266 地元テレビ局への出演は息抜きを兼ねて④
「では、早速それぞれのコーディネートを見ていきましょう。まずは野村秀治郎選手のコーディネートです。どうぞ!」
進行役の山坂アナウンサーに促され、俺の選んだ服に着替えたあーちゃん達がイベントスペースに特設された簡易的な試着室から出てくる。
予算の10万円については特定の誰かを贔屓せず、おおよそ3等分にした。
その上でひたすら無難に纏めたつもりだったのだが――。
「如何にも男の人が好きそうなスタイルね。私や未来は余り着ない系統だわ」
美海ちゃんには若干呆れ気味にそんなことを言われてしまった。
ま、まあ。彼女のその評価については偏見も含まれるだろう。
恐らく。きっと。
結局は個人の好みだし、当人に似合っているかどうかの方が重要だからな。
実際、その時々によってファッション誌も書いてあることが違ったりするし。
「と言うか、これって茜っちが普段着てるような格好っすよね?」
「ん。実家のような安心感」
反応を求められるようにカメラを向けられ、僅かに視線を逸らして頬をかく。
確かに倉本さんの言う通り、俺のコーディネートは全てあーちゃんの余所行き用の服のようなカジュアルガーリー系で方向性が統一されている。
さすがに昨日や今日のものとは少しズラしてはいるけれども。
僅か1時間ではファッションの系統に至るまで各人に合わせたコーディネートをする余裕はなかったので、ここは俺が1番慣れている形でやらせて貰った。
まあ、美海ちゃんと倉本さんにはちょっと悪いかもだが、夫婦だからな。
金額は同じぐらいにしたので、それで許して欲しい。
彼女達の趣味に寄せるのは体面的にも問題があるし。
2人が余り着ない系統ということはつまり、貴重な姿と言うこともできる。
視聴者サービスという観点で言うなら、そこまで悪い選択でもないはずだ。
……という判断が正しいかどうかは、投票結果が示してくれるだろう。
「続いて野村茜選手のコーディネートです」
続いてあーちゃんのターンとなり、今度は俺も試着室に入る。
念のために言っておくと、試着室はちゃんと4つ設置されていた。
俺が入ったのは、先程は誰も使っていなかったところだ。
そこにあーちゃんが選んだ服を持ち込み、早速着替え始める。
自白していた通り、彼女は支給額の大半を俺用のコーデにつぎ込んでいた。
具体的には7~8万円、ここだけで消費してしまったようだ。
結果として、美海ちゃんと倉本さんの服は――。
「……これこそ正に、実家のような安心感ね」
「近くのコンビニ辺りに出かけようとして、さすがに部屋着はマズいだろうと適当にクローゼットから引っ張り出して着替えたような格好っす」
うむ。俺の印象も倉本さんの評価そのまんまだ。
セットで買うと単価が1990円になるような上下と2990円のアウター。
1000円ちょいのスニーカー。
別にそれが悪い訳ではないが、急いで買ったせいか絶妙にダサい。
こういうのを芋っぽいというのだろう。
そうは思いながらも俺は黙して語らず。
別にあーちゃんに配慮した訳ではない。
正直なところ、俺の格好も人のことは言えないような状態だったからだ。
「私達よりも秀治郎君よ。ホント何それ」
「売れないヴィジュアル系のロックバンドっすか?」
「茜の好みってホントはこんななの?」
明らかにそうとは思ってないことが分かる半笑い気味な美海ちゃんの問いかけに対し、あーちゃんは首を激しく横にブンブンと振って否定する。
いつになく大きなリアクションだ。
「テレビを意識し過ぎて混乱しただけ」
目に見えて落ち込んでいる彼女の言う通り、普段のチョイスとは全く違う。
いつもはベンチャー企業の社長みたいなオフィスカジュアル系だ。
しかし、今の俺の服装は用途の分からない謎のベルトがいくつもついていて何ともゴテゴテした感じになっている。後、黒い。
首から上はいつもの俺のままなので、調和も全く取れていない。
そのせいで尚更酷いことになってしまっている。
「秀治郎君、恥ずかしそうよ」
「ん……しゅー君、ごめんなさい」
「い、いや、まあ、うん。たまにはいいんじゃないか?」
そのままノーコメントを貫こうかとも思ったが、あーちゃんに心底申し訳なさそうに謝られてしまったので曖昧な感じでそう応じる。
さすがに今回ばかりはそれ以上のフォローはできなかった。
「表情が引きつってるっすよ」
倉本さんにもそんな指摘をされてしまう程だ。
もうどうしようもないので無言の苦笑を返しておく。
「き、気を取り直しまして、浜中美海選手のコーディネートです!」
アナウンサーの人も反応に困ったようで、余り触れることなく次に進む。
まあ、ここは軽くスルーして貰った方があーちゃんにとってもいいだろう。
ともあれ、美海ちゃんのターンだ。
彼女のコーディネートは総じて都会の大学生といった印象を受けるものだった。
女性陣はお嬢様大学の学生のような雰囲気。
ファッションの系統で言うなら清楚系+お姉さん系というところか。
俺に関しても全体的にインテリ風で纏めてくれている。
やや短絡的な感もなくはないが、やはり伊達メガネがポイントだろうか。
「しゅー君、よき」
「そうか? あーちゃんも似合ってるぞ」
「ん。嬉しい」
「こらそこ、イチャイチャしない」
若干怒ったように文句を言いながらも、実質的に自分のコーディネートを誉められたようなものでもあるので美海ちゃんは悪い気はしていない様子。
