閑話83 WBW決勝トーナメント決勝戦日本対アメリカ優勝セレモニー全国放送生中継
綿原さん、落ち着きましたか?
ええ……申し訳ありません。
思わず取り乱してしまいました。
まさかここまで感情を揺さぶられてしまうとは……。
年甲斐もなく涙まで流してしまって、汗顔の至りです。
御自身も日本代表選手として活躍された綿原さんですからね。
この日本代表の快挙に感極まってしまうのも、無理もないことでしょう。
そう言っていただけると助かります。
改めて、綿原さん。
日本代表は遂に世界一の座を掴み取ることができた訳ですが、このアメリカ代表との決勝戦は何が勝因だったと思いますか?
そうですね……。
正直なところ、特定の何かを選ぶことはできません。
解説者としては失格かもしれませんが、何か1つでも欠けていたとしたらアメリカ代表に勝利することはできなかったでしょうから。
それぐらいギリギリの戦いだったと思います。
未だに夢か幻かと思ってしまうぐらいですしね。
同感です。
終盤戦だけで何度「信じられない」と口走ってしまったか分かりません。
ですので、個人的にここだけは推したいポイントを1つ挙げたいと思います。
私も引退してそれなりに時間を経て、選手よりも首脳陣に近い捉え方をするようになりましたが、今日の落山監督の判断は中々真似できないことだと感じました。
もし異なる采配をしていたら、日本代表の勝利はあり得なかったと思います。
具体的にはどのような?
特に大きいのは2つ。
まずは7回裏、アメリカ代表打線に連打を浴びて2点のリードを許す形となってしまった秀治郎選手を、それでも信じて続投させたことです。
成程。
しかし、あの段階では心中もやむなしという雰囲気がありましたが……。
それはその通りなのですが、落山監督は我々と持っている情報量が違います。
手札に正樹選手という切り札が残っていることを認識しながらとなると、非常に難しい判断が行われていたはずです。
あそこで正樹選手に交代させていたら、その場は切り抜けることができたとしても11回裏までにアメリカ代表打線に対応されていた可能性が高いでしょう。
それ以前に、秀治郎選手のホームランも含めて日本代表の反撃がなくなるか不十分なものとなり、延長戦まで辿り着けなかったかもしれません。
ノックアウトされての交代は尾を引きますからね。
ましてや二刀流ですし。
ええ。
如何に秀治郎選手とは言え、そのような精神状態でモー・サンドマン選手の球に対応することは不可能だったでしょう。
かなり大きなターニングポイントだったと思います。
次に、11回裏。
最後の最後で負傷してしまった正樹選手を右投げで続投させたことです。
磐城選手や大松選手に投げさせる選択肢もあった状況で敢えて動かなかった。
たとえ右で投げる選択肢があったとしても、左手の負傷でフォームのバランスが崩れて本来のピッチングができない可能性もあったにもかかわらず。
いえ、可能性ではありませんね。
実際にフルカウントまで調整に使わざるを得ない状態でした。
結果論ですが、それが幸いしたように見えます。
はい。
負傷という状況。不完全な右投げを投球練習と4球目、5球目で見せたこと。
これらの要素が撒き餌となって、6球目はバンビーノ選手の想定をも遥かに超えるような最高のピッチングとなったのだと思います。
勿論、魂が乗った素晴らしい1球だったからこそ効果が最大限に高まったというのも前提としてあり、それは正樹選手自身が奮起したからでもありますが……。
負傷した彼に試合を託す選択をすることは、少なくとも今の私が日本代表の監督を務めたとしてもできるとは思えません。
確かに。私なら安易に動いて試合を壊していたと思います。
何かしらカードを切れば、とりあえず采配を振るった気にもなれますからね。
爪の負傷という後々言い訳が利く理由まであるのであれば尚更のことです。
しかし、やはり。
時には動かないことを選べる忍耐力というものも大事なのでしょう。
そして、それこそが選手のモチベーションを極限まで高めることにも繋がる。
野球というスポーツにおける首脳陣は近年、戦術的なところよりもモチベーターとしての役割を重要視されますが、落山監督はその点でも優れていた訳ですね。
私はそう思っています。
落山監督が日本代表監督ではなかったら、この優勝はなかったはずです。
優秀な選手を使いこなすことが全くできない監督も、世の中にはいますからね。
とは言え、綿原さんのおっしゃる通り、ありとあらゆる要素が勝利のために必要不可欠だったというのが真実でしょう。
準決勝戦までの積み重ねも含めて。
……それでは綿原さん、この試合で特に印象に残ったシーンはありますか?
印象に残ったシーンですか。
そうですね……。
個人的には8回表、大松選手のタイムリーヒットの際に秀治郎選手がベンチで喜びを爆発させていた場面でしょうか。
ベンチにいる秀治郎選手の姿、ですか?
