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11.ベルンとリオ、叱られる

 とんでもなく渋い顔で待っていたギルド長だったが、元々魔法使いからコカトリスの尾の採取依頼を受けていたという二人の説明を聞いて納得してくれた。コカトリスの魔石も羽毛もくちばしもレア素材だ、予想より量は少ないが、持ち帰ってきたそれをすべて納品したのだから文句は言えないだろう。


「おまえら、次に来るときはちったあギルドにもいい思いさせてくれや」

「ま、覚えとくよ。またコカトリス取りに来たらな」


 そんな会話を最後にピエトラの町を後にした。受付嬢にも「次はコカトリスの素材、10倍くらい持って帰ってきてもらいますからね!」と睨まれた。



「まあな、半月も籠もってたからな。そんなに期待させてるとは思ってもみなかった」

「考えなくはなかったですけどね。でも今回はコカトリスの尾が最優先でしたから」

「だな。本気で次があったら他の素材も卸さねえと」


 王都への帰路、そんな話をしながら辻馬車に揺られていた。リオの腰にはマジックバッグ、そこには200頭近くのコカトリスを倒してゲットした尾が詰め込まれている。


「1日13,4頭がいいところだったな」

「それ以上いくと体がついていかないですね。長期間やるならあのペースを守るのが吉ですね」


 ふああ、とベルンが大きく欠伸をした。


「まあ強行軍でしたからね。王都まではまだありますから寝ていたらどうですか? ベルン。俺も休みます」

「悪い、そうさせてもらうわ」

「おやすみなさい」


 そうして馬車の壁にもたれかかり、二人とも目を閉じた。

 畑の間をまっすぐ伸びる一本道をガタゴトと進む馬車。馬の足音や軋む車輪の音に混じり時折鳥の鳴き声が聞こえたりして、実に長閑だ。

 半月も魔獣を倒し続けてきた二人の、短い休息時間となった。




 王都にもどってすぐ、アンドレアの家を訪ねた。

 旅装でほこりっぽく、さすがに侯爵家を訪問するのには相応しくないだろうと、どこかで身支度をしようかとも考えたが、やはり少しでも早く納品したい思いが強かったのだ。1日でも早く石化解除の薬を作ってほしい――


 だというのに通された応接室でにこやかに応対するアンドレアの笑顔がちょっとばかり怖い。


「ピエトラダンジョンでは大活躍だったみたいだねえ」


 にこやかな笑顔の向こうにでっかい角が生えた怖い顔のお面が見えるようだ。


「お、おう」

「おう、じゃないよ。全く連絡が来ないから心配してピエトラの冒険者ギルドに問い合わせしたときの僕の気持ちがわかるかい? おまけに『半月近くダンジョンから出てこないので捜索隊を出したところ、二人は無事。ずっとダンジョンボスを狩り続けていたようだ。あと5日ほどで出てくるとのこと』って返事が来るじゃないか」

「問い合わせしたんだ」

「したとも。アルデガルド様からも僕のところに問い合わせが来たしね」

「ああ……」


 ベルンとリオが「まずい」という顔をして視線を外す。


「あー、その、悪かった」

「何が悪かったかわかってる?」

「その、半月も連絡しないで」

「それもあるけどね」

「え」

「ベルン、魔法を使いまくっただろ。あれだけ注意しろって言ったのに」


 どうやらピエトラの冒険者達の間で、ベルンは水属性だ、いや風属性だという話になっているらしい。全属性を使えることを隠しているつもりだったが、どうやら作業のように単調にコカトリスを狩り続けている間に少々、いやだいぶ感覚が麻痺していたのかもしれない。


「ごめん」

「全く。今回はどの噂も確証を持って語られているわけではなさそうなのでセーフだけど、本当に気をつけなよ、国とか【塔】に目をつけられたくないなら」

「反省します」

「そうしてね。それにリオ、君がついていながら」

「面目ございません……」

「まあ、結果的に無事だったし、次は気をつけてくれればいいよ――さて、後はアンナが手ぐすね引いて待ってるからそれは覚悟しておいた方がいいよ」


 ピキッと固まる二人。ピエトラへ行く前にやれお茶会だ何だと連れ回されたのを思い出して、座っているソファにぐったりともたれかかった。それを後目にアンドレアはアルデガルドへの連絡を始める。するとあっという間にアルデガルドがやってきた。


「まったく、二人とも。あんまり年寄りを心配させるものじゃないぞ?」


 と説教されて二人はまた平身低頭だ。くどくどとお説教が半刻ほど続き、やっと納品のためにリオがマジックバッグを渡そうと差し出した。するとアルデガルドが少し驚いたように長いあごひげをなで始めた。


