトリスはその直後に救援に来た【塔】の魔法使いアルデガルドに退治されたが、領都チェステでは大量の犠牲者が出た。
領主の息子は館にいて無事だったが、当時彼は14歳の未成年。未成年では領地を継げないきまりだ。領地は王家に接収され、直轄領となった。そして貴族から平民になった領主の息子とその側近として育てられていた少年は今こうやって冒険者をやっていたりするのだ。
ブルーメまで送ってくれた御者に別れを告げ、冒険者ギルドでまずは地図を買った。例の研究者が暮らしているというアーロスの森の家を確認するためだ。
「アーロスの森の研究者? ああ、フィオレのことだね。引き受けてくれたんだ、礼を言うよ」
ギルドのカウンターにいるドナートという職員の男がおだやかにそう言った。リオが広げた地図の一点を「ここだよ」と指す。
「フィオレは本当に変わり者でね。森の中に住んで日がな一日魔獣の生態を研究し続けているんだ。いつも町へ来る頃に来ないから、顔なじみの店の奴らが心配してね。俺たちで見に行ければいいんだけど、アーロスの森は危険な魔獣の生息地でね、低レベルの冒険者じゃ見に行けないんだよ。変わり者だけど、いいヤツだよ。このあたりでフィオレよりも魔獣に詳しい人間はいないよ」
「へえ、有名な学者さんなのですか?」
「さあねえ。そのあたりはよく知らないな。でもあまり人が訪ねてきたりすることはないし、弟子もいないしねえ。どうなんだろう」
「なるほど――あと、フィオレさんの外見的な特徴を教えてもらえますか」
「そうだな、痩せぎすで背はそんなに高くないよ。おまえさんの胸くらいまでかね。髪の色は赤、伸ばしっぱなしでいつも後ろで結んでいる。あと瞳の色は緑だ」
「年齢は」
「確かまだ18……とか言ってたか」
「若いな!」
二人とも魔獣の研究者と聞いてがっしりした中年男を想像していたのだ。何しろ魔獣相手では観察するのも命の危険が伴うだろうからだ。それも魔獣の出る森の中に住んでいるとなればなおさらである。
「わかりました。ひとまずフィオレさんの家を見に行ってきましょう。行きますよ、ベルン」
「おう」
冒険者ギルドを出て、町の広場を通る。アーロスの森には町の南門を通るので、広場より北にある冒険者ギルドからは必ず広場を通らなければならない。
広場はかなり広い。中心に大きな花壇があり、色とりどりの花が植えられている。
そしてその真ん中に、大きな石像があった。
ウマの上にヤギ、ヤギの上にイヌ、イヌの上にネコ、ネコの上にニワトリが乗った像だ。動物が縦に積み上がったような像はちょっとメルヘンなイメージだ。広場に親子連れが多いのも何となく納得できる。
けれどベルンは難しい顔で像を見上げている。
「あれか? 夜になると鳴くって像は」
「ですね。さて、鳴くってどんな声なんでしょうねえ」
「どんな、って?」
「あの動物のどれかの声なのか、あるいはすべてが一斉に鳴く声なのか、あの動物とは全く関係ない声なのか、ですね」
「そういえば……聞いてなかったな、それ」
「確認事項が増えましたね。でもまあ、今はフィオレさんの件ですね。行きましょう」
そうして像に背を向けて二人は広場を後にした。
襲いかかる魔獣を適当に片付けながら、地図を頼りにたどり着いたのは石造りの1軒の家だ。それほど大きくはないが、しっかりと堅牢な作りであることは見て取れる。やはり魔獣対策だろう。砂色の石壁と赤い屋根があり、屋根から突き出した煙突には煙は見えない。
「やっぱりいないんですかね」
「かもなあ。ま、ひとまず中にいるかどうか確認しようぜ」
ベルンがさっさと家の扉をノックした。だが中からは物音ひとつしない。
「フィオレさーん! いるかー!」
それでもやはり静寂しか返ってこない。
「しゃあない。入ってみるか」
「ええ」
ドアをぐっと押してみる。鍵はかかっておらず、予想に反してあっさりとドアが開いてしまった。家の中はほぼ片付いていてあまり雑然としたイメージはない。テーブルにはチェックのテーブルクロスがかけられているし、棚には整然とカップや壺が並べられている。
「テーブルの上も片付いてるし、特におかしなところはないな」
「奥の部屋にも誰もいませんでした。何かに襲われたとかではなさそうですね」
