282 ちょっと気まずい能力査定
前々回のドラフト会議直後のことだ。
多くの有識者が当時の村山マダーレッドサフフラワーズのドラフト戦略について分析と採点を行うと共に、好き勝手に批判してくれた。
それ自体は他球団だって似たような目に遭っているし、毎年恒例の話ではある。
シーズンオフの風物詩の1つとも言えるだろう。
当然、去年のドラフト会議でも様々な記事が出ていたが……。
この時の村山マダーレッドサフフラワーズに対する論評の多くは、前年の諸々が影響してか非常に慎重な言い回しで行われていたとだけ言っておく。
それはともかくとして一昨年の話だ。
有識者達の口撃は、あの頃の常識としては理解できなくもない部分はあった。
一丁噛みしやすいというのもあるかもしれない。
しかし、対象は指名こそされたものの、まだ契約もしていない18歳の若者。
直接の矛先は村山マダーレッドサフフラワーズではあったにせよ、だからと言って気にせずにいられるかというと中々難しい。
メンタルケアが必要だ。
それも含んだ話として、俺は動画配信という形で世間に反論を行った。
大まかな内容は、主に美海ちゃん達への干渉に失敗した腹いせか一介の選手ながら有識者の真似事をしてきた海峰永徳を下げ、同時に仲間達をフォローするもの。
間接的に有識者達の権威を失墜させて、俺の発言力を高める目的もあった。
ただ、流れ弾的に他の選手を煽るような内容にもなっていたことは否めない。
と言うか、それによって何クソと発奮して更なるレベルアップを目指してくれれば、という期待をしていた側面もない訳ではなかった。
だが、【好感度】稼ぎという観点では噛み合っているとはとても言えない。
つまるところ、この場でそれを話題に出されるのは少々都合が悪かった。
正直な話、かなり気まずい。
「山崎はあの時点で85点だったよね」
「潜在能力は95点~96点と言われていたな」
「そ、そうですね……」
チームメイトである岩中選手が言うのは、まあ、いいとして。
白露選手まで正確に覚えていたことに、一層居た堪れない気持ちになる。
あの動画、何だかんだこんなところにまで影響があったらしい。
「それで、どうなんだ?」
と、改めて黒井選手が自分を採点するように促してくる。
本人の目の前でそれはさすがに少し躊躇してしまうが……。
一時の【好感度】のためにおべっかを使ったとして、それをそのまま鵜呑みにして気をよくするような選手が打倒アメリカの戦力になるとはとても思えない。
そんな選手はいらないし、彼らは海峰永徳のような俗物とは違うはずだ。
そう信じるのであれば――。
「率直に言わせていただきます」
「おう」
当たり前だと頷きながら簡潔に応じる黒井選手に対し、俺は気合いを入れるように1つ大きく息を吐いてから改めて口を開いた。
「現時点での黒井選手の点数は73点です」
「……73点、か」
大分緊張しながら告げた微妙な点数だった。
だが、彼は感情を乱すことはなかった。
真剣な表情を浮かべながら、その数字を咀嚼するように静かに目を閉じる。
「動画でも言いましたが、100点の基準としているのは大リーグの最強野手、バンビーノ・G・ビート選手と最強投手、サイクロン・D・ファクト選手です」
そのまま口を閉ざす黒井選手に不安を抱き、慌ててフォローするように続ける。
あの動画でも示していた基準だ。
「更に言うと、以前のアメリカ代表選手の平均が85点。一般的な大リーグの選手の平均が80点ぐらいとして採点しています」
ちょっと早口になるが、それに対する彼の反応はない。
言葉が途切れ、若干俯き気味になってしまう。
あーちゃんがマイペースにカツを食べている場違いな音だけが個室に響く。
「潜在能力込みの採点もしていたけど、それはどうなのかな?」
しばらくの沈黙の後、そう岩中選手に問われて俺は顔を上げた。
助け舟を出されたような感じだ。
「黒井選手の潜在能力込みの点数は88点~97点というところです」
「随分と幅があるね」
「はい。その……年齢的な部分もありまして――」
「若い選手に比べると猶予がねえってことか」
俺の言葉を引き継ぐように、ようやく黒井選手が口を開く。
眉間にしわを寄せているが、不快感からではなさそうだった。
少しホッとする。
正直に言えば、これは【成長タイプ】や【生得スキル】も絡んだ話だ。
黒井選手は【成長タイプ:マニュアル】ではないし、山崎選手のようにスキル取得に役立つ【生得スキル】も持っていない。
【好感度】80以上になって【経験ポイント】を多く得られるようになったとしても、有用なスキルを得ることができるかどうかは割と運次第になってしまう。
それと同時に。俺達が正に口にした通り、年齢的な問題もある。
ここから彼には徐々に【年齢補正】にマイナスがかかってくる。
【衰え知らず】でもない限り、こればかりは避けようのないことだ。
次回WBWまでは何とか持つだろうが、そこから先は衰えが見えてくるだろう。
それまでの短期間にステータスをカンストさせ、尚且つ100%理想的な形でスキルを網羅することができてようやく97点といったところだ。
とは言え、理想はあくまでも理想。
実際には90点前後が現実的なところだと俺は思っている。
うかうかしていると、88点にも到達せず野球人生が終わる可能性も十分ある。
