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10.ベルンとリオ、心配するなら塩と胡椒を持ってこい

本日は2話(本編1話、閑話1話)同時更新します。この話が1話目です。

「えっ、狩りまくり?」


 冒険者たちは顎の骨が外れたのかと思う程に口をぽかんと開けて呆けた。


「ベルン、お茶飲みますか?」


 リオが湯気の上がったマグカップをベルンに差し出す。それを受け取って一口飲むと、ベルンはまだ呆けている冒険者たちに言った。


「お前らはどうするんだ? もう一度アタックするなら先に行くか?」


 冒険者たちはブンブンと首を横に振った。


「ならリポップしてくる前に、ボス部屋の帰還用移動陣使うか? 来た道を戻るんならそれでも構わねぇけど、お前ら剣が石化したんじゃなかったか?」


 冒険者たちはハッとして、礼を言うとがらんとしたボス部屋の奥に出現した帰還用転移陣に乗って消えた。

 リオはマグカップに口をつけながら笑う。


「ベルンはお人好しですね。放っておけばいいのに」

「……まあな、でもここにいられてもなぁ。あ、アムネシア使っておきゃ良かったか!」

「精神干渉系の闇魔法ですか。複数の属性魔法を見られてしまったとはいえ、アクアスフィアとバリアだけですし記憶を消すほどではないかと」

「まあな、アレは記憶の前後が結びつかなくなるから扱いが難しいんだよな」

「そろそろリポップするのではないですか?」


 飲み干したマグカップをベルンが水魔法で洗うと、リオに手渡す。リオはマグカップをしまうとボス部屋の扉を見た。先ほどから何も変化はないが、冒険者の勘だろうか。首の後ろがチリチリするような気配を感じた。ベルンがやる気を漲らせ、杖を手にした。


「次はエクスプロージョンでいこうかと思ってんだけど」

「……お任せしますが、尾までは燃やさないでくださいよ?」

「あー、風属性のヴォートで窒息させる方にしとくわ」


 リオもまた腰の剣に手をかけた。


「さあ、行きますか」

「ああ」


 二人は重いボス部屋の扉を押し開けた。

 コカトリス一体を狩るのにかかる所要時間は四半刻ほど。その後一刻のベンチタイムを挟んで、二人が六体目を倒した時、切り取られた尾の毒蛇以外を残して跡形もなく消えていたそこに、初めて宝箱が出現した。


「なんだ?」

「ここのボス部屋では低確率で宝箱がドロップされると、ギルドで読んだ資料に書いてありましたね」

「魔物ってわけじゃないよな?」

「宝箱型の魔物もいるにはいますが、ボス討伐報酬では魔物は出ないと思いたいですね。ベルンは鑑定は使えましたっけ?」

「鑑定は使えないんだよなぁ」

「イチかバチか開けてみるか。念の為に《バリア》」


 ベルンが宝箱の蓋の隙間に杖の細い方を突っ込んだ。少し浮いたところで、蓋を足で蹴り開ける。宝箱は槍が飛び出すでもなく、毒霧が吹き出すこともなかった。

 拍子抜けした二人が宝箱を覗き込むと、いつぞや見たボロっちい巾着袋が入っていた。ベルンとリオは顔を見合わせる。


「これってフィオレが持ってた」

「空間属性のマジックバッグでしょうか」

「なんか入れてみるか」


 ベルンはキョロキョロと辺りを見回し、切り取ったばかりのベルンの腕ほどもある太い毒蛇を掴むと中に突っ込んだ。するりと入って底が見えない様子は、フィオレが一時的にベルンたちに貸したマジックバッグと同じだった。


「十匹ほど倒したら、いったんアンドレアに素材を渡しに王都へ戻るつもりだったが、戻らなくて良くなったんじゃねぇか?」

「そうですね。大幅に時間ロスを防げます。まあ、食糧を補充しにピエトラの街には戻らなくてはならないですが」

「そんなもん王都に戻るよか、ぜんぜんマシだ」


 その後、二人は食糧が尽きる寸前まで狩りに狩りまくった。

 途中、マジックバッグは持っている人物の魔力量で収納量が変わることに気づき、リオが持つことにした。無尽蔵に入るので、ついでにドロップしたコカトリスの魔石や羽、くちばしも回収する。


