無表情の先輩に溺愛されて逃げれません〜イルマサイド〜
「ピサノ先生〜!お菓子の差し入れ〜」
ウィーーン……ガチャッ――
女生徒が壁に向かい声を掛けると解錠の音と共に扉が現れた。慣れた様子で扉を開け室内へと入る。
並ぶ本棚を通り抜け窓際のデスクに座る人物に声を掛けると、作業する手を止め顔を上げた。
「やぁ、イルマ。今日は何作ったの?」
「本日は『ぷるふわパンケーキ』でぇーす!」
「ぅひゃー!美味しそう〜。すぐに紅茶入れるね」
持ってきたブレッドバスケットの中には作りたてのパンケーキと果物、生クリームとメープルシロップがあり香ばしい香りが漂っている。
イルマは高等学園の2年生で調理部(と言っても部員は1名)だ。調理した料理や菓子を持参するのは魔導具の顧問を担当しているピサノの隠し部屋。
ピサノは学園一の変人として有名で、南校舎の最上階にある隠し部屋の存在を知る者は少数だった。
――
――――
数ヶ月前――
放課後は調理室で必ず一品調理して下校していたイルマは、この日も自分の夕食用に煮込みハンバーグを作っていた。
そこへ――実験に没頭しすぎて丸2日もの間、何も食べていなかったピサノが匂いに釣られ倒れる様に調理室へと入って来る。やつれた顔のピサノに驚愕し、ハンバーグを差し出せばペロリと平らげ満足していた。
ボロボロの教師に温かい食事を提供した事で秘密の部屋への入室を許可されて以降、現在に至る。
「おいし〜!今日のパンケーキも絶品だよ!」
「喜んで頂けて嬉しいです」
「イルマのお陰で僕は生存出来てるよ」
「ぁはは。沢山作ったんでいっぱい食べて下さい」
ほのぼのとした空間を扉の鍵が開く音が遮った。
この部屋に自分以外の来客が訪れている所を見た事は無い、しかもピサノが鍵を開けずとも入室が可能な人物に少しばかり緊張した。
「久しぶりだね、ヨハン君。いらっしゃい」
「…………」
姿を現したのはスラッと背の高い黒髪の男子生徒。
学年別で校章の色が違うので3年生だと分かった。
先輩なので一応会釈をしたが無反応でジッと観察される。
(無視?感じ悪……)
挨拶も済み用は無いと先輩の存在を無視してパンケーキを頬張る。男子生徒はピサノと話しているにも関わらず視線は此方に固定したままで、イルマは向けられる視線が気になりヨハンの方を向く。
案の定、まだガン見してくる先輩の姿があった。
「……………………えっと、何かご用でしょうか?」
「名前は?」
イラッ「2年のイルマです。私の顔に何か?」
問いには一切答えずヨハンはジッと見てくる。
居心地が悪くなりお互い無言のまま固まっていると、ピサノは笑いながらヨハンに声を掛けた。
「ヨハン君も欲しいの?」
「え?」
コクッ――
ピサノがパンケーキを指差し聞けば頷くヨハン。
呆気に取られつつも1人分のパンケーキを準備しピサノの隣に置くと、着席し手を合わせ食べ始めた。
( 本当に欲しかったとは……)
無表情だが一口食べると嬉しそうな雰囲気が漂う。
自身の作った物を美味しそうに食べてくれる姿を見るのは相手が誰であれ嬉しいものだ。
( 最初は嫌な人かと思ったけど、良い人っぽい)
持参していたパンケーキを全て平らげ満足していると、ヨハンは静かに『ご馳走様でした』と手を合わせピサノに会釈をし部屋を後にした。
「あの人、結局何しに来た訳?」
「ん?パンケーキ食べに来たんでしょ」
「いや……絶対違うと思います」
それからも度々ヨハンは顔を出すようになり、必然とイルマは3人分を準備するようになった。
☆ ☆ ☆
