9コメ 御厨隆
「では、お薬。いつも通り2週間分出しておきますので。また様子を見てください。」
「ありがとうございます…!先生はやっぱり頼りになる…。」
「いえいえ。仕事ですから。」
白衣に身を包んだ男性が1人。彼の名は。
「御厨先生!」
『御厨隆』医師である。専門は内科。都内にある『みくりやハートクリニック』の医院長も務める。
「どうした?」
「あの、熊田…さん。」
「あぁ。『肉太郎』ね。はいはい。」
おいおい。まじでどこでも『肉太郎』って呼ばれてんだな。
東大医学部を主席で卒業、大病院で勤め上げ東京で開業、クリニックの運営をこなす。患者からの信頼も厚く、非の打ち所がない順風満帆な人生だ。
そんな彼にも、唯一無二の天敵がいる。
「熊田さんさぁ…。」
「痩せてはきてます!昨日測ったら…。」
「なんですって?」
「5…00g」
「誤差だって。1食ラーメン食べればそんなん軽く超えてくでしょ!!」
「へ、へい…。」
『肉太郎』こと『熊田誠太郎』である。いやぁ、久しぶりだなぁこのフォルム。あえて描写するが…
『薄くなった髪』
『脂ぎった顔』
『使い古したメガネ』
『首がない首周り』
『パッツンパッツンのYシャツ』
『存在するのが奇跡なスラックス』
『そこに乗っかる段々肉』
いやぁすごい。すごすぎる。頑張れ御厨先生!!
肉太郎はこんな見た目だが『まだ』そんなに不調をきたしている臓器はない。だが37という年齢も相まって予断を許さない状況でもある。
その変調を見逃さないためにも2週間に1回程度このクリニックに通っている。
まぁ…通ってるだけ偉いよ。
「通ってるだけで偉いとか思ってない?それで健康になれると思ったら大間違いですよ!実績を出していかないと!!」
やっぱ全然偉くない。
仕事のノルマみたいな責め方をされている。たしかに、明日やろうは馬鹿野郎だ。
『全く…なんで俺がこんな肉塊の相手なんかしなくちゃいけないんだ…。』
心中お察しします。
『はぁ…今日も終わったらサリナたんに癒されよ…。』
ん?
サリナたん??
―
――
「今日はありがとねー!あと5分!もうちょっとお話しよー。」
『10000円/今日も可愛すぎたよ…。ほんとすきすkぃ…!!』
「みくみくはーとさんスパチャありがとー!わぁ!!こんなに!うれしー!!」
お前もかー!
しかもなんか勢い余ってタイプミスしてるし。
『みくみくはーと』は御厨隆のハンドルネーム。お、おう...。
日々の疲れをライバーに癒してもらう。まぁ…忙しいし…ね?心のオアシスは必要でしょう。
『はぁ…やっぱ女の子には癒されるなぁ…。』
肉太郎とは境遇も財力も圧倒的に違う。だが、根底にあるものは全く同一。そう、彼もまた…。
『こぱちゅん!ちょっと太った!?幸せ太りか?んー!?でも、おいしそうで好き♡』
ガッチガチの『キモコメ』おじさんであった。
――
―
『はぁ…。学会の資料作りやっと終わった…。いやぁー思い出せてよかった…。くそっ!これも全部肉太郎のせいだクソクソッ』
忘れかけていた学会の資料作りを突貫で終わらせる。これも全部肉太郎のせい。
あまりにも改善の機会を得られないことにシビレを切らし肉太郎の生活を『管理』することに決めた御厨だった。
なんだかんだ面倒見のいい先生なんだよな…。
食生活から運動、睡眠に至るまで。50弱の項目を徐々にこなしていくことで健康を取り戻す。名付けて『御厨式健康メソッド』だ。あまり根拠はないが、肉太郎で実験してうまく行けば特許でも取ろうという算段。さすがは医師、抜かりない。
そんなことをしているもんだから、本当に大事な仕事を忘れてしまっていた。
全く以て人生とは理不尽である。
東大を出ても、医者になっても、女の子に気兼ねなく10000円をポンと渡せても、たかだか1人の人間に台無しにされてしまう。『頑張って勉強しなければよかった...』そうとさえ思えた。
「は?」
「ですから、熊田誠太郎さん…亡くなったそうです。ご家族の方から連絡がありました。」
突然の訃報に声を詰まらせる。肉太郎が、死んだ。
『俺が強く言いすぎたからか…?まさかな。あの肉塊が…面の皮まで肉で覆われてるあの豚野郎が!』
『彼はああ見えて圧倒的健康体だった。でも…今痩せなきゃいけなかった。このままだといつかは…。』
『…そうだ。いつか人は死ぬ…。多少早まったくらいで。...俺は、間違ったことをしたのか。』
『先生…。』
『…!?』
声がした。聞き覚えのある声。
『俺ですよ。肉太郎です。』
『お前。生きてたのか!?よかっt』
『あぁ、死にましたよ。』
発せられる感情のこもっていない声。もう、手遅れだった。
『俺の…せいか…。』
『さぁ。俺は先にあっちで待ってますよ。』
『あっち…?』
『異世界で。』
『何言ってんだ!ふざけるな!!!豚の分際で。俺の…素晴らしい人生に…泥を塗るな…!』
毎晩、謎の夢を見た。そして、決まって泣きながら目を覚ます。
肉太郎が、『あっちで待ってる』と言うだけの夢。それが何を意味するのか、御厨には未だ理解できなかった。出来るはずが無かった。
「先生!」
「…。」
「先生!!」
「ん!?あぁ…。」
「最近呆けてること多くないですか?ちゃんと睡眠できてます?」
「あぁ…やることが多くてね。でも大丈夫さ。」
すっかり憔悴しきっていた。もはやまともに生活できないレベルだ。
『もう。何もできない。俺は...。』
自宅のベランダにもたれかかり、力なくつぶやく。
みんな『そんなことはない!』と諭してくれる。
でも俺にはもう、その一歩を踏み出す力すら残ってない。
『俺は先にあっちで待ってますよ。』
『やめろ!!!やめてくれぇ!!!』
「ピロン…心拍数の異常な上昇を検知しました。AIマッチングを、開始します。」
『助かりたい。誰か、助けてくれ!!!肉太郎でもいい。そっちに行けば、助かるのか!?』
急に世界から音が消えた。ひっくり返って戻ってを繰り返す。
自分が上を向いているのか下を向いているのかも分からない。
『ドンッ』
自宅のマンションから転落。遺書等は見つかっていない。
「マッチングが、完了しました。御厨さまの意識を、異世界美女へ転送します。ご利用、ありがとうございました。」




