閑話29 続・日本シリーズ決勝ステージ東京プレスギガンテス対村山マダーレッドサフフラワーズ第2回戦全国放送生中継
村山マダーレッドサフフラワーズ先発の浜中美海選手と言えば、昨年このインペリアルエッグドーム東京で苦い経験をしております。
去年のドラフト会議前の特別番組で行われたエキシビションマッチの件ですね。
私も覚えています。
ああ、あれか……。
苦いと言えば、まあ、確かに苦い経験だっただろうね。
色々な意味で。
(含みを持たせた落山秀充の言葉を受け、ネット上でまことしやかに囁かれていた噂がSNSで再燃。それを念頭に置いた投稿が増え、トレンド入りしていた)
そ、そもそも。
ナックルはドーム球場では効果を発揮しにくいと聞きますが……。
あくまでも発揮しにくいというだけで、全く揺れない訳ではありません。
環境が安定しているから、不規則性が低減するとも言われていますけど。
バッターにナックルと気づかせることなくリリースすることができれば、最低でもチェンジアップ+α程度には威力を発揮するでしょう。
まあ、その部分こそがナックルの難易度が高い部分だけどね。
浜中選手は俺が過去対戦したナックルボーラーとは比べものにならないぐらいに洗練されているけど、それでもしっかり集中していれば見極められるし。
ただ、甲子園を沸かせた頃の彼女と違って今や武器はナックルだけじゃない。
今年習得したって話の縦と横のスライダーは変化もキレも一級品だ。
ナックルを単なる見せ球として使ったとしても、十分戦えるピッチャーになったことはレギュラーシーズンの成績から言っても明らかだ。
唯一の弱点は球速、でしょうか。
数値で言うなら確かにその通りではありますけど、さすがに酷ですよ。
女性でありながら144km/hを出している時点で彼女もまた野村秀治郎選手達と同じ、常識から逸脱した存在です。
と言うか、単なる球速ということなら160km/h台の送球を投げる野手だっているからね。ブルペンで150km/h以上を計測する選手もいる。
けど、それだけではピッチャー足り得ない。
ストレートの伸び。変化球のキレ、球種の豊富さ。球の出どころ。
ストライクゾーンの四隅にキッチリ投げ込むことのできるコントロール。
それを何球、何十球と続けられる再現性とスタミナ。
ピッチャーの素質というものは多岐にわたるものだからね。
その全てで一定のレベルを求められるし、その中でも特に再現性は肝になる。
俺だって現役時代なら何十球かに1球や2球なら本職と遜色ないぐらいの球を投げられたけど、ピッチャーとして登板できるかと言ったらさすがに無理な話だ。
プロのピッチャーに必須の能力は、大分特異なものがあるよ。
ねえ、綿原君。
そうですね。
当のピッチャーでさえ、100%の球を投げることができるのは稀ですから。
落山さんが挙げた要素全てにおいて平均して高いレベルの投球を維持する。
それがチームを代表してマウンドに立つ上で何よりも大事なことで、野手とピッチャーを分ける最大の壁でもあります。
そもそも、単に速いだけでいいなら緩急なんて技術は生まれませんからね。
私自身も渾身のストレートを軽く柵越えされて、緩い球でボテボテのゴロに打ち取れた、なんて経験を何度したことか。
勿論、球が速いに越したことはないけどね。
それも立派な指標の1つなのは間違いないし。
ただ、浜中選手より球速が遅くて第一線で活躍した選手は何人もいる訳で……。
いずれにしても、彼女は総合的に見ても日本トップレベルのピッチャーだよ。
そもそも、そうでなければ無傷の25連勝なんてあり得ない話ですからね。
いくら援護率が球界随一の高さだったとしても、先発登板している以上はコールドゲームでもない限りは5回を投げ切らないと勝ち星はつきません。
更に言えば、援護頼りではないことはQS率を見れば一目瞭然です。
ナックルが使いにくい非ドーム球場と比べると若干防御率が悪いのは否めないけど、ドーム球場だけ抽出しても球界トップクラスのQS率だからね。
ええ。
そして今日の試合はそんな彼女に対し、東京プレスギガンテスがこのインペリアルエッグドーム東京でどうようにして挑んでいくのか。
それもまた1つの見どころになると思います。
お二方、ありがとうございます。
その浜中選手の投球練習が終わりました。
1回裏の東京プレスギガンテスの攻撃が始まります。
先頭打者はセカンドの仁塚利久選手。
キャッチャー倉本未来選手、アウトコース低めに構えました。
浜中選手、第1球を、投げました!