はい。
長らく義務感で野球をやっていたような感じがあった秀治郎選手が、あそこまで熱い気持ちを顕にしてくれたのは初めてのことでした。
何と言いますか、日本代表が本当の意味で1つのチームとして完成したのはあの瞬間だったような気がします。
確かにベンチの雰囲気が大きく変わっていったような感じがありました。
何より、我々の心も熱くしてくれました。
それは現地の日本代表応援団も画面の前の視聴者の皆様も同様でしょう。
まさしく全員が一体となって戦っているような感覚がありました。
ここまで前のめりになって実況を行ったのは人生で初めてです。
私もこんなにも感情移入しながら解説したことは過去にないですね。
アメリカ代表に先制した1回表から、内心冷静ではいられませんでした。
最後の方はもう、冷静に解説できていなかったと思います。
まあ、天下のWBW決勝戦ですからね。
それでいいのではないでしょうか。
さて、WBW公式の優勝セレモニーは既に終わっていますが、表彰台から降りた日本代表選手達はマウンドの辺りに集まりました。
中心には落山監督の姿がありますね。
これは――。
選手達が落山監督を担ぎ上げています!
日本代表監督、落山秀充の胴上げです!!
おぉ……。
WBW、それもアメリカの球場で胴上げを見ることができるとは……。
いや、感慨深いですね。
ええ、本当に。
大リーグでは胴上げをするという習慣がありませんからね。
これはWBW史上初めての光景ということになります。
さあ、準備が整って落山監督がバンクノート・パークの宙を舞います!
1回、2回、3回……。
この光景を見ることを、我々日本人は長らく夢見てきました!
落山監督の目にも光るものがあります!!
落山さんも、選手を引退してからは意外と涙脆い面も出てきてますからね。
ましてや史上初のWBW胴上げ監督。
感情が溢れ出してしまっても非難する日本人はいないでしょう。
背番号66にちなんだのか、胴上げの回数は合計6回!
地に降り立った落山監督は軽く目元を拭いながら笑顔を浮かべております。
おっと、その落山監督ですが、秀治郎選手の背中を押していますね。
周りの選手からも促されるようにして、秀治郎選手も中央に導かれていきます!
日本人初の大会MVPですからね。
胴上げの対象になるのは当然でしょう。
秀治郎選手もまたアメリカの宙を舞います!
1回、2回、3回、4回、5回!
最初は戸惑いながらも5回目には両手を大きく広げ、満面の笑み!
少し離れて浜中選手や倉本選手と共に見守っている茜選手も嬉しそうです!
これは……当代の日本代表を象徴するような光景ですね。
特別な一幕です。
胴上げを終えた秀治郎選手は、続いて瀬川正樹選手を中心にいざないました。
そして世界最高の野球選手たるバンビーノ選手をラストバッターとして打ち取った日本代表のクローザーもまた……1回、2回、3回!
左手の怪我に配慮してか控え目な高さと回数ではありましたが、日本代表応援団は大いに盛り上がり、歓喜の声と大きな拍手が送られています!
正樹選手の負傷は爪の部分ですから、体への負担は心配しなくてよいでしょう。
的確にコントロールされて放り投げられていたので、あの場には胴上げに精通している方がいらっしゃるはずです。
ちなみに、胴上げの歳には誰か1人は対象のベルトや服を掴むことが重要です。
持ち上げ方にもそれなりの工夫が必要になります。
そういった部分をおろそかにすると投げ上げられた人が引っ繰り返ってしまったり、高く上がり過ぎて制御不能になったり危険な状態になりかねませんからね。
ふと思い立って形だけ真似してみたいという初心者は勿論のこと、優勝経験が乏しく、ノウハウがない球団がたまにやらかしています。
成程。
今回の慶事にかこつけて胴上げを行う機会も増えるかもしれません。
日本代表選手達も今回の優勝で地元に挨拶回りをすることもあるでしょうし、そこで折角だから、となる可能性もありますからね。
いずれにしても胴上げは正しい手順で、怪我のないように行いましょう。
折角の祝勝の儀式で怪我をしてしまったら、笑い話にもなりませんからね。
全くです。
さて、胴上げを終えた選手達はスタンドの日本代表応援団の前に整列して一礼。
各々声援に手を上げるなどして応じながら、ダグアウトに引き上げていきます。
この後はバンクノート・パークのロッカールームにて、歓喜のシャンパンファイトが行われる予定となっています。
これも余談になりますが、アメリカの法律では飲酒が許されるのは21歳以上となりますので秀治郎選手世代は口をつけることができません。
会場も分かれていませんので、端の方で見学する形になるでしょう。
正規の参加をするには、もう1度WBWで優勝しなければならない訳ですね。
大会が終わって早々に言うことではないかもしれませんが、秀治郎選手達であればきっと近い将来それも成し遂げてくれるはずです。
しかし、その一方で。
彼らが不参加となるシャンパンファイトは正に今この瞬間だけとなります。
当チャンネルではこの後も引き続き、その貴重な様子を生中継いたします。
チャンネルはそのままで、是非とも御覧下さい。