「ああ。むしろ自発的に外出しているイメージだよな、これ」
ぐるりと部屋を見回す。入り口を入ってすぐはキッチンとダイニングが合わさったような部屋、奥の扉の先は研究室のようだ。上を見ると天井の下にロフトがあって、どうやらロフトで寝起きをしているようだった。ここにも人の気配はない。ただ枕元に小さな鉢植えが置いてあって、すっかり土が乾ききってしまっている。ベルンが魔法で水をやる。
「フィールドワークにでも出たんじゃねえの」
「でもブルーメの人たちの話では、長期で家を空けるときは必ず一言言いに来るっていう話でしたよ。どうやらきちんとした人のようですね。夜中にこっそり遊びに出かける誰かさんとは違って」
「何だよ、ここでそんな話持ち出すなよ。俺だってたまには羽を伸ばしたいんだよ」
「そう言って先月娼館で大盤振る舞いして素寒貧になったのはどこのどなたでしたっけねえ」
「あーあーあー聞こえないー!」
軽口をたたき合いながらも仕事はしっかりする。
念のため、家の周辺も徹底的に捜索する。近くの洞穴、井戸、藪の中。一通り探した後にベルンの魔法で探知も行い、付近に人間はいないことを確認した。
「それにしても全く気配もどこかへ行った形跡もわからない。これは一旦ブルーメに戻ってドナートさんにどうするか確認しましょう。調査を続けるのか、もう少し帰りを待ってみるのかとか」
「んだな」
フィオレの手がかりはつかめず空振り。家やその周辺にいないことは確認が出来たが、空振りには違いない。ブルーメに戻る足取りが少し重くなってしまったのは仕方がないだろう。そして途中二人に遭遇してしまった魔獣の哀れな末路も。
ブルーメに着いた頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。夜になって風向きが変わり、冷たい風が強くなってきた。温かいスープが恋しい。
「ま、でもその前に報告だな」
「ドナートさん、まだいますかねえ」
「さあな」
いいながら広場を横切り、中心にある花壇の周りを通って広場の北側へ抜けていく。暗いからか、人通りは極端に少なく、広場には二人しかいない。石畳に二人の靴音が響くその時だった。
悲鳴のような声が耳をかすめたのは。
ヒイイイイ――……
バッと二人同時に振り向いた。その先には積み上がった動物たちの像。広場周辺に建っているのは大半が平屋の建物で、窓から漏れ出る町の明かりは低い位置に灯っている。それが背の高い像を下から照らし上げ――有り体に言ってちょっと怖い。
「なるほどなあ、こりゃあ像が泣いているなんて噂が立つわけだ」
「ちょっとしたホラーですね」
「にしても」
ヒイイイイ――……
「動物の鳴き声じゃないな」
「ええ、どちらかというと女性の泣き声のような」
「ますますホラーだな」
「せっかくだから声の出所を――って、ああ、止まってしまいましたね」
「ま、ひとつ確認事項は減ったよなこれで」
「『泣く』が正解っぽいですね」
「ま、明日の朝明るくなってから調べるか」
もう一度像を見上げてから冒険者ギルドへ入っていった。
冒険者ギルドはもう閉める時間帯だったが、どうやらドナートは二人を待ってくれていたらしい。ベルンとリオが中へ入ってくるとハッとした顔で立ち上がり、二人を迎え入れてくれた。
二人の報告を聞いたドナートは難しい顔で腕を組んだ。よほどフィオレを心配しているのだろう。
「では家のあたりにはいなかったと」
「ええ、周囲も調べましたが、魔獣に襲われたとかの形跡も見当たりませんでした。ご自身でどこかへ出かけた可能性も捨てきれません」
「そうですか――どこへ行ったんだろう。何の連絡もないのが心配で」
「でもひとりで森の中に住んでる人なんだよな? そんなに心配?」
ドナートが大きく頷いた。
「そりゃあそうですよ、あんな細っこい娘さんですから」
「え」
ベルンとリオは思わず顔を見合わせた。
「娘――って」
「「女の子?! フィオレさんが?!」」
ハモった二人の声にドナートが圧倒されてのけぞった。
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」