290 ルカ選手の提案
「彼女も、間違いなく日本代表の貴重な戦力です」
『成程。つまり日本はこのメンバーがベスト。これが関の山、ということか……』
コチラからすると不愉快な発言が更に続く。
しかし、そんな俺達を低く見るような言葉とは裏腹に。
ルカ選手の表情や声色には嘲りのような気配は感じられなかった。
どうやら彼は単なる戦力分析として口にしているようだ。
よくも悪くも自分の感情に素直な人間というところだろうか。
勿論、だから仕方がないとはならない。
気に留めず、スルーできるかはまた別の話だ。
もっとも、現状の日本代表に対する侮りについては俺としては全然構わない。
今回招集されていない正樹という秘密兵器や、俺自身の隠し玉もあるからだ。
油断を誘うこともまた1つの戦術。
むしろ術中に嵌まっているとも言えるが……。
その物差しとして美海ちゃんが使われるのは余りにも忍びない。
「わ、私は……」
後ろで会話を聞いていた彼女は、あからさまに動揺してしまっている。
ルカ選手の発言内容の是非はともかくとして。
こんな風に、赤の他人から面と向かって言われたのは初めてだったはずだ。
あの海峰永徳ですら大体は間接的な批判だったし、他の仲間も一緒くただった。
対照的に、今回は彼女1人が槍玉に挙げられている。
更に言えば、美海ちゃん自身も多少なりそういった自覚があったのだろう。
そういったことも影響し、ダメージが尚更大きくなった側面もあるに違いない。
「私、は……」
結果、言葉が続かなくなってしまっている。
そんな美海ちゃんに対し、誰もフォローを入れられずにいた。
下手な擁護は逆に彼女を傷つけかねない。
何より事実として。
美海ちゃんは総合力の点では一段以上劣っていると言わざるを得ないからだ。
日本人女性の平均に近い【体格補正】のせいでもある。
だが、それに関してはあーちゃんや倉本さんも然程変わらない。
やはり【生得スキル】を1つも持っていないのが大きい。
ナックルやイーファス・ピッチといった特殊球を習得しているものの、それらを効果的に活用できるのも倉本さんの【生得スキル】あってのこと。
あくまでも仮定の話になるが、もし美海ちゃんが1人で他球団に移籍したら、それら以外の球で勝負するしかなくなってしまうだろう。
現状の彼女の武器、強みを挙げると……。
Max144km/hながらもキレのある直球。
球界トップクラスの変化量を誇る縦横のスライダーとナックルカーブ。
それらを使い分け、コースに決めることのできる精密なコントロール。
総合的に見て、ハイレベルな技巧派投手といったような感じになる。
プロ野球選手としては十分だ。
当然チームの台所状況にもよるが、日本プロ野球の1部リーグで普通にローテーション入りできるだけの能力があるのは間違いない。
野手としても。
村山マダーレッドサフフラワーズ以外なら十分上位打線に置くに値する。
多種多様な【スキル】のおかげで、好打者として活躍できるだろう。
むしろピッチャーよりも野手としての方が評価されるかもしれない。
そこはさすがにルカ選手も承知しているようで……。
『ふむ? 悪いことを言ってしまったかな。別に君が下手だとか、そういうことを言いたい訳ではないんだ。普通に優秀な野球選手だとは思っているよ』
そうフォローのようなことを口にする。
しかし、正直なところ逆効果でしかない。
『ただ、今後のWBWでは場違いというだけさ』
正にその通りで、世界とやり合うには普通ではいけないのだ。
WBWは既にレジェンドの魂を持った選手や転生者によって荒らされている。
アメリカ代表1強であることは変わっていないけれども、度合いが振り切れ過ぎて情緒を滅茶苦茶にされた国もあるぐらいだ。
更に、今後は俺達も続々参戦して一層混迷を極めることになるのは間違いない。
普通の選手は、もうついてこられなくなるだろう。
これからは、何か飛び抜けたものがなければ勝利のピースにはなり得ない。
勿論、いざという時の控えも大事ではあるが、控えで当然という控えでは困る。
そうはなりたくないと美海ちゃんが本気で思うなら、選手として1つか2つ大きな壁を越えなければならない。
もっとも、これは仮定の話とは違って美海ちゃん単独である必要などない。
倉本さん込みで考えても何の問題もない。
総合的でなくても構わない。
一芸にのみ秀でた選手だって、突き抜けていれば喉から手が出る程欲しい。
ただ、正直なところ。
美海ちゃんの強化について、まだコレという確かなものは俺の中にはなかった。
いくらかアイデアはあっても有効性が担保できない。
危険性があるものだってある。
そんなものに彼女をつき合わせる訳にはいかない。
『いずれにしても、身の丈に合わない立場に拘ったって自分も身内も不幸になるだけさ。これ以上を望むのはやめておいた方が賢明だと思うよ』
「……それは貴方が決めることではないでしょう」
そんな弱い反論しかできないことに苦い思いを抱く。
それでも決定権は彼にはない。
最後は当人の気持ち次第なのは絶対だ。
『まあ、それはそうだね』
対して、ルカ選手はアッサリと俺の言葉に同意を示す。
あくまでも自分の意見を述べているだけ。
その体を崩さないようにしているかのようだ。
『ただ、実力が見合っていなければ、自ずと周りから吊るし上げられることになるだろう。それは中々に辛いことなんじゃないかな?』
……ネガティブなことを連ねてばかりだな。
しかし、そんなことを指摘して彼に何の得があると言うのか。
日本代表の不協和音の種だと思っているのなら、むしろ放置した方が自国にとってはメリットがあるだろうに。
その疑問の答えは続く言葉の中にあった。
『それでも尚、WBW級の野球選手として活躍したいと固く思うのなら、僕のところに来ればいい。全て叶えてあげられるよ』
一瞬、虚を衝かれたように思考がとまる。
まさかコイツ、こんな場所でナンパを?
