そういえば婚約破棄
5.
「……だから私が玉座に就くことになったのですよ」
ふう、とこもった熱を吐き出すようなため息と共にシルヴィアはそう言った。
最初は順当にアーロンが王位に就き、実権はシルヴィアが握る予定だった。だが、学生の生徒会ですらこの有様なのだ。最終的な権限をアーロンが持つと、全く仕事が進まないと証明されてしまったのだ。
そりゃあ議会も一致団結してシルヴィアを推すに決まっている。
「……それからこれは後ほどお伝えするはずでしたが、私が次期国王、殿下は王配、そして希望されるのであればアヴュール子爵令嬢は特例として愛妾の座が認められます」
「えっ」
突然切り替わった会話にアーロンとオルテンシアは同時に声を上げた。
「え、何で、私はアーロンのお嫁さんになるのにっ」
「あ、愛妾だとっ。何故だっ、せめて側室にっ」
「何故も何も、側室になるほどの才覚も側室を持つほどの才覚もないからです」
側室であれば国から費用が出るが愛妾は個人の関係なのでアーロンの個人財産で養うことになる。ただでさえ王配のそのまた愛妾、とは随分拗らせた関係だがはっきり言ってアーロンにはもはや種馬以外の役割はない。オルテンシアはシルヴィアが後継を儲けた後、アーロンをおとなしくさせるためのエサでしかないと言われたも同然だ。
「私は殿下の特殊性癖に付き合うつもりはございませんが、どうぞ愛するお方と離宮でせっせと趣味に励んでくださる分には問題ありませんわ。……ああ、そういえば貴方方は婚約破棄を計画されていましたね。それならそれで構いませんが手短かに。これ以上無駄な時間を取らせないでくださいまし」
「っ、な、そ、そなた何故それをっ」
「ですからそういうのはもう良いですから。婚約を維持するのは王妃様に泣いて懇願されたから了承しただけで、私にはもはや大したメリットもないのですよ。破棄したいならご勝手に。ただし、その後の貴方方の進退までは関与しませんが」
その言葉に、反論しようとしていたアーロン達の声が止まった。進退が何を意味しているのかわからないが、シルヴィアの言う通りにしないのならもはや自分達に碌な未来が残っていないと本能で察した。
「そもそも何をそんなに騒いでおられるのです。これは殿下の希望を叶える最良の方法ではありませんか」
「は、」
「愛した女性と、仕事もせずにだらだらとお花畑で踊っていられるのですよ。贅沢のレベルは下がりますが、幸せな未来に心ウッキウキでは?」
ウッキウキどころかボッコボコな婚約者にコテン、と首を傾げると、シルヴィアは切り替える様に顔を上げた。
「さぁ、もうお話は終わりです。皆様、移動を開始して下さいな。そろそろドリンクのサーブが始まった頃です。ワインは蓋を開けた瞬間から、刻一刻と劣化が始まりますわ」
パン、と扇子に手を打った音に、生徒達は一斉に動き出した。立ち尽くしたままのアーロン達を誰一人気にすることなく。
もはや自分たちに見向きする者は誰もいない、と気づいたオルテンシアは、ドレスの裾をぎゅっと掴んだ。今日この日のために、アーロンが贈ってくれた今までで一番豪華な美しいドレス。今日、アーロンは婚約破棄をつきつけ、このドレスを着た最高に美しい自分をお嫁さんにするのだと、周囲に宣言するはずだったのに。
「アヴュール子爵令嬢。あなたも移動なさいな。そのドレスに関しては卒業祝いとして目を瞑る、と国王陛下からお言葉をいただきましたから」
そ、と周囲に聞こえないように囁いたシルヴィアの声で、彼女がわざわざ手を打ってくれたのを感じ、自分はこの女性にどこまでも相手にされていないのだと心底理解させられた。
「……私、これからもうこんなドレス着れないんですか」
ぽつり、と口からこぼれ出たのはそんな言葉で、自分でも驚いた。何かを聞きたいのに、何を聞けばいいのか自分でもわからなかった。
「……まぁ、今までのようにねだっても難しいでしょうね。殿下とあなた次第ですが」
シルヴィアは言った。呆れるでも馬鹿にするでもなく、ごく当たり前のように。
「あなたは、これからもきっと素敵なドレスを毎日着るんですよね」
「ええ、着ますよ」
す、と2人の視線が重なった。
「私はこの国の誰よりも美しいドレスを着て、誰よりも高価な宝石を身につけ、そして」
「……」
「この国の誰よりも働くわ」
オルテンシアがそっと目を伏せ、シルヴィアは眼差しを上げた。
幼い頃に決めた己の誓いに恥じないように。
「さぁ、パーティーを始めましょう。会場の遅延は延滞料金が発生します。予定外の出費は後日申請が面倒でしてよ」
トップが無能なのはそれだけで罪だ。
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