実際、俺も本心からセンスがいいと思う。
だが、敢えて1つケチをつけるとするなら。
髪型がいつも通りなところだろう。
勿論、さっきの俺のように致命的ではないが、少なくとも最適ではない。
全体的にいい感じなだけに、ちょっと引っかかってしまう。
まあ、レベルの高さの表れとも言える。
「最後に倉本未来選手のコーディネートです。どうぞ!」
特に理由もなく大トリとなった倉本さんのそれは、総合するとライトな原宿系。
如何にも若者然としたスタイルだった。
あーちゃんチョイスのファストファッション程ではないものの、若年層に手が出るようにある程度価格が抑えられている。
しかし、個性を出せるように色んな意味でトリッキーにデザインされた服だ。
更にチョーカーやらブレスレットやらの小物も散りばめられている。
微妙に余ったお金をうまく活用したようだ。
「エキセントリック」
「そうだな」
転生者の俺からすると果たして許して貰えるのだろうかと心配してしまうような服装だが、肉体年齢からすると意外と悪くはないかもしれない。
色つきのウィッグを使ってヘアスタイルもそちらに寄せていて、纏まりもある。
勿論、それを視聴者が好んで投票してくれるかはまた別の問題ではあるけども。
いずれにせよ、倉本さんもかなりファッションセンスがいいと思う。
これで一通り出揃った形だが、もし俺が視聴者だったら投票に迷うことだろう。
一部を除いて。
「各々の個性が出た、非常に面白いコーディネートとなりましたね」
そうして。
山坂アナウンサーが2本撮りの1本目の纏めにまず入る。
最終的な勝者は正直読めないが、どの道この時点ではまだ結果は出ない。
「この勝負の勝敗は番組を御覧の皆様の投票によって決まります。是非、番組ホームページから最もよかったと思うものに1票を投じて下さい」
ちなみに。
投票者の中から抽選で何名かに俺達のサイン入り色紙やグッズをプレゼントすることになっているので、さすがに酷い投票数にはならないはずだ。多分。
とにもかくにも、これで収録1本目は終了。
後は、服を物色中のあれやこれやをいい感じに編集して放送されることになる。
「では、皆さん。次の撮影場所に移りましょう」
「分かりました」
2本撮りの2本目はコスプレショップでのコスプレ対決。
今度は打って変わって自己プロデュース寄り。
自分に合うと思ったコスチュームを市販品の中から3種類選び、実際に着る。
金額に制限はない。
こちらも視聴者投票で最多得票となった者が勝者ということになる。
投票者にはコーディネート対決と同じく抽選でプレゼントがある。
「ま、こっちも無難に行くか」
「わたしはしゅー君に合わせる」
コスプレで俺に合わせるとはこれ如何に。
そう思ったが、後についてきた彼女の1つ目のチョイスを見て納得。
ならばと俺達は2人セットになるような感じで選ぶことにした。
まず昔の書生っぽくシャツに着物を合わせた俺に対し、あーちゃんは大正時代の女学生のような袴にブーツを選んだ。
レトロでハイカラだ。
2つ目は割と定番であろう執事服にメイド服。
これらの意匠はサブカル寄り。
3つ目は開き直って更にセット感を出そうと、古きよきアメリカのカートゥーンに登場するようなコテコテの王子様とプリンセス。
ここまで来ると、一緒に選んでいて互いに笑い出してしまいそうだった。
「……ちょっとそれは卑怯じゃない?」
「まあ、系統が近いと逆に票が分散して不利になりそうな気もするっすけどね」
「試合に勝ったとしても勝負に負けた感じになりそうよ。全くもう」
そんな俺達に呆れ果てた様子の彼女達が選んだのは以下の通り。
美海ちゃんはクラシカルなメイド、千早つきの巫女装束、それとゴスロリ。
定番どころを抑えているが、この露出の低さ。
生来の真面目さがどことなく滲み出ている。
倉本さんはチャイナドレスにサリーにディアンドルと中々ワールドワイド。
コーディネート対決の時もそうだったが、実に個性的だった。
とは言え、番組的にも変に被ったりするよりはいいだろう。
唯一被ったメイドも方向性が違うし、投票の選択肢は豊富と言える。
割と結果が楽しみかもしれない。
と、そんな感じで2本目も無事に撮影終了。
ロケ車に乗り込んで山形県に帰り、そのまま解散となる。
「これで当面、テレビの撮影はなしね。次は全国放送で12月の収録だっけ?」
「ああ。地元以外はあの番組だけってことにして貰ったからな」
「いやあ、それにしてもウチらがお正月番組に出演するなんてビックリっすよね」
今生だとアレは視聴率が頭1つ飛び抜けているからな。
実際、彼女達も毎年見ていて馴染みがあるはずだし、尚更そう思うに違いない。
「けど、疑似的なものとは言え、芸能人と野球対決でしょ? 秀治郎君に昇二君に正樹君。更に茜に未来までいたら戦力過多じゃない?」
「……圧勝し過ぎたらクレームが来るかもしれないっす」
「まあ、そこはそれ。ちゃんとハンデになる企画を俺が考えたからさ」
「え、秀治郎君が? ……何だか怖いわね」
美海ちゃんに少し不審な目で見られてしまい、思わず苦笑いする。
バラエティ番組とは言え、野球関連の全国放送は貴重な機会だ。
それを逃す手はない。
うまく利用して日本野球界に刺激を与えたい。
「何にせよ、相手が芸能人だからと舐めてると普通に負けるかもしれないギミックを用意したからな。当日はガチでやらないと大恥をかくかもしれないぞ」
俺も含めてな。