「このマジックバッグの仕様がそうなのか、他のマジックバッグもそうなのか判断が付きませんが、魔力だけが無駄にある私でもお役に立てることがあって嬉しいです」

「どうやら時間経過も止まってるみたいだな」

「幸運でしたね。しかし、腕輪に次いでこれもまた注目を集めると厄介ですね」

「とりあえず食糧を調達するか」

「ええ、ピエトラに戻りましょう」

「なぁ、1階層のなんとかうさぎってやつさ、食えると思うか?」

「パラライズホーンラビットですね? あなたまさか……」

「地産地消ってやつだな」

「現地調達の間違いではないですか? ホーンラビットは肉質は柔らかく淡白な味わいながら、美味だと聞いてはいますが、どこで捌いて調理するつもりですか」

「肉ってドロップすんのかなー」

「ひとの話を聞きなさい」


 ベルンは杖を持つと、リオに来いよと手招きした。呆れながらもリオはベルンに続いて、ボス部屋の移動魔法陣に乗った。



 その頃、ピエトラの冒険者ギルドでは、沈黙のダンジョンから帰ってきた冒険者からの報告を受けていた。ダンジョンボスのコカトリスからは、命からがら逃げてきたが、それまでに得た素材を買取窓口で査定してもらう。

 ダンジョンから帰還の報告をした後は、エールを片手にギルドに集まっている冒険者たちと情報交換という名の飲み会だ。


「いやあ、参ったぜ。いきなり石化ブレスを吐いてくるんだもんよ」


 ロッシは、塩味のキツいソーセージを一口齧って、エールで流し込んだ。


「あー、生きてるって実感するぜ」

「で、どうしたんだよ」

「レナルドが扉を閉めちまうもんだから、ブレスから逃げながら扉を開けられなくてさ、剣で防げば剣が石化しちまうし、もうこれまでだと思ったんだ」

「すまん」


 寡黙なレナルドと、人当たりのいいロッシは魔法が使えないパーティーだが、地道に積み上げてきた功績で、二人は最近Bランクに上がったばかりだった。それで、少しだけ調子に乗って、初めてのダンジョンボスアタックに挑戦してみたのだった。


「で、どうやって逃げられたんだよ」


 周りの冒険者たちも興味津々だ。ダンジョンボスに挑戦はしてみたいが、命は惜しい。うまく逃げられる方法があるなら、知っておきたいということだ。


「それがさ、魔法使いみたいな杖を持ったごっつい男と、剣を持った女みたいな綺麗な兄ちゃんの組み合わせの冒険者がさ、外から扉を開けてくれて」


 意識して聞かずとも耳に入る、そんな冒険者ギルドの食堂の隅っこでザヒーロがビクッと身を震わせた。ザヒーロが新人冒険者だと勘違いして絡み、こてんぱんに伸された顛末を見ていた冒険者や職員も、同じ二人組を頭に描いた。


「俺たちで相手をしていいかって聞いてきて、俺らが了承したらさ、ごっつい方の男が、コカトリスの頭に水球を被せてブレスを封じてさ、そこを綺麗な兄ちゃんが身軽に飛んだと思ったら、毒蛇になってる尻尾をスパン! コウモリ状になってる羽をスパパン! あえなくコカトリスはなーんにも反撃する間も与えられずに窒息してバッタリよ。速ぇえのなんの」


 手刀でリオの剣筋を再現したロッシに、おお〜っと感嘆ともいえるどよめきが起こった。ザヒーロはそれを聞いて真っ青になってガタガタ震えている。


「さっきさ、カウンターでやつらに助けられた話も報告した時に聞いたんだが、アイツらBランクなんだってな。同じBでもこうも違うんだなー。魔法使えるのって、なんつーか、いいよなー。俺らも頑張ろうなレナルド」

