表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/21

1コメ 『キモコメ』おじさん、転生

そよ風。

草木の揺れる音。

鳥の囀り。


1人の少女が清々しい草原の上で、目を覚ます。


「アリィー!アリィー!!」


誰かを呼ぶ声。だが自分と声の主以外に人らしい人はいないことに気づく。


「え…?」

「いたー!何してたのよ!」

「何…?えっと、何だっけ。」


『何も思い出せない。えっと、私は誰だっけ…?アリィ?いって…頭痛ぇ…。』


ズキズキとする頭を抱えながら、『アリィ』と呼ばれた女性は辺りを見渡す。そして、近づいて来た女の子にピントが合った。


「どしたのアリィ?具合でも悪いの?」

「え…。」


「あぁ…すっごい可愛いね、君。」


――


ある日の朝。熊田はいつも通り出社した。そして、エレベーター前で立ち止まる。

思えば『変わるんだ』と誓って以降、目新しいことにはほぼチャレンジしていなかった。


唯一やったことは、異世界美少女とマッチングできると話題のアプリ『ビヨンドザわーるど!』に登録した位。なんだそのネーミング。


「よし。」


オフィスは7階。

覚悟を決め、エレベーター脇の階段を登り始める。おいおい、大丈夫か肉太郎よ。


『ドクン』


「ぜぇ…ぜぇ…。」

巨体が汗だるまになり、階段を1段1段しか登れない。現在6階。もう限界。もういい!よく頑張ったよ!!


『ドクン…ドクン』


「まじ?凛々島ちゃんも?!」

「はい…。」

ふと、階段の上の方から男女の話し声が聞こえた。


『ドクンドクンドクン』


「肉太郎マジキモいよね。」

「昨日なんか資料持ってった時、ずっと女の子の写真見ててニヤニヤしてました。本当無理で…。」

『肉太郎、キモい』とはっきりと聞こえた。

普段は周囲を気にしないくせに、こういうチクチク言葉には妙に敏感である。まぁ誰しも、自分の悪口は耳に入れたくはないからね。


何よりも『女の子の写真を見てニヤついている』と言われたことにハッとした。


『ダメなのか…。』

ダメってか、仕事中に見んな!


「最近多いじゃん?おじさん構文とか、『キモコメ』とかさ。女の子に『かわいー♡』とか送りつけて。公害だよマジ。」

「わかりますわかります!」

ちょっと、そこまで言わなくても…という内容の悪口が次から次へと放たれる。本人が聞いているとは露知らず。


『ドクドクドク』


『俺は、生まれてから今まで…モテもしなくて。それでも女の子が好きで。好きで好きで好きで。好きだっただけなのに。』


『ドクドクドクドク』


『なんでそんな言われ方…しなきゃなんねぇんだ…。』


「ピロン…心拍数の異常な上昇を検知しました。AIマッチングを、開始します。」

突然、スマホで何かのアプリが起動した。おい、なんか始まったぞ肉太郎ー!


『くそっ…!キモコメ…?俺がいつそんなことしたんだ?!女の子たちは、喜んでいたはずだ。それをキモいだなんて言葉で一括りにしやがって…!!』


悔しさから、涙がポロポロ溢れる。同情はしないが、少しだけ可哀想だなとは思う。

もう肉太郎の頭の中は真っ白だった。唯一と言って良いい楽しみが全否定され、キモがられ、拒絶された。


『俺は…何のために生きてるんだろう。』


階段の手すりにもたれかかり、絶望の縁を彷徨う。そして、『今日はもう帰ろう』と階段を降りようとした刹那。


『ツルッ』


段を踏み外した。


「アァアッ…!!」

自分でもびっくりするほどマヌケな声を出し、ゴロゴロと階段を転がり落ちる。


『ガラガラガラガラ!!!』


大玉転がし、落石、蒲田行進曲。

見事なまでの転がりっぷりである。

全身を強く打ち、100kgの肉塊が勢いを増しながら転がり落ちていく。


『ドクドクドクドクドクドク』


さっきまで真っ白だった頭は逆に冴え、今までの思い出が走馬灯のように流れる。

…って、99%女の子じゃんか!


『ガキィンッ』


3階分転がり落ちたところで階段の扉に頭を強打。


享年、37歳。


「マッチングが、完了しました。熊田さまの意識を、異世界美女へ転送します。ご利用、ありがとうございました。」


目の前が真っ暗になった。


――


そよ風。

草木の揺れる音。

鳥の囀り。


目の前には、引き攣った顔の女の子が。


「か、かわいい…?」

「うん。」

「どうしたーー!頭でも打ったか貴様!!」

「うるさ!なんだよ。ほんと、誰…?」

突然喚き出す女の子。『アリィ』は、全く状況が掴めないでいた。

そして少しずつ気がつく。


『え?俺…女になってる…?』


胸のあたりには『重力』を感じ、もっと下に意識を集中させると『あるべきモノ』がない。

髪は肩にかかるくらいで…青い。


『青!?流石に青はねぇだろ!!』


そうなんだからしょうがない。


「かわいいかわいい妹のエリオちゃん様を忘れるとは。重症だわね。」

「妹…?ごめん。全く覚えてなくて。」

「そなんだ。じゃ、帰るよ。」

「どこに?」

「家に決まってるじゃん!それも覚えてないの!?」

頭痛の上に色々な情報が交錯し頭が爆発しそうになる。

ひとまずアリィは立ち上がって周囲を見渡してみる。草原が地平線まで続き、雲が流れていく。見覚えのない景色だが、どこかノスタルジーを感じる。


2人でひたすら草原を歩く。

「でさ…えっと…。」

「エリオ。」

「エリオ、ちゃん。」

「ひっ!?」

ぞわぞわっと。身体を強張らせる。


「ちゃん?!ほんとなんなの…今日は厄日よ。」

「そんな、ビビんなくても…。あの、ここって、どこなの…?」

「わかった。じゃあほんとに、イチから説明してあげる。」

それは助かります。私の仕事も減るし。


「ここは『パテル王国領メレンダ』。私たちはその街に住む姉妹で、私がエリオ・エオウィル、あんたがアリィ・エオウィル。」

「エリオで、アリィ。」

「そ。で、アリィが近所に見当たらなかったから探しに来たってわけよ。」

パンチが効いた御伽話(おとぎばなし)である。名前の響きからしてヨーロッパの方らしい。顔立ちもお人形さんみたいだし、日本人とは全く別物だ。

で?パテル?メレンダ?姉妹??全く合点がいかない。なぜここへ来たのか。何のために…?


「あ。」

「ん?どした?」

エリオが急に立ち止まる。


『グルルルル…。』


熊のような動物が、そこにいた。ハッキリと熊とは言い切れないような特徴の生き物。口からは涎を垂らし、こちらを睨みつける。


そこでなんとなく気がつく。

そうそう、その通りだよ。


『俺は異世界に転生したのかもしれない。』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