「山崎は潜在能力込みで最大96点。秀治郎選手は最大97点。そして黒井君もまた最大97点。その1点の差に何か意味はあるのかな?」
「黒井選手は体格がいいので。その分で山崎選手より1点多くしています。自分に関しては、体格とはまた別の部分で加点がある感じです」
黒井選手は生まれながらにして体格がよく、日本人離れしたものがあった。
日本代表に選ばれる程の活躍をしてくることができた大きな要因の1つだった。
「なら、俺はどうだ?」
「白露選手は現状72点。潜在能力込みで89点〜96点です」
「黒井君よりも少し若いけど、体格に劣るから、というところかな」
岩中選手の解釈に「そうなります」と応じた。
タイトルを取った野手は【マイナススキル】でもない限りは大体70点程だ。
「僕と佐々藤さんはどうだい?」
「岩中選手は現状80点。潜在能力込みで84点~89点です。佐々藤選手は現状69点。潜在能力込み79点~86点です」
「潜在能力込みの点数が低いね。これこそ年齢の問題があるのかな」
「……はい」
ちょっと答えにくい問いかけだったが、率直にと言った以上は仕方がない。
一瞬間を置いてから頷いて肯定する。
2人共、既に【年齢補正】のマイナスが発生し始めている。
ただ、最年長の佐々藤選手は実は【生得スキル】【晩成】を持っている。
そのおかげでまだ能力の上限値はそこまで目減りしていないという感じだ。
「ですが、岩中さんの点数。大リーガー並みですよ?」
「確かに昨シーズンはかつてなく体がキレていたけどね。点数はともかく」
山崎選手が持つ【経験ポイント】取得量増加系スキルのおかげでステータスが向上しているし、試合で勝っているおかげか有用なスキルも取得しているからな。
実際、能力の上では一般的な大リーガーレベルまで来ているのは間違いない。
とは言え――。
「ピッチャーの点数は判断が難しい部分もあります。例えば、佐々藤選手については69点と言ったものの、1イニング限定なら75点相当となります」
「スタミナも考慮した上での点数ということか。だとしたら、1イニング限定だと潜在能力込みで何点程度になるんだ?」
「85点~90点というところですね。更にフォークやスライダーに絞れば、現時点で90点。ほぼ完成されていますが、92点~93点になる余地もあります」
ストレートも未だ150km/h台だしな。
年齢に反してリリーフならまだまだ活躍できる選手だ。
「そういった高得点の要素をうまく使えば、ピッチャーは格上の相手にも通用します。配球によってはジャイアントキリングも十分可能です」
「……成程ね」
俺の言葉を受け、岩中選手や佐々藤選手もまた深く考え込む。
「秀治郎選手、実はそれっぽいことを言っているだけでは?」
再び訪れた沈黙の中、山崎選手が不審そうに問うてきた。
まあ、点数ばかりで具体的な中身はないからな。
そう言いたくなる気も分かる。
俺に対抗心を抱いている彼ならば尚のことだ。
山崎選手に関しては【好感度】よりも競争意識の方が重要。
なので、ちょっと煽りに行くことにする。
「山崎選手は昨シーズンで94点ぐらいまで伸びましたね。素晴らしいことです」
俺が笑顔と共に言うと、彼は何とも微妙な表情を浮かべた。
ちょっとイラっとしたようだ。
「……少なくとも海峰君は凋落し、山崎が大ブレイクしたのは間違いないからね」
「いや、自分はあの動画の前から打ち始めていましたが」
「それはそうだけどね。だからと言って、彼らと同じように突出した数字を残すまでになるとは誰も予想していなかっただろう?」
「それは、そうですが……」
「何より大松選手や磐城選手、あの時に名前を挙げられた村山マダーレッドサフフラワーズの彼らは実際に歴史的な活躍を果たした。それもまた確かだ」
岩中選手の言葉に黙り込む山崎選手。
どちらかと言えば、こちらの事実の方が重い。
あの採点に説得力を生むには十分だ。
「つまるところ、俺達にはまだ伸び代があるってことか?」
「はい。あくまで現時点でのものになりますが、そうなります」
真正面から返した俺の答えに、黒井選手は苦虫を噛み潰したような顔になる。
それは俺の採点に対するものではなく――。
「逆に言えば、今までそれだけのものを無駄にしてきたって訳か?」
代わりに白露選手が口にしたことが理由だろう。
【経験ポイント】取得量増加系スキルの有無は余りにも大きい。
そう感じても不思議ではない。
「それでも、まだ積み上げられるものがあるのなら。成長する余地があるというのなら。それはとても幸せなことだよ」
そんな岩中選手の言葉に、佐々藤選手が「ああ」と深く頷きながら続ける。
「残る野球人生、決して衰えと戦うばかりじゃない。それを保証してくれるというだけで、モチベーションの維持は楽になるからな」
勿論、これがなくとも彼らはストイックに野球の道を突き進んでいたはずだ。
しかし、それでも停滞や後退は常に意欲を削り落とそうとしてくる。
だからこそ、まだ進む先があるという事実は希望にもなり得るだろう。
「とは言え、今までと同じことをしてたって何も変わらないだろ?」
「それは、そうですね」
「だったら、何を変えればいい? 教えてくれ」
深々と頭を下げる黒井選手に少し驚く。
こんな年下に教えを乞うことができるのは、きっとこれまでやれる限りのことを自ら考えてやってきたからこそに違いない。
そんな彼の姿に感銘を受けつつ、俺は姿勢を正して口を開いた。