この日の放課後も調理室でお菓子を焼いてると、徐々に窓の外が騒がしくなった。甲高い声は人数が集まると騒音になり、思わず耳を塞ぎたくなる程だ。
騒音の原因にイルマは心当たりがあった。
この学園には見目麗しい4人の男子生徒が居るのだが、彼等が出没する場所には何時も沢山の女生徒で溢れかえり騒々しくなる。
……正に現在の状況と言えよう。
彼等は特進クラスで頭脳明晰、噂では運動神経も良く誰にでも優しい人格者――と、完璧すぎて胡散臭い話だ。
中でもアベラルド公爵家の嫡子は無愛想だが絶世の美形で一番人気なんだとか。クラスメイト達も騒いでいるがイルマは全く興味が湧いてこなかった。
作りたてのチーズケーキを持ちピサノの元へ急ぐ。
部屋に入ると既に2人はソファーに座っておりイルマが来るのを待ち侘びていた。
ケーキを取り分け何時ものようにお茶していると窓の外から微かに甲高い声が聞こえた。先程の人達はまだ何処かで騒いでいるのかと呆れて溜息が出る。
「イルマ?どうしたの」
「いえ。調理してた時も騒々しかったんですけど、まだ騒いでるんだなと思って」
「……………………連中は不快か?」
何時も無言で食べるヨハンが珍しく会話に入ってきた。
「余りにも騒々しいのは苦手です。あんなに周りで騒がれたら噂の人達もさぞ大変でしょう」
「………………噂?」
「アベラルド公爵家嫡子を筆頭とした美形4人組」
そうイルマが言えば、ピサノはクスクス笑い出しヨハンは眉間に皺を寄せた。
「イルマは彼等と会ったことないの?」
「興味ありません」
「………………………………」
少し話したかと思えば、また無言に戻るヨハンの様子に気にもせず残りのケーキを堪能した。
ピサノが意味ありげに見ているのも気付かずに――
☆ ☆ ☆
数日後の放課後。
調理に使うハーブが欲しくて温室へと来ていた。
必要な分だけ取り調理室に向かおうと立ち上がると、いつの間にかヨハンが背後に立っていて驚く。
「うわぁ!ビックリした。声掛けて下さいよ」
「すまない」
「まあ、いいですけど。今日はお肉焼いてきますから楽しみにしてて下さいね」
「ああ」
『居たぁー!!ヨハン先輩〜!』
1人の女生徒急が現れ急に大きな声を上げる。
その声に釣られワラワラと大勢の女生徒達が温室へと入ってきた。皆ヨハンが目的だと直ぐに分かる。
( あれ?……この光景もしかして)
あっという間にヨハンの周りを囲む女生徒達。
イルマは完全に蚊帳の外だった。
更に温室の外から別の騒々しい塊が近付いてきたかと思えば、その人達もズカズカと入ってくる。
中央には整った顔立ちの3人の男子生徒が居た。
「…………何故来た」
「悪かったよ。女の子が一人ヨハンの後をつけてるのが見えて心配になったから追ってきたんだ」
「……………………」
( 間違いない―― )
彼等は麗しの4人組……となればヨハンもその内の一人だったのだ。ヨハンは女生徒の群れを抜け出すとイルマを庇う様に背に隠した。
「ヨハン先輩!その子と何してたんですか!?」
「狡〜い!抜け駆けじゃん!」
女生徒達の矛先はヨハンに隠れたイルマへと向かう。徐々に不満の声は大きくなっていき皆が暴走しそうになりかけた、その時――
「この子に手出しすれば、容赦しない」
ヨハンは真顔で皆に言い放つとイルマの手を掴み温室から連れ出した。残された者達は暫く呆然とした後、正気に戻ると皆が絶望の悲鳴をあげた。
――
――――
手を掴まれたままの格好でピサノの隠し部屋まで来たものの、部屋の主は不在。
( あの人、こんな時に限って居ないんだからー!)
