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第3次パワフル転生野球大戦ACE  作者: 青空顎門
第3章 日本プロ野球1部リーグ編

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258 下交渉

 下交渉とは言わば根回し。

 先んじて球団と選手の間で擦り合わせをして粗方の契約内容に合意しておくことで、本番の契約更改をスムーズに進行させるためのものだ。

 特に年俸や契約年数など内容に大きな変動があったり、FAが間近に控えていたりするタイミングでの契約更改は当然のことながら揉めやすい。

 今生にはまだ存在しない制度であるポスティングシステムを利用したいと考えている選手が、前世でそれを念頭に置いた契約をしようと逸って拗れた例もある。

 そうした如何にも難航しそうな選手は、以前から下交渉が行われていたらしい。

 出たとこ勝負は余りにもエンターテインメントに寄り過ぎているし、ビジネス的にはしっかり根回しをしておくのは当たり前のことと言えなくもないだろう。


 ただ、最近では猫も杓子も下交渉からスタートするようになったとも聞く。

 昔と違って些細なコンプライアンスにうるさくなってしまった現代社会。

 契約更改が拗れて長引いてしまうと互いにイメージダウンに繋がりかねない。

 そんな風に考えてのことに違いない。

 実際、下交渉のおかげで保留件数は年を追う毎に減っていっているそうだ。


 だが、その一方で。

 本番で波風が立ちにくくなった結果として、契約更改のエンターテインメント性が若干薄れてしまっているという見方もできる。

 勿論、他人の給料という俗っぽい話だ。

 それをエンタメと見なすのはどうかという意見もあるだろうが……。

 かつてのそれよりも地味になったと内心思っている人は間違いなくいるはずだ。

 だからこそ時折展開される熱い銭闘が一層際立つ側面もあるが、実際に当事者の立場になってしまえば万事つつがなく進む方がいい。


「失礼します」


 そんなことを考えながら練習球場備えつけの会議室に入ると、お義父さんと編成部の人間が数人待ち構えていた。

 球団によっては下交渉を電話で行ったりもすることも多いと聞く。

 しかし、少なくとも今年の村山マダーレッドサフフラワーズの下交渉は対面式。

 本格的な契約更改は今回が球団初であるだけに、保留連発のような事態を避けるために一先ず顔を合わせて丁寧にやろうとしているのかもしれない。

 球団社長であるお義父さんがこの場にいるのも、その辺りの事情に加え、まだまだ新興球団であるが故にノウハウが不十分というのが理由だろう。


「気を楽にして、まずは座ってくれ」


 俺にそう言って椅子を手で示して促すお義父さんだが、それよりも編成部の人達の間に漂っている緊張感をどうにかした方がいい気がする。

 こちらにまで伝染してしまいそうだ。

 目の前にいる面子がもう本番さながらなのも、それに拍車をかけてくる。

 下交渉と銘打ってはいるが、もはや契約更改の初回という感じがする。


 まあ、仕事は根回しと段取りが8割とも言うからな。

 むしろ、この場こそが真の本番という見方もできるかもしれない。


「今シーズンは秀治郎の大車輪の活躍のおかげで、村山マダーレッドサフフラワーズは初年度から日本一という快挙を成し遂げることができた。まずはありがとう」


 言いながら頭を下げるお義父さん。

 さすがにもう感極まって言動が怪しくなることはないようだ。

 ビジネスモードという感じで落ち着いている。

 いや、口調は家族向けなので準ビジネスモードという感じか。


「いえ。俺だけの力ではありません。茜と浜中選手、瀬川選手、倉本選手がいてこそのリーグ優勝。そして日本一だったと思います」


 対して、こちらは編成部の人の目もあるので余所行きの態度で応じる。


 もし村山マダーレッドサフフラワーズにいるのが俺1人だけだったら、それこそ登板頻度を倍以上にするとかしないと無理だったに違いない。

 それでもスペックを十分発揮できるキャッチャーがいないなど問題が色々と出てくるだろうし、明らかな酷使を世間は勿論のこと球団も許さなかったはずだ。

 もっとも、俺とあーちゃんはセットだし、彼女との出会いがなければ村山マダーレッドサフフラワーズに入団することもなかったとは思うが……。

 俺とあーちゃんの2人だけでも1部で初年度からというのは厳しかっただろう。

 球界のエース級の活躍を見せた美海ちゃん。

 俺の後の打順に入り、申告敬遠の効果を最小限に抑えてくれた昇二と倉本さん。

 シーズン145勝まで勝利数が伸びたのはこの辺りがうまく噛み合った結果だ。


「ですので、彼女達もしっかりと評価してあげて下さい」

「ああ、それは勿論だ」


 深く頷くお義父さん。編成部の面々も背筋を伸ばして堂々としている。

 少なくとも球団側としては、何1つ恥じ入ることのない額を考えているようだ。

 いずれにせよ、彼女達の成績もまた球界トップクラス。

 特に倉本さんは歴史を作ったのだから、年俸をガッツリ上げてあげて欲しい。


「とは言え、今はまず秀治郎のことだ」

「はい」


 お義父さんの言葉に背筋を正す。