「い、いや……そもそもプロ野球選手は、諸々制限されていますが」
移住にせよ、帰化にせよ、結婚にせよ。
前世の軍人のような要素も持ち合わせているプロ野球選手という存在は大きな特権を持つが、代わりにそういった部分については制限を受けている。
如何なる国であろうともそうだ。
俺としては現状、世界最高峰の大リーグへの移籍が不可能なことぐらいしか不便には思っていないのでそこまで気にしたことはなかったが……。
『そんな制限はハッキリ言ってナンセンスだよ。この世界だってもっと自由であるべきだ。だから、僕達はWBWで優勝して制限をなくすつもりなのさ』
ルカ選手は夢を語る少年のように純粋に表情で言う。
実現すれば、たとえ日本人女性でも……ということか。
「ですが、その、貴方にはパートナーがいらっしゃるのでは?」
『ふ、そんなことは障害にはならないよ。愛も自由であるべきさ』
いやいや、障害になるだろう。
いくら何でも浮気や不倫はマズかろうに。
『イタリアだって今や、野球で実績を作れば重婚も可能だからね』
む……。
確かに今生の世界だとそうなるか。
であれば、あくまでも当人同士が納得しているか否かの問題だが――。
この調子だと、前世でも同じようなスタイルで生きてたんじゃないか?
今生に限らず。
それこそ、どこかで痴情のもつれから刺されたりしてそうだぞ。コイツ。
……まあ、あの世界終焉のタイミングで生きていなければ魂ドラフトで選択対象になるようなこともなかったはずだ。
だから、それが死因とかにはなっていないだろうけど。
『ついでに君達もどうだい? 僕ならもっと高みへと連れてってあげられるよ』
「や、必要ないっす」
「人妻相手に、反吐が出る」
誘われたあーちゃんと倉本さんはあからさまな侮蔑の視線を送る。
特にあーちゃんは殺意すら感じるレベルだ。
対して、ルカ選手は軽く肩を竦めるのみだった。
『君はどうだい?』
「私は……」
改めて問われた美海ちゃんもまた不愉快そうではあった。
にもかかわらず、即答できないでいた。
とは言え、それは彼の誘いに迷ってのことではないだろう。
自分の立ち位置に対する自信のなさ故だ。
その美海ちゃんは俺とあーちゃんを見た。
視線が交わる。
彼女の表情が何かを思い出したように変化していく。
「うん」
それから意思を固めるように頷くと、ルカ選手と向き直って改めて口を開いた。
「私は。誰に何を言われようと、私を見出して、ここまで連れてきてくれた秀治郎君と一緒に戦い続けられるように頑張る。秀治郎君達と出会えたこの日本で」
「美海ちゃん……」
「みなみー……」
そんな彼女のハッキリとした言葉に、じんわりと胸が熱くなる。
必ず何か、更なるステップアップの切っかけを作らなければ。
そう強く思わせられた。
『そうか。それが君の幸せだというのなら、これ以上は何も言わないよ』
「ええ。もう二度とそんな妄言、吐かないで欲しいわ」
禍を転じて福と為すとでも言うべきか。
彼女にとって己を振り返って心を定める機会になったようだ。
一方で、強い態度で拒絶されたルカ選手は軽く苦笑する。
『にしても、こんなにも魅力的な女性に囲まれていてどうして……』
それから彼は首を傾げながら自問し、一先ずの答えを出したのか顔を上げた。
『まあ、日本人は奥手だって言うから、仕方のないことかもしれないね』
誰も【比翼連理】を持っていないことについて言っているのだろう。
視線を【スキル習得画面】に向ける。
やはり【比翼連理】はない。
だが、それについてはもう考えないことにしている。
代わりに。
【隠しスキル】【外国語理解(野球)】が増えていたので取得しておく。
球場で外国人野球選手と会話することが取得条件だ。
この場の5人は満たしている。
後で全員、取得しておくとしよう。
『愛しい人。ミーティングが始まるわよ』
『ああ、僕の天使。今行くよ』
呼びに来たアンジェリカ選手にそう応じたルカ選手は、俺達に『では、また』と告げてからホーム側ベンチへと去っていく。
……何か、明らかに直訳っぽい部分があったな。
まあ、それはいいか。
何にしても、まずは特別強化試合だ。
ここは、試合前に色々と引っ掻き回してくれたお礼をしてやろう。




