15コメ 死と生の魔法
『ドサッ』
自らに秘められた『力』に驚愕し、その場で崩れ落ち立膝を突くミク。
息を切らし、自らの震える手のひらを見つめる。
「悔しいけど、私よりあんたの方が強い。わかった?」
「何の、差なんですか?」
「さぁね。生まれ持ったものじゃない?」
生まれ持ったもの。魔法器の有無はもとより、人によって魔力の多少もある。
エリオは、ここに連れ出して確かめたかった。ミクの『力』を。
「もう十分。帰りましょ。」
「エリオさん。」
「なによ?」
「何かが、近づいて来ます。」
少しずつ感覚を取り戻すミク。
その感覚が、いち早く危機を察知する。
「逃げましょう!」
『グゥアアアア』
大きな影に行く手を遮られる。竜頭獣『サウリア』である。
低く唸りながらジワジワと間合いを詰めてくる。
「なんですかこの生き物!?」
「サウリアよ。何でこんなトコに!?」
「えぇ……。火とか吐いたりしますか?」
「流石にそれはない!でも、極めて獰猛よ。」
足がすくんで動けない2人。何とかタイミングを探るが、この距離では飛びかかられたらひとたまりもない。
「あんたやるじゃない。サウリアは気配の察知がし難いのよ。」
「いや……『コレ』じゃないです。」
「え?」
『ガァアアアア!』
一瞬だった。ほんの一瞬油断した。
その隙に、サウリアが襲いかかってきた。
「うわぁ!?」
「きゃあ!」
2人は何とか身体を動かし、間一髪で躱して地面に倒れ込む。だが、こうなったらもう手遅れである。攻撃の手は止まらない。
『グゥアア』
ミクに狙いを定める禍々しい姿の魔物。
地面に寝転がるミクの上に覆い被さり、動けないように抑えつける。噛みついたりはせず、まるで嫌がるのを楽しむような素振りだ。
「痛い……!痛いよ……誰か、助けて。イヤ。やだ。まだ、死にたくない。」
必死に助けを求めるが、その声は届かない。
顔にはサウリアの唾液が垂れてきて、『2度目』の死を覚悟する。
『あっけない人生だったな。』
御厨の記憶だろうか。
今までの人生の記憶が走馬灯のように流れてきた。
その時。
「こっちよ!化け物ォ!!」
エリオが叫ぶと、サウリアの身体が少し浮き上がった。
『ギャアアン』
「ミク!逃げて!!」
「は、はい!!」
最後の力を振り絞り、這うようにその場を離れる。
間一髪助かった。
空中に浮かび踠くサウリア。
『ギャアアアウ』
「ミク、逃げて。」
「エリオさんはどうするんですか?!」
「わかんない!わかんないよ!でももう、こうするしか無い。くっ……私が死んだら、アリィをよろしくね。」
「だめです!エリオさん!!」
エリオは1人犠牲になる覚悟だった。ミクを助けるまでは出来たが、その先どうすることもできない。
「もう……無理……!」
魔力が底を尽きた。
再び地上に降り立つ魔物。ダメージは全く与えられていない。
『ギュゥアアアアア』
雄叫びを上げながら一目散にエリオに突進する。
『バァン!』
一撃だった。
小さな体は石ころのように跳ね飛ばされ、宙を舞う。
『ドサッ』
無惨にも地面に叩きつけられるエリオ。
「エリオさん!!」
悲鳴にも似た叫び声が、再びサウリアの注意を引く。
「や……やだ……や。」
口を手で押さえ、その場で蹲る。
エリオとは少しだけ分かり合えた気がした。その、矢先だった。とめどなく溢れ出る涙。脱力感。無力感。アリィには何と言えばいいのか……。
全ての想いがミクを極限まで追い込む。
『いっそ、私もあいつに食べられちゃえばいいんだ。』
人生を、諦めかけた。
『諦めるな。顔を上げなさい。アステルシア。』
「誰……!?アステルシア……?」
『やっと見つけたぞ。可愛い可愛い我が娘よ。あぁ、目に入れても痛くないとはこのことだな。はは、とんだ親バカだ。本当に、良かった。』
周囲に人はいない。しかし確かに聞こえる。誰かが、話しかけてきている。
そして、少しだけキモコメを感じる。
