3コメ 癒しの酒場『踊り子』
「アリィちゃん!おかえり!」
「アリィ!こっちにも来てよぉ!」
「また踊ってよアリィー!」
「今日もかわいいよ!!」
『ほんと、みんな勝手なことばっか言う。人の気も知らないで。なんて、俺…私が言えた義理はない。私だって、物凄く際どい発言を良かれと思ってぶつけて来た。そしてそれは、周囲に嫌悪感だけを与え続けた。はは、今気づいても遅いよね。』
「ふぁー…疲れたぁ…。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ、アリィ。」
「あ、マスターさん、メサイアちゃん…お疲れっすぅ。」
彼女はここ『踊り子』で働くこととなった。元々踊り子として働いていたことがあったが、とある男性から受けた『キモコメ』の影響で辞めてしまっていた。
お客はそんな事情など知らない。
今日もあれやこれやと、酒をかっくらって気分を良くした客からセクハラまがいのちょっかいを出された。
「ヤになってない?」
「んー。まだ大丈夫!私も許容できるようにしてかないと。手がかりも探さなきゃだし。」
「そっちも、頑張んなきゃだね。」
『私にキモコメして来た人を探す』という試練。アリィはどんな結果が待っていても受け入れる覚悟をしている。少しでも、今までを償うために。
「無理しないで、仕事は入れる時に入ってくれればいいからね。」
「ありがとうございます!マスターさん!」
マスターさんは、寡黙でいい人だ。人間の温かみがあって、とても癒される。
『カランコロン』
そんな話をしていると、店のドアが開いた。
「ごめんなさい!今日はもう閉店…。あ、」
「こんばんわ。」
爽やか笑顔の青年が立っていた。
「バルログ?」
「バローズね。エリオが教えてくれた。アリィはここにいるって。」
「あ、エリオ忘れてた。」
「おいおい。忘れんなよ。家のこと何もやんないってブンむくれてたぞ。」
「はて…何のことやら。」
そういえば、アリィは元々何をしていた人なんだろう。酒場で踊っていた以外の情報は無い。
家も何処なのか、何をして生計を立てていたのか。とんと見当がつかない。
「メサイアもいたのか。」
「そうよ。バロ君、何飲む?」
「ホッパー、ジャグで。」
「はいー。」
『ホッパー』はビールのような飲み物。おそらく原材料は麦。味も雰囲気もまるっきり同じだ。あ、この世界は16歳で成人です!アリィは18歳なのでお酒飲めます!!
バローズは出されたホッパーを一気に飲み干すと、アリィに質問をぶつけた。
「君はさ、一体何者なんだ?」
「え?えーっと、アリィ・エオウィル…?」
「違うよ。違う。君はアリィじゃない。」
「…。」
核心を突かれる。そう。私は、私じゃない。
「確かに、昨日と今日で見違えるように人が変わったわね。」
「そう、なのかな。」
「話せる範囲でいい。君が誰なのか教えてくれ。」
何から話せばいいのか。少し朧げになりつつある『過去の記憶』を、熊田誠太郎として話す。
「ほう。それで、君はクマダ…とやらなんだな?」
「変なの。何で入れ替わっちゃったんだろ。」
「それが分かんないんだ。突然目の前が真っ暗になって、次目を開けたらこの世界で。」
「ふふ。はははは!!」
バローズが突然笑い出す。
「はは…変だよね。」
「俺も嫌われたもんだね。まぁ頑張って元のアリィに戻ってよ。じゃ、そろそろ帰るわ。マスターお代置いときます。」
そう言って、後味悪く1日が終わった。
『なんか、感じ悪いなアイツ。』
あ、私もそう思います。
急に話を終わらせた感じで、上から目線で。何かありそうな言い方だった。
「じゃ、また明日。」
「う、うん!まー…またね!!」
閉店後の、別れ際。少し歯切れの悪いアリィ。
「…どした?」
「ははは…家って、どこだっけ。」
そう、今日は一度も家に行ってない。分かるわけがない。
『踊り子』から歩いて15分、アリィの家に着いた。立派な一軒家だった。
「うほぉ。なんかデカいな。こんな家に住んでるとは…。」
「事情は知らないけど、大地主なんでしょ?って、覚えてないか。」
「そーなんだよねぇ。」
送ってもらったメサイアに感謝を告げ、今度こそ別れる。
「ただいまー。」
「あぁー!!どこほっつき歩いてた!バカ姉!!」
「今日は一日中『踊り子』にいたよ。つっかれたー。お布団どこぉ。」
そう言ってソファにもたれ、少しだらしない姿勢になる。
「家事。」
「んー?」
「やってよね。」
「んー。え?」
「パパとの約束。家事、やって。今日はアリィの番だから。」
『約束?覚えてないのに急に言われてもなぁ…。』
「急じゃ、無いよ…。約束だもん。」
「あぁ…うん。え。」
これもスルーしそうになったが、声に出していないのに感情を読み取られた。顔に出てたか…。そして鋭いな、妹よ。
「わかったよ。何すればいい?」
「洗濯、掃除、風呂焚き、あと…晩御飯。」
『えぇー?この時間からやるような分量じゃないよー。』
「仕方ないじゃん。今まで外にいたんだから。」
やはり何か『感じ取られている』ことに気づく。とは言っても、もう指摘するのも面倒になりつつある。
「やること終わったら…アリィのこと、教えてあげる。」
なに!?もうこれは…逃れられないやつだ。
「じゃあ、丸っと全部教えてくれるね?」
「うん!」
長い長い夜が、始まった。