1 ベルンとリオ、討伐依頼を受ける
ガストン町は王都から馬車で5日ほど行った場所にある小さな町で、秋のこの季節は村の名産であるクリの実で作る料理を食べにあちこちから観光客が訪れる。
だが、今年はどこも閑古鳥。町には人気がなく、どこかどんよりとした空気が流れている。
「どうしたってんだ、この時期はすんごい賑わってるって聞いてたんだけどな」
少し癖のある赤髪を後ろでひとつに束ねた青年が豆料理を頬張りながらつぶやいた。酒場はそれなりに人が入っているが、やはり沈んだ雰囲気だ。
赤髪の青年と同席している銀髪の青年がため息をついて、手に持ったカップをテーブルに置いた。
「馬車の中でちゃんと説明があったのにあんたって人は。また話を聞いてなかったんですか」
「いや~、腹減ったなあって思ってた!」
頭を押さえてため息をつく青年の銀髪がさらりと額に流れ落ちる。
「今年は魔獣が出て山にクリの実を集めに行けないからあまり期待はできないって話していたでしょう」
「そうなの?」
「そうですよ」
「そうなんだよ、来月にゃ祭りだってのに必要な数のクリの実が集まらなくてな。こちとら商売上がったりだよ――おう、注文のシチューだ」
注文していたシチューを持ってきた店主が話に加わる。いかつい体躯に熊のようなひげを蓄えた中年男だ。
「で、あんたたちがその魔獣退治を引き受けてくれるんだって?」
店主がちらりと二人の横を見る。壁に長い剣と魔法使いの杖が立てかけてある。
銀髪の青年が答えた。
「ええ。貴方に話を通してくれと言われました」
「おう、俺はガズ、この町の顔役だ。引き受けてくれて助かるぜ。あんたたち、名前は?」
ガズに問われて赤髪の青年が答える。
「俺はベルン」
銀髪の青年も答える。
「私はリオです――ベルン、食べ物を口に入れたまましゃべるなといつも言っているでしょう」
「おかんかよ」
「おかんじゃありません!」
ぎゃあぎゃあと口論を始める二人を見て、ガズが眉をひそめた。
「大丈夫かよ、この二人で」
翌朝、町の出入り口にベルンとリオが現れた。昨日の旅装のまま、気軽な様子に見えた。ベルンが大あくびをしながら来るのを見て、出入り口の門のわきで待っていた酒場の店主ガズは少し不安になってくる。
リオがぺこりと会釈をした。
「おはようございます。お待たせしましたか?」
「おはよう。いや、待っちゃいねえよ。それじゃ魔獣の出るあたりに案内するぜ」
「おー、よろしくな、おっちゃん」
ベルンがにかっと笑う。
「――ついてきな」
男三人連れだって町を出た。
町からの道を2時間ほど歩き、分かれ道を東に行くと問題の山へ分け入る。道は続いているが、だんだん森は深くなっていく。
ガズがちらりと後ろからついてくる二人を振り返る。
「なあ、あんたら、俺は逆かと思ってたよ」
「逆って?」
「得物だよ、得物」
そう言って二人が手にしている武器を指す。ベルンは節くれ立った木で出来た、赤ん坊の頭ほどもある大きな石の嵌まった杖を手にしているし、リオは幅広の剣を腰に差している。ベルンも剣を持ってはいるが、リオの剣のほうがずっと使い込まれた感が強い。
「ああ、これな。よく言われるんだよ。俺の方が肉体労働っぽく見えるってな」
ベルンが杖を軽く持ち上げて言った。確かにベルンはがっしりした体躯で戦士と言われれば納得してしまう筋肉っぷり。一方のリオは細身であまり筋肉がついているように見えない。はあ、とリオがため息をつく。
「筋肉がつきにくいみたいなんですよ。これでも剣の腕は少しばかり自信がありますからね」
「お、おう、そりゃあ悪かったな」
「ま、信用していいぜ。魔獣は確実に倒すから――ってよ、そういや魔獣ってどんな魔獣なんだ?」
「おめえそんなことも知らずに来たのかよ」
ガズが呆れた声を上げる。
「大丈夫大丈夫、まあ大概の奴なら負けねえから」
「ベルンはこういうやつなんです。すみません――いいですかベルン、目当ての魔獣はヘビ型の魔獣です。目撃例は一頭ですが、鎌首を持ち上げると約2メトルとかなり大さきいということですよ」
リオは下調べをしてきたらしい。
ふうん、とベルンが耳を傾ける。
「ヘビ型かあ、捌いたら焼いてから蒸すと柔らかくなって美味いって聞いたぞ」
「食べることから離れましょうか。まずは討伐です」
「よっしゃ、狩るぞ!」
「ですから討伐です」
そんな気軽な会話をしている最中だった。
目の前の森の木々がわさわさっと動いた。
下生えの草や藪ではない。見上げるほどもある木々が揺れているのだ。
「うお! な、何だ」
ガズが驚いた顔で見上げている。その前にリオが進み出た。
「ガズさん、下がって」
既に手には抜き身の剣が握られている。そしてガズの横にはベルンが杖を構えている。
「んじゃいっちょやりますか!」
ベルンの言葉と同時に杖に嵌められた石がボウっと光る。
「来るぞ!」
と同時に揺れていた木々がめきめきっと音を立てて折れ、その向こうからぬるりとヘビが顔を出した。青黒く光る鱗、赤く光る瞳、鋭い牙。シャアアッと生臭い息を吐く音があたりにこだまする。
「誰だよ2メトルって言ったの! どうみても倍はあるだろうがよ! 《バリア》!」
ベルンが毒づきながらガズを結界で囲む。流れるように杖を振り、そのままリオへ杖を向けた。
「《アクセル》!」
対象の速度を爆発的に上げる支援魔法だ。途端にリオがものすごいスピードでヘビに斬りかかる。
ガキン!
剣が鱗に弾かれ、リオがバランスを崩す。そこへヘビの太い尾がなぎ払いにくる。
「ぐっ!」
「リオ!」
尾に吹き飛ばされたリオがベルンの横へ落ちてきた。
「やっぱ硬え?」
「硬いですね。速度だけじゃ無理ですね」
「んで、どこ狙えばいい?」
「左目の後ろあたりですね」
二人の短い会話を聞いてガズはヘビに視線を戻した。リオを撃退したはずの大ヘビは咆哮を上げつつ暴れている。苦しんでいるようだ。よく見ると左目の後ろあたりに深く短剣が刺さっている。
「い、いつの間に」
さっきの一撃する一瞬で刺したのか。剣は通らないと言っていなかっただろうか。ということはさっきの剣で斬りかかったのはフェイクで、短剣を刺す方が目的だったのかと気がつく。目を丸くするガズの前でベルンが杖を構えた。
杖の先に輝く金色の魔方陣が花開く。それは巨大だが緻密な文様がみっしりと詰まっている。そしてすぐに金色の輝きが増していく。
「《ライトニング》」
魔方陣から激しい光が一条、轟音と共に大ヘビに刺さった短剣へと殺到する。短剣を避雷針がわりにして雷撃魔法が大ヘビを貫いた。
そうして大ヘビは頭を焼かれて地に倒れ伏した。