「おう」


 ギルド職員がなぜか得意気な顔で冒険者たちの話に入ってきた。


「同じBでも、彼らは『Aランクに上がりたくないBランク』ですので、実力はお察しですよ。実力だけだと下手したらSランクに届くかもしれません」


 その話を聞いて、冒険者たちは「あー」と納得した声を上げた。Aランクともなれば、貴族からの指名依頼も受けなくてはならなくなる。


「ごっつい男の方はともかく、綺麗な剣士の兄ちゃんの方はなぁ、貴族の奥様から閨への指名依頼がひっきりなしだろうなぁ!」

「Aに上がりたくねぇってのは、そっちの剣を奮うのは自信がねぇってことかぁ?」


 ガハハっと下品な笑い声が上がった。


「高慢ちきな貴族の奥様の相手なんざ、俺はゴメンだぜ」

「お前なんかにそっちの指名依頼は来ないっつーの! まあ、気楽に冒険者していられなくなるのは嫌だな。Bでいたい気持ちは分かるぜ」


 そんな風にベルンとリオの噂を酒の肴にすること数日。ふと、冒険者の一人が呟いた。


「なぁ、あいつら帰ってきたか?」


 すでにピエトラの冒険者ギルドでは、『あいつら』といえばベルンとリオの事だと察するほどに酒の肴になっていた。


「いや、見てねぇな」


 ロッシは眉間に皺を寄せながら言った。


「あいつら、コカトリスを狩りまくるって言ってたけど」


 ロッシの呟きにギルドの職員も心配そうな表情になる。


「いくらなんでも食糧が足りるとは思いません。補給にも現れないなんて」


 まさか、と誰もが最悪の事態を想像した。コカトリスを狩りまくっているとロッシから聞いて、さぞ貴重な魔石や素材をたくさん手に入れてくるだろうと期待していたギルド長や買取カウンターの担当者も心穏やかではいられなかった。

 そこで、ロッシたちと、腕に覚えのある冒険者たちがギルド長に呼び出され、沈黙のダンジョンへと向かうことになった。


「5層直通の経路でいけ。ボス部屋に入らなくて構わん。お前らなら4階からでも戻ってこられるだけの実力はある」

「おう」

「生死の確認だけできればいい。頼んだぞ」


 ギルド長からの遭難者探索依頼を受けてロッシたちは、沈黙のダンジョンへと向かった。

 装備を新しいものに調え、4層からの戦いに備えてテントや食糧も準備した。あの時、頼もしくも命を助けてくれた男たちが無事でいてくれることを祈って、無理でもせめて身元の判るものを持ち帰ってやろう、ロッシはそう覚悟を決めて、5層への転移陣に乗った。


 小さな転移部屋から通路を通ってボス部屋の前に到着する。あの日にベルンとリオが設置したテントはそのままそこにあった。いつからそのままになっているのか。少なくともギルドへの帰還報告を怠って旅立った可能性は消えた。ならばあいつらの遺骸はボス部屋の中なのか、パッと開けて石化ブレスをやり過ごし、中を確認したらすぐ閉めよう。仲間と段取りを確認して、レナルドが扉に手をかけようとしたその時、内側から扉が押し開けられた。レナルドがたたらを踏みながら、後退する。


「もう作業だな、こりゃ。ん? お前らまた戻って来たのか? すまん、今倒したばっかりだから一刻待ってくれ」


 ベルンとリオの二人組がボス部屋から出てきた。ベルンは葉っぱに包まれた肉のようなものを抱えている。


「コカトリスから肉がドロップするとはなぁ」

「どうみても鶏肉ですよね」

「あ、お前らも食っていくか? それで胡椒か塩を持っていたら譲ってくれると嬉しいんだが」

「ベルンはこういう雑な料理は得意ですね」

「うるせぇよ」


 葉に包まれた大きな肉をしげしげと観察するリオの横で、ベルンは鉄串に肉を刺すと、冒険者たちには見えないように火魔法で小枝に火を付けた。かまどと思しきものの上に鉄串を横たえ、肉を焼き始めた。