先程の発言でイルマは身の置き場に困っていると、手を掴んだままヨハンはポツリ、ポツリと話し始めた。
「俺は教室から調理する君の姿を見ていた。
ある日ピサノ先生と君が調理室に居るのを見て以降、君が料理を持ち隠し部屋へ通っているのを知って気になって後を追ったんだ」
「ぁあ〜!部屋に入ってきた日ですね」
「そうだ。初めて食べた君の料理はとても美味しく通うのが楽しみになった。今日も温室に入る君の姿を見つけ俺がつい後を追ったせいで……本当にすまない」
( 凄い………………めっちゃ喋ってる)
しかも普段は無表情を貫いているのに、今は捨てられた大型犬のようだ。
「気にしないで下さい!今後は皆んなを刺激しないように私が気をつけますから」
「…………………………どういう意味だ?」
「この部屋以外で先輩には一切近付きません」
イルマがそう言うとヨハンは明らかに怒っていた。
眉間の皺は深くなり物言いたげにジッと睨まれてしまい逃げ出したくてしょうがない。
「君は…………ピサノ先生と仲が良いな」
「はい?急に何?そりゃ〜まぁ、そうですけど」
話題が急に変わり戸惑いながら返事するとグイグイと迫られ、突然の急接近にビビり思わず後退りする。
ヨハンは止まることなく本棚まで追い込まれ逃げられないよう壁ドンまでされてしまう。
「先生は君だけ呼び捨てだ」
「そう、ですね?」
「とても親密に見える……どんな関係だ?」
(どんな関係って………………私と先生は……)
「スト〜ップ!この部屋で○○行為は禁止だよ?」
「先生!いつからそこに?てか、何言ってんの!」
「…………………………まだ其処までいってません」
「いやいや、いったら困るから。ヨハン君は勝手に勘違いして嫉妬しないの!まったく……いいかい?――僕らは(腹違いの)姉妹なんだ」
ピサノは男性と思われているが性別は女性でイルマとは実の姉妹。姉妹の仲は良いが教師と生徒という立場もあり、関係を隠していたのだった。
「無理強いするのは許さないよ?ヨハン君」
ボソッ「合意ならば文句ないのか」
「……そういう事じゃない。妹に何するつもりだ」
ヨハンはライバルだと思っていた人物が姉妹だと分かり胸のモヤモヤしたものが晴れ最高の気分だった。
大人しく傍観し油断していたイルマに近付きサッと横抱きに抱え扉へと向かう。
「こら!僕の妹を何処に連れて行く気!?」
「…………この部屋では禁止なんですよね?」
「へ?!!」
「コイツ!堂々と……」
止めるピサノを上手く交わし、ヨハンはイルマを抱えたまま隠し部屋を後にする。
「あ、あ、あの!離して下さいー!!」
「嫌」
「即答?!重いでしょ?とにかく降ろして!」
普段は無表情を貫いてるヨハンがこの時、生まれて初めての笑顔を見せる。見た者が成仏しそうな神々しい笑顔をしながらも、放った言葉はイルマの警戒心を煽るセリフだ。
「邪魔の入らない場所に行こう。誤解がないように俺の想いをじっくり君に伝えないと」
「ぃえ。なんとなく分かったので、遠慮しますぅ」
「だめ」
ヨハンが向かったのは特別室と言われる優秀な生徒だけが使用できる個室だった。ガッチリと抱えられ逃げ出すことも許されず部屋へ入り――1時間後。
心なしか唇は少し腫れて赤くなっている2人。
ヘロヘロ状態で顔を赤くしたイルマと、彼女の腰を抱き腕の中を蕩ける目で見つめるヨハンが出てきた。
群がる女生徒に淡々と塩対応していた人物とは思えない驚愕の変わり様は、皆に見てはいけないモノを見てしまった感覚に陥らせるのだった。
――
――――
「ヨハン先輩。見られてるから離して」
「嫌」
「ぅゔ〜………先輩にまんまと捕まってしまった」
「違うだろ?君が俺を捕まえたんだ。
――ちゃんと最後まで責任取れよ?」
※※※
次回はヨハンサイドです。