「うん? これはマジックバッグかの?」

「はい。コカトリスから低確率でドロップするようです」

「ほう、それを2つも。まあそれだけたくさん狩ってくれたということか」


 感心したようにマジックバッグをしげしげと検分するアルデガルドの横から、話を聞いていたアンドレアが物珍しげに小汚い巾着を眺めている。


「マジックバッグかあ。よろしければひとつ見せていただけますか」


 二つあるうちのひとつをアンドレアがひょい、と手に取った。


「あ、それは」


 リオが止めようと口を開く前に――


 マジックバッグは、所有者の魔力総量が多ければ多いほどたくさん入る。逆に少ない人間が持つとすぐに容量がいっぱいになってしまう。そしてリオは魔法を使えないものの、魔力だけは半端なくある。魔法市国でも指折りと言って差し支えないだろう。リオの魔力を上回るのは、辛うじて魔法市国を束ねる七賢人くらいではないだろうか。

 つまり、【塔】に在籍する魔法使いの平均的魔力総量であるアンドレアが手に持った途端。


 ドサドサドサッ!


「うわあっ!」


 マジックバッグの容量がぐんと減り、入りきらなかったコカトリスの尾が美麗な応接室にどかどかと落ちてしまった。

 マジックバッグの内部は時間が停止するらしく、まだどの尾も切りたてほやほやの様相を呈している。

 おかげで侯爵家の高級な絨毯やソファにはあちこち血のしみがついてしまい、ベルンが魔法を駆使して掃除する羽目になった。


「なんで俺がやるんだよ。俺、関係ないだろ、アンドレア」

「いろいろ腹立たしいから八つ当たりだよ」


 知っていたこととは言え、おかげで魔力総量がリオより低いことが目に見えてはっきりしてしまったアンドレアは、ベルンに八つ当たりしつつちょっとばかり落ち込むのだった。




 その後は侯爵家に再び滞在することになり、後日またしてもアンナに「みんなを心配させた罰よ」と方々連れ回されることになった。納品後にすぐ旅に行かず、しばらく王都に滞在することになったのはアルデガルドに足止めされていたからだ。

 1匹分の尾から薬がどのくらい作れるのかわからず、また研究ノートはあってもできあがった薬にどの程度の効果があるのかもわからないため、ライナー領の石化犠牲者たちを全員助けるためにどのくらいの尾が必要なのかはっきりしない。なのでいくつか実際に解除薬を作ってみて、今回集めてきた尾で足りるかどうかがはっきりするまで待機するように、と言われたのだ。万が一コカトリスの尾が不足しそうなら、ベルンとリオは再びピエトラダンジョンに行くことになる。


 そして半月ほど経って、アルデガルドが再びやってきた。


「ノートの通り作成してみたがの、生成するのにちょっと時間がかかるようでな。もうしばらくは今ある分で充分すぎるほどじゃ。というか使い切るのに数年はかかりそうだからの、当分大丈夫じゃろ」

「そっか。んじゃ、俺たちはそろそろ出発することにするよ」

「今度はどこへ行くんじゃ? 行き先くらいははっきりしておけ」

「そうですね、今度こそ西を目指しましょうか、ベルン」

「だな。師匠の依頼を果たしにいかねぇと」


 今回の件でちょっとばかり、いや、だいぶ遠回りになってしまった。今度こそ西を目指し、西の隣国に嫁いだというアルデガルドの娘に預かった短剣を渡しに行くのだ。

「くれぐれも魔法を使うときは慎重に」というアンドレアのお小言をもらい、二人は侯爵家を――王都を後にした。





「さぁて、またのんびりと旅だな」

「今回、冒険者ギルドに売ったコカトリスの素材で結構な額を報酬としてもらいましたからね。しばらくは焦って依頼を受注しなくても良さそうです。次の町では骨休めしましょうか。確か温泉があったと思いますよ」

「温泉! いいな! 近くに遊べるところもあるのか」

「遊べるところって、あんたの場合は花街だろが。今回はちょっとばかり懐は暖かいが、度が過ぎた遊び方するなよ。したらもぎり取るからな」

「ヤメロ、ヒュッとするだろ」


 花街に行くとベルンは羽目を外してどんちゃん騒ぎをして、けれどどの女とも懇ろにはならない。今の身分は平民とはいえ、元々は由緒正しいライナー家の跡継ぎだ。むやみやたらにやらかしたりしないのはリオは評価しているし、信用もしている。ただし釘だけは刺すようにしているが。


「ま、着いたら美味いもん食って飲んで、のんびりしようぜ」

「ですね」

「よーし、仕事しないで休むぞー!」


 そんな話をしながら街道をぶらぶら歩く。急ぐ必要はない、楽しんで歩こう。


 ――そう思っていたときもありました。


「助けてえええええ!」


 絹を引き裂くようなうら若い女性の声が遠くから近づいてくるまでは。

 ベルンとリオは立ち止まり、顔を見合わせて大きくため息をついた。


「気がつかなかったことにはできませんかねえ」

「そういうわけにもいかねえだろ? 諦めろ」

「さようなら、俺たちの休暇……」

「んだからさ、面倒はサクッと終わらせて温泉! な!」

「わーかーりーまーしーた!」


 二人は声の聞こえた方に向かって走り出した。


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