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働かざるもの王べからず  作者: ひおむし
4/5

うんうんうん

 その言葉に、アーロンは無意識にポケットに手を当てた。そこにはオルテンシアが選んでくれたキーケースが入っている。王子であるアーロンは通常鍵など持ち歩かないので、はじめてプレゼントされたそれがとても嬉しくて肌身離さず持っていた。下町での初デートの思い出の品、という意識しかなかったので、その中の鍵まで本当に意識していなかったのだ。


「あれは生徒会執務を最終的に決議する決定印、いわば王国における玉印。印鑑がないためにすべての書類が未提出でした」

 だが、この学園は国中の貴族と有能な平民が通う国内屈指の王立学園。当然、そこのトップである生徒会は多大なる権力を持つ。逆に言えば、生徒会の許可がなければ実行できない執務だらけなのだ。

「えっ……」

 そしてこの説明を聞いて、一番、というか唯一驚いているのが当の生徒会メンバーであった。卒業式は確かに生徒会執務の中で最後にして最大のイベントだが、オーネストが告げたように代々取り扱っている業者はほぼ決まっているのだ。書類は印鑑がなくとも、その辺りは『いつものように』『上手に察して』取り扱ってくれるとばかり思っていた。

「部活動や委員会など内々の業務であれば、私が『いつものように』代理のサインで処理もできましょうが、国内外からの来賓も来る卒業式となればこれはもう公務の位置づけになっているのです。扱った書類はすべて書庫に保管されるため、万が一にもおろそかにはできません。……これは、次世代の国務の予行なのですから」

 議会承認制の事とて情報として知ってはいたものの、どうにも実感がわかなかった。どうせ形だけでアーロンが王太子になるだろう、と高を括っていたのもあるが、己の行動をそこまで監視されているとは思わず、全員が棒立ちになった。……ちなみにオルテンシアはどういう事なのかわからずにアーロンの腕にぶら下がったままキョトキョト首をかしげている。

「そういった訳で、本来であれば卒業前の自由登校期間が開始される前にシルヴィア様を中心に臨時の卒業式実行委員を設立しようと相成った訳です。そうすれば生徒会執行印ではなくとも委員会の印が使用可能となる訳ですが、これがまあそんな程度で済む状態でなく」

 ぱ、とオーネストが両手を広げると、その背後に映るは貴族も平民も入り交じった生徒達、と教員。


「まず最初にしなくてはいけなかったのが進捗状況の確認です。これがわからなければどの仕事もスタートできない、けれどどの仕事がどこまで終わっているのか締切がいつなのかもわからないまま書類と無限格闘、をなさったのはシルヴィア様を筆頭とする婚約者のご令嬢方です。さすがに婚約者でもなければ生徒会室には入れないため、高貴な淑女が額に汗を流して紙の束と戦っているというのにドアの前で並んで待つしかできないふがいなさに涙を流す男子生徒が多数続出っ。廊下の湿度が急速上昇っ」


うんうんうん

平民がうなずく


「それから、関係各所に問い合わせ。締切が過ぎているところには謝罪と延期の申し出、だめならば他の店や人を探す王都行脚っ。王都の店に詳しい貴族と第一次産業を担う平民の人海戦術で生まれる謎の一体感っ」


うんうんうん

貴族もうなずく


「続いて来賓の方々の確認と招待状の送付っ。来賓の選定からパワーバランスを考えた上での座席とお名前を呼ぶ順番にボロボロこぼれる人間関係の闇っ。王城とのすり合わせも必要でしたので、一体一日に何往復させられたことか」


うんうんうん

教員もうなずく



「関係各所に届け出、打ち合わせ、オーダー、下準備、これらを本来のスケジュールの4分の1の期間で行うために、本来自由登校であったほとんどの生徒が駆り出され、哀れ卒業前の最後のモラトリアムは遠く彼方へ放り投げられている間―――皆様方は卒業旅行へと洒落込んでいらした」


うんうんうんうんうんうんうん

貴族も平民も教員も皆うなずく。一糸乱れぬその動きは身分差を超越していた。勢い良すぎて首がもげそうである。



「…………っっっ」


 果たして、アーロンの顔色は白を通り越し、土気色になっていた。だって怖い。アーロンはこれでも王子なので、人に囲まれるのも注目されるのも生まれた時から当たり前のお立ち台育ちだ。だが、全校生徒に取り囲まれ、自分めがけて真顔でガクガク首を振られる経験なぞ当然ながらはじめてである。何か都市伝説にありそうな状況に、許されるならプライドやら矜持やらぶん投げて全力で逃げたくなった。ところがどっこい、この地獄を生み出したのは、アーロンである。そして、生んだからには責任がある。育児放棄など許さぬ。そう、決して、許さぬ。


「貴方達」

「っっっ」

「息はしなさい」

 シルヴィアの言葉に、ぶはぁーっと心臓まで吐き出しそうな深い息をついた。良かった、呼吸は許された。酸素ってステキ。



「貴方方は、自分達をひたすら可哀想だと嘆いていましたが、本来やらなくて良い仕事をおしつけられた方は可哀想ではないのですか」

 低く付け足された声に、もはやアーロン達はうなだれるしかできなかった。


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[良い点] 育児放棄w じいや、ばあやが大切にお育て申し上げた『地獄』が、今まさに親元に返されるわけだ。ウマい! シルヴィアの畳み掛ける解説全体がリズミカルで、読んでいて気持ちよかったです。
[気になる点] 育児放棄では無く責任放棄なのでは? [一言] 王子にいつ子供が? 育児放棄となっているが責任放棄とかでは?
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