314 表敬訪問
グループリーグの出場チーム数が多過ぎて決勝トーナメントの記述と矛盾があったため、掲示板31と閑話51について修正しております。
申し訳ありません。修正し切れていない部分があったら、ご指摘いただければ幸いです。
1月中旬。
WBW本選開始まで残り2ヶ月を切り、世間の盛り上がりも徐々に本番直前特有の緊張感を帯びたものへと変わってきたのを誰もが肌で感じている中。
俺達は方々へと表敬訪問を行っていた。
今回同行しているのはあーちゃんと美海ちゃん、それから正樹と昇二だ。
倉本さんは今日に限り、別の場所を訪れることになっている。
日本代表全員揃ってのオフィシャルなイベントは現在、2月からのWBW本選前最終強化合宿と2月下旬の国内選抜チームとのWBW壮行試合を残すのみだ。
前回は磐城君擁する兵庫ブルーヴォルテックスと大松君擁する東京プレスギガンテスが壮行試合の相手をしていたが、今やその2人が日本代表。
言っては悪いが、彼らのいないチームでは格下の飛車角落ち状態だ。
誰もが歴代最強と認めるところである現日本代表の練習相手としては明らかに不十分ということで、国内選抜チームとの壮行試合という形になった。
まあ、それでも十分とはとても言うことができないけれども。
ともあれ、それが終わったら遂にWBW本選グループリーグが始まる。
A~Hの8グループ各4チームが1試合ずつの総当たり戦を行い、各グループの上位2チーム合計16チームが決勝トーナメントに進むことになる。
ここからが真の本番。
この決勝トーナメントを最後まで勝ち抜くことができれば、日本悲願のWBW初制覇、そして史上初めてのアメリカ以外の国による世界一となる訳だ。
いずれにしても後7試合。
それで全てが決まることになる。
「――なのに、このタイミングでこんなことしてていいのかしら……いや、こんなこと、なんて言ったら凄く失礼だけど」
どことなく落ち着かない様子で言ったのは美海ちゃん。
気持ちは分からなくもない。
少なくとも俺は、今回の大会までに自分の頭と行動範囲の範疇でやれることは可能な限りやり尽くしたと思ってはいるが……。
それと同時に。
もっと何かできたのではないかという気持ちが消えることがないのも事実だ。
彼女の言葉にもそれが滲み出ていた。
「個々でやれることは多分もうない。日本代表としての連係は最終強化合宿で精度を上げる。となれば、俺達にできるのはメンタル面を整えることぐらいだ」
「表敬訪問がそれになる?」
自分に言い聞かせるように告げた俺の言葉に、あーちゃんが首を傾げて尋ねる。
これは全く効果があると思っていない顔だ。
「なる。…………と思う」
「何だかいつになく自信なさげね。珍しい」
思わず言葉尻で曖昧な言い方をすると、美海ちゃんが訝しげな目を向けてくる。
正直な話、自分自身の実体験に基づいたものでもなく、かと言って検証できるようなものでもなく、単なる一般論をそのまま口にしたに過ぎなかった。
だから本音で言えば俺もそこまで効果を信じていなかったのだが、そんな気持ちが思いっ切り表に出てしまった形だ。
あーちゃんも恐らくコチラ寄りの人間だろう。
まあ、理由は根本的なところで大分違っているはずだけれども。
俺に関しては「プロ野球選手野村秀治郎」を演じている前世小市民に過ぎないからであり、彼女の場合は常識的な精神性から大分ズレてしまっているからだ。
究極的にマイペースな人間は周りに影響されにくいもの。
そのため、彼女にとっては特に必要なさそうなイベントでもあったのだが……。
「観客の応援はここって時に力になるらしいからな。その観客って存在をもっと具体的な誰かとしてイメージすることができれば、もっと効果があるはずだ」
今回の表敬訪問は正にそれが発端だが、俺は言いながら気まずさも感じていた。
理由は先程述べた通り、応援の力を余り信じていないからだ。
そもそも小市民でしかなかった俺は、不特定多数の誰かの応援を背に受けながら何かに臨むというような経験をしたことがない。
それもあって画面越しにスポーツ選手の「応援に後押しされました」というインタビューの受け答えを聞いても、本当だろうかと疑う類の人間だった。
まあ、スポーツを題材にしたフィクションでもよく言われることだし、実際にはそういうものなんだろうなとは思ってはいたけれども……。
それはどこまで行っても血の通っていない淡白な知識でしかなかった。
あくまでも頑張ったのはその選手で、成果を上げたのもその選手。
単なるリップサービスなんじゃないかという考えは頭の片隅にずっとあった。
その上で。
何の因果か、転生してプロスポーツ選手をやることになってしまった訳だが、結局【マニュアル操作】のおかげで応援の後押しが必要な状況に直面していない。
我が身で実感するまでは、心の底から信じることはできないままだろう。
海峰選手の件は割とヤバかったが、あれはそういうのとはまた毛色が違うし、あの時の俺を救ってくれたのはあーちゃんや父さん達だった。
これを広い意味で応援に含めるにしても、それはやはり彼女達だからこそだ。
まあ、とりあえず。
不特定多数の観客よりも具体的な誰かの方がより効果が高いはずという点については、特に反論する必要はない事実と見て間違いない。