 編成部の人の緊張感で部屋の空気が張り詰める。


「早速だけど、こちらとしては3年60億+出来高をまず提示したい」

「年俸20億の3年契約ですか。それに出来高。……成程」


 前世の日本プロ野球の最高年俸は9億円。

 今生ではおおよそ倍の18億円前後。

 20億円は後者を少し上回る数字だ。


 ……いや。冷静に考えると、2億円は少しなんてとても言えない数字だよな。

 割合で騙されてしまっているけれども、18円が20円になるのとは訳が違う。

 何だかんだで、俺も金銭感覚が狂ってきているのかもしれない。

 少し自省しなければ。


「も、勿論、今季の成績から言えば更にその3倍以上が適正なところですが、ルーキーイヤーであり、まだ単年の実績であることを考慮した数字となっています」


 編成部の査定担当の人が、ハンカチで汗を拭うような動きを見せながら言う。

 冷や汗だろうか。

 心の中で自分を戒めていたのを不満と勘違いされてしまったのかもしれない。

 俺としては13億2000万円をベースに多くても10億円台後半ぐらいの想定でいたので、ちゃんとしてくれたなという印象だったのだが。


「ルーキーイヤーから複数年契約というのも異例のことです」


 どちらかと言うと、こちらの部分に内心首を傾げてしまう。

 異例なのはその通り。

 だが、入団してから数年はそもそも戦力外通告を受ける可能性が低い。

 複数年契約の大きな利点の1つは無意味になってしまっていると言ってもいい。

 それ以上に――。


「たとえ来シーズン活躍できなくてもこの年俸なのは確かに1つ魅力的な部分ではあるでしょうが、同等の活躍をしたらその時点で大分損なんですよね。それ」


 日本プロ野球界のレベルが急に上がって今年の5割程度の活躍しかできなかったとしても、数字だけで言うなら今生換算30~40億円程度の価値はあるだろう。

 不振や怪我で成績が落ちても金額が変わらないメリットは確かに大きいが、それは【怪我しない】上に【衰え知らず】な俺でなければの話だ。

 そう考えると素直に単年契約にしてくれてもいいのだが……。


「そうは言うけどな。左右で投げ分けているとは言え、今季50登板もしているんだ。どこかで怪我をしてしまうのが俺達は心配なんだ」

「複数年契約であれば、生活の安定が図れますので」


 3年間年収20億円の保障。

 勿論、税金で持っていかれる分はあるものの、たとえ怪我や病気で野球人生が終焉を迎えてしまったとしても一生食うに困ることはない。

 何なら1年目の年俸だけでも十分だが、それこそ致命的な状況にでもならないと計画的に支出を抑えようという考えには中々至らないだろうからな。

 戦線離脱しても尚、一定期間一定額入ってくるというのは安心感が違う。

 スキルなんて摩訶不思議な話を知らない彼らからすれば、この1年間大車輪で働いた俺に対する配慮として複数年契約を提示してくれているのは確かだろう。


「まあ、そもそもの年俸をもっと増やしたい気持ちもあったんだが……財務のバランスを見て現時点で提示できるのはここまでだった。申し訳ない」

「球団社長。義理の息子だからって、そこまでぶっちゃけなくていいですよ」


 深々と頭を下げてくるお義父さんに思わず苦笑してしまう。

 それこそあーちゃん達の年俸(恐らく3~4億円ぐらい)もあるし、ユースチームの創設や新球場建設に関連した支出もある。

 今年の収入は1部昇格ブーストも含むだろうし、来年以降の予測も割と難しい。

 そんな過渡期の中での契約更改だ。

 正直、俺は日本プロ野球史上最高額を出してくれた時点で年俸に文句はない。

 成績とルーキーイヤーであることを天秤にかけてもバランスがいいと思うしな。


「しかし、来季も秀治郎が変わらず活躍してくれれば完全な安定軌道に乗ることができるのは間違いない。そうなった時、年俸がそのままなのは好ましくない」

「そこで色々と出来高をつけたいと思っています」


 +出来高、の部分の話だな。

 契約更改の話題でも時折目にする出来高払い。

 これはノルマと達成報酬みたいなもの。

 何本ホームランを打てばいくらといった条件を契約につけることで、球団側は基本給的な年俸部分の暴騰を防ぎ、選手側は成績に応じた対価を得ることができる。

 まあ、前世には出来高部分を達成させないようにして支出を抑えるために起用方法を変えるといった問題が起きたりもしていたが……。

 それで試合に負けたりしたら、今生では敗退行為として徹底的にぶっ叩かれる。

 来季も活躍できる自信のある選手にとってはWin-Winの契約と言えよう。


【怪我しない】上に【衰え知らず】な俺は完全出来高制でもいいぐらいだが……。

 そこまで行くとさすがに非常識過ぎて変な目で見られかねない。

 対外的なことを考えても、やはり年俸+出来高ぐらいが丁度いいだろう。


「こちらがそのリストです」


 編成部の査定担当の人にタブレットを渡される。

 正直、来シーズンについてはこの年俸で何ら問題ない。

 問題は再来年と3年後。

 俺を慮ってくれての複数年契約とどう整合性を取ってきたのか。

 とりあえず一通り確認させて貰うとしよう。

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