「私は、アステル……シア。」
『ギュィイイイン』
名前を口にした途端光がミクを包み込んだ。
訳もわからないまま周囲を見渡す。すると、人影があった。年齢は不明だが男性だろうか。
『帰ってきておくれ。アステルシア。』
「帰る……?」
『忘れたか?其方には力がある。その力を、我が国の為に使うのだ。』
語りかける人物が誰で、何の話なのか。今のミクには分かるはずも無かった。
「あの、私は誰なんでしょうか。」
自分という存在を教えてくれるなら誰でもいい。とにかく答えが欲しかった。
『力を使うのだ。そして、我が元へ戻ってこい。』
男が告げると、スッと光が消え去った。
元いた暗い森と、1匹の魔物。そして、生気なく横たわるエリオ。
『力?力って……何?』
ミクは自らの『魔力』に気づいた。
さっきまでとは違う。何でも『思い通り』になると感じる程の力が漲っていた。
『これは、もしかして。』
徐に手を前に出す。サウリアにかざし『いなくなれ』と念じる。
『ドカァン!』
小さな爆発と同時にサウリアが森の奥へと吹き飛ばされる。
『力』の正体。念ずるだけで意のままに魔法が使える能力。それを、手にしてしまった。
『グァアアアアアア』
遠くへ飛ばされたサウリアが、再びミクの元へと突進する。
『明確な殺意。やり返さなければ、今度は私が死ぬ。』
『アステルシア。私は……アステルシア?まだ、生きていく理由ができた。あの男の人に、会いに行きたい。』
『生きて、いたい。』
諦めは消え、確かな『生の悦び』を感じた。
だから、倒さなくてはならない。
猛突進するサウリアに両手をかざす。
『死ね。』
念じたと同時に、サウリア首が真後ろにへし折れた。唸り声もなくその場に倒れ込む。
魔物退治が、一瞬で終わりを迎えた。
「私が……この手で……。」
血の気が引いていくミク。対魔物とはいえ、死の魔法を使った。
「おい。大丈夫か!?」
「はっ!?」
「や、驚かすつもりはなかった。俺はバローズ。この付近の警護をしている。……これ、君がヤったのか?」
バローズ・ラングウッドが現れた。サウリアを追ってここまで来たのだろう。
目の前に横たわる巨大な骸に息を呑む。
「はい。」
「首が……へし折れてる。どんな魔法を?」
「分かりません。でも、念じるだけで出来ました。……それより、エリオさん!!!」
エリオの元へ駆け寄る。
衝撃の強さを物語る、見るも無惨な姿だった。
「おい。嘘……だろ。」
「サウリアが、エリオさんを。」
「エリオ……!しっかりしろ!!エリオ!!!」
茫然とする2人。森の闇と静寂が、絶望を増長させる。
「くそッ!!!」
「今の私なら……出来るかもしれません。」
「え?」
「生き返らせます。」
「そんなこと……!やめろ。君の寿命が減るぞ。」
そう言ってエリオの身体に手を当て『生き返れ』と念ずる。
『フワァ』
生ぬるい空気が掠め、俄に周囲が光り輝く。
集中して5分か10分か。永遠のように感じられる時間、とにかく念じ続けた。
すると少しずつ温かさが戻ってきた。
「頑張れ!戻ってこいエリオ!!!」
「もう少し……です!」
「ゲホッゲホッ!」
急にエリオが咽せるように息を吹き返した。
「エリオ!!」
「エリオさん!!……あぁ!!」
「ちょ、何!?何なのよ。」
「……よかった。」
「え?あ、ちょ、何よこれ。あんたも何で泣いてんのよ!?」
サウリアを見て目を丸くするエリオ。
ミクは人目を憚らず泣きじゃくる。
「彼女がサウリアをやったんだ。それから、エリオを生き返らせた。」
「バローズ様……。え、私を生き返らせた?」
「お帰り、エリオ。」
手に残る『死と生の魔法』の感触。そして、謎の男の言葉。
ミクの正体が、少しずつ明らかになってきた。
「おうちに、帰りましょう。エリオさん。」
「ん。そうだね。」
温まった手を握りしめ、傷だらけの2人は立ち上がった。