勿論、それはあくまで2つの比較の話。
基準となるべき応援の力そのものの効果の程は分からない。
しかし、それはそれとして。
余りにも打算的ではあるけれども、応援してくれる人のイメージ形成はやっておいて損はないだろう。
「それで小学校に表敬訪問ってのも、単純過ぎる話じゃない?」
「まあ、いいじゃないか。折角の機会だし」
今正に美海ちゃんが言った通り、今日の訪問先は山形県村山市立耕穣小学校。
俺達が通っていた小学校だ。
だから、違う小学校出身の倉本さんは一緒じゃない。
彼女は彼女で自分が卒業した小学校へ行っているはずだ。
正直、倉本さんは余りいい思い出はなさそうで申し訳なかったが、わだかまりのない子供達との交流はマイナスにはならないだろう。
一方で俺達は特に小学校に悪い思い出はない。
「すなお先生に会うのは楽しみだけどね」
「僕のこと分かるかなあ。大分体が大きくなったし」
「どうだろうな。昇二は大分地味だったからな」
美海ちゃんも昇二も正樹も、何だかんだ乗り気だった。
俺達が出会った場所だからというのもあるだろう。
「前のインタビューでも名前を出してくれてたし、村山マダーレッドサフフラワーズの試合も見てくれてるみたいだからな。ちゃんと分かるだろ」
「インタビュー……俺のことをわざわざ話題に出して、先生を困らせてた奴だな」
と、俺の言葉を受けて正樹がちょっと不満そうに口を歪める。
彼を除いて俺達が日本代表に初めて招集された時、ここぞとばかりにすなお先生に取材に行ったメディアがあった。
その時の正樹はまだバッターとして日本シリーズで数度打席に立ったのみで、完全復活と言うには程遠いような状態だった。
東京プレスギガンテス関連のテレビ局の取材だったからというのは邪推が過ぎるが、結果日本代表に招集されなかった正樹について意地の悪い質問をしていた。
すなお先生は困った表情で当たり障りのないことを言っていたが、正樹としては自分の扱いよりも彼女にそうさせたことの方が気に入らなかったようだ。
入学してすぐに語った夢を笑われた時、すなお先生は庇ってくれたからな。
そのことを今も覚えていて、慕っているのだろう。
「今度会いに行ってみるって言いながら、1年以上経っちゃったわね」
「日本代表になったこともあって、慌ただしかったからな」
WBWが近づいてきて、色々やらないといけないことが増えたのもある。
そのせいで今ようやくという形になってしまった。
「一応、前に野球用具は寄贈したけれど」
「それで手紙を貰ったのよね。あれは嬉しかったなあ」
そんなことを話していると懐かしの母校に到着する。
まだ授業時間中なので校長室に通されて、校長先生に挨拶。
当時の校長先生は既に定年退職されていたので初対面だったが、そのせいもあってか過剰なぐらい腰が低かった。
この世界ではやはり日本代表野球選手の方が立場が強いのだろう。
まあ、今日の本題はすなお先生や生徒達との交流なので特に問題はない。
そうしてしばらく待っていると昼休みになり、更に少し待っていると校長室の扉がノックされてから静かに開かれる。
「すなお先生、お久し振りです」
「ええ。お久し振りです、秀治郎君」
立ち上がって挨拶した俺に、微笑みを浮かべて応じるすなお先生。
その姿に懐かしさを覚える。
初めてクラスを担任する2年目の先生だった頃よりも当然ながら貫禄が出ているが、その優しい表情は昔と変わっていない。
取材の映像は見ていたので卒業から8年経った今の彼女の姿はイメージできていたが、映像では俺達に向けていた表情とまた少し違っていたからな。
「皆、本当に立派になりましたね」
「先生のおかげです。全国小学6年生硬式野球選手権大会で優勝できたのも」
「そんな、私は何もしていませんよ。秀治郎君が引っ張っていったからこそです」
「色々と俺に任せてくれたこと。普通の大人ならできないことですよ」
本心からそう思う。
少なくとも俺達にとっては最高の環境だった。
それでもすなお先生は変わらず自分の手柄ではないと曖昧な表情で受け流す。
だが、こちらの感謝は本物だ。
伝わらなくても構わない。
「正樹君も……本当に、本当に日本代表招集おめでとう」
「ありがとうございます、先生!」
心の底から喜んでいることが傍目にも分かるすなお先生を前にして、それこそ小学生の生徒のような笑顔を見せて感謝の言葉を口にする正樹。
彼にとっては人生で最上位に来るぐらい嬉しい言葉だったのかもしれない。
中学生という多感な時期に大人に掌返しされ、割と捻くれた部分もあっただけに称賛の言葉を素直に受け取ることができる相手はきっと少ないだろうから。
「応援しかできませんが、ずっと見ていますからね。力の限り、頑張って」
「はい! 全力で頑張ります!」
「えっと、正樹君。そんなキャラだった……?」
すなお先生のエールに元気よく答える正樹に、まるで珍獣でも見るような視線を向けながらポツリと呟く美海ちゃん。
あーちゃんもあからさまに胡乱な目を向けている。
彼女達の気持ちも分かるが、正樹の反応も俺には理解できる。
そして恐らく。
正樹にとっては、すなお先生という存在こそが自分という野球選手を応援してくれる人々の象徴になることだろう。
応援の力、やっぱり本当に実在することはするんだろうな……。