 呆気に取られながらも、なんとかロッシは声を出した。


「すまん、塩も胡椒も持って来てはいないんだ」

「そうか、残念だな。もし良かったら、次に来る時に持って来てくれないか。礼はもちろんする」

「あ、ああ。わかった」


 わかったじゃねーよ、とロッシの後ろにいた冒険者たちは、心の中で叫んだ。


「お、お前ら死んでなかったのかよ」


 思わず冒険者の一人が声をあげた。リオがそちらに顔を向けて微笑みを向ける。


「見ての通り生きておりますよ」

「怪我とかしてねーのか?」

「ええ、全く。擦り傷ひとつございません」

「なんでダンジョンから出て来ねーんだよ」


 ロッシの言葉にベルンとリオが顔を見合わせた。


「俺、お前にコカトリスを狩りまくるって言ったよな」

「狩りまくるって言っても、お前ら何日経ってると思ってんだよ!」

「ベルン、どうやら俺たちの心配をして来てくれたようですよ? もしかして遭難したと思われてるんじゃないですか?」


 ベルンはボリボリと頭を掻いた。


「悪いな、ダンジョンの中じゃ日にちの間隔が無くてさ。食いもんも手に入るし、外に出る必要性を感じなかったんだ」


 肉は手に入るし、火魔法で焼ける。水は水魔法で出るし、疲れたらテントで寝る。そうやって、二人は延々とコカトリスを狩りまくっていた。リポップするたびにコカトリスの気力がなくなっているような気がするのは錯覚だろうとベルンもリオも気にしないことにした。人目がないので、色んな魔法を試すこともできる。二人は作業だと言いながら、この狩りを楽しんでいた。


「あと4、5日もしたら出て行くよ。そう伝えておいてくれ」


 まあ食っていけと、ベルンは焼けた肉をナイフで削いでロッシたちにも振る舞う。脂のしたたるコカトリスの肉は、しっかりした鶏肉の旨味が感じられる。確かに、せっかくなら塩をかけて、もっと旨く食いたいとロッシは思った。


「で、そろそろリポップするが、お前らも倒して行くか?」


 ベルンが気楽にそう勧めるが、冒険者たちは揃って首を横に振った。


「ならちょっと待ってな。帰り道を用意してやるよ」


 ベルンとリオは、実に気楽にボス部屋へと入っていった。


 その翌日、ロッシとレナルドは再び沈黙のダンジョンに塩と胡椒を届けにきたのだった。



 そして宣言通り、遭難者探索隊がベルンたちの生存報告をしてから5日目、ベルンとリオはピエトラの冒険者ギルドに帰ってきた。

 ベルンたちがギルドの重い扉を開けて入ると、床に額を擦り付けんばかりにして、ブルブル震えるザヒーロがいたが、リオはそれを無視してカウンター前に立った。帰還の報告を受けた職員は、ライセンスカードを受け取りながら頬が引き攣っていた。おそらく討伐したコカトリスの数が恐ろしいことになっているのだろう。

 遠巻きに見守る冒険者たちも、尊敬を通り越してダンジョンで半月も籠る変人を見る目を向けている。


「おかえりなさい、ベルン、リオ! さあさ、コカトリスの素材を買い取りますよ! さあさあこちらへ!」


 買い取りカウンターの職員がベルンたちを呼び込む。ベルンとリオは申し訳なさそうな顔で、背負い鞄から小袋を出した。


「もちろんたくさんドロップしたんだが、それほど持てなくてな。大きめの魔石と羽と嘴を選んできた」

「え……これだけですか?」

「持てなかったんだって」


 その後にもう一度マジックバッグが出たのだが、そちらもリオの魔力量に合わせた容量で、毒蛇が満タンに入っており、それ以外の素材は冒険者ギルドで売っている普通の採取用布袋に入れることにしたのだ。

 膝から崩れ落ちる買い取り担当職員にどう慰めの言葉をかけようかとベルンたちが悩んでいると、受付カウンターの職員がギルド長からの呼び出しを伝えた。渋々、ベルンとリオはギルド長の部屋へと向かった。



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