スライダーが外いっぱいに決まって1ストライク。
仁塚選手、初球は見送りました。
相変わらず、いいスライダーだね。
今日も調子は悪くなさそうだ。
初っ端からエグい球だなあ。
決め球に使ってもいいぐらいでしたよ。
そんなのが初球から来たら、まあ、振らないよね。
この試合の先頭打者でもあるし。
ボールが返って2球目。
キャッチャー倉本選手の構えはインコース。
浜中選手、投げました!
低めに落ちる球!
仁塚選手は振りに行きましたが、バットは空を切りました。
ワンバウンドする縦のスライダーでノーボール2ストライクとなりました。
これも凄いキレだ。
倉本選手はよくこともなげに捕りますよね。
ナックルもそうですけど。
何気に村山マダーレッドサフフラワーズのキャッチャー陣は全員化物だよ。
野村秀治郎選手は言わずもがな。
彼と専属でバッテリーを組んでいる野村茜選手も、浜中美海選手専属の倉本未来選手も、キャッチングだけじゃなく送球技術も優れているからね。
舐めてかかって盗塁死した選手が何人いたことか。
球速は出ていないでしょうが、ポップタイムは一流捕手と遜色ないですからね。
送球までの動作が余程効率化されているのでしょう。
3球目。倉本選手はアウトコースにストライクゾーンから外して構えます。
ここでナックルが来た! ファウル!
見逃せばボールでしたが、仁塚選手は振りに行って何とか当てました。
ああいうところから揺れて入ってくることもあるのがナックルですからね。
それが本当に厄介なところです。
まあ、ドーム球場だから、やっぱり変化は乏しかったけどね。
他球場でのイメージもあるから仁塚選手もカットに行ったんだろう。
この試合初ナックルだし、今日の環境では入ってくる、という可能性もある。
カウントは変わらずノーボール2ストライクの状況です。
追い込まれた仁塚選手は何を狙ってくるのか。
浜中選手、4球目を……投げました!
空振り三振! 1アウト!
インコース高めへのストレートは自己最速! 144km/hでした!
ボール球だったけど、つい手が出てしまった感じだったね。
球速が比較的遅めだからそうしたくなる気持ちは分かるけど、彼女の直球も回転成分がいい上質なものであることは確かだ。
外角低めへのナックルからの内角高めへのストレートですからね。
対角線で、尚且つ緩急もありました。
とは言え、仁塚選手もボール球を無理に振るような選手ではないんだけど……。
特にナックルとストレートを狙うように指示を受けているのかもしれないね。
続いて2番打者。ライトの高井久伸が左のバッターボックスに入ります。
浜中選手、テンポよく1球目を、投げました!
打った!
流した打球は内野の頭上を越えて、レフト前へ。
ヒット!
1アウトランナー1塁となりました!
打ったのはストレートですね。
外角高めのボール球でした。
バットの先端だったので力は十分に伝わっていなかったでしょうが、丁度いいところに落ちてくれましたね。
元々積極的に振ってくるバッターではありますが、落山さんの言う通り、ストレート狙いを厳命されているのかもしれません。
多少ボールでもスライダーよりはマシという考えでしょう。
あの2種類のスライダーは本当にキレがいいからね。
コンビネーションで来られたら厳しいのは確かだ。
同点のランナーが出てクリーンナップ。
3番のセンター松丸勲雄選手が、同じく左打席に入ります。
(縦と横のスライダーで追い込んで、2球で2ストライクとなる。場面は1アウトランナー1塁。ノーボール2ストライク)
3球目。
インコース低めへのナックル! を打ちました!
強い打球のゴロが1、2塁間を抜けていく!
ライト前ヒット!
これで1アウトランナー1塁、2塁となりました!
とことんストレートとナックルを狙ってきてるね。
ボール球でもお構いなしだ。
こうなったらストレートとナックルは一旦封印して、縦横のスライダーのコンビネーションだけで攻めるのも悪くないと思うけど……。
どちらも速い球だけに、目先を変えるような球が欲しいところですよね。
大きく外すのもいいですが、効果が小さくなってしまいますし。
(そこでウグイス嬢によって大松勝次の名を告げられ、観客の歓声が大きくなる)
このチャンスに東京プレスギガンテスの4番、ピッチャーの大松勝次選手が左のバッターボックスに入ります。
初回から1つの山場を迎え、インペリアルエッグドーム東京は大きな盛り上がりを見せております。
大松選手、打席で構えを取る。
浜中選手、セットポジションから……第1球を、投げた!
これはっ!?
イーファス・ピッチ……!?
山なりのボールに、タイミングを崩された大松選手!
しかし、前のめりになりながら、打ったっ!
鋭い打球は、セカンド正面!
野村茜選手が掴んで2アウト!
更に2塁に入ったショートの野村秀治郎選手に即座にボールを送って、飛び出していたセカンドランナーもアウト! 3アウトチェンジ!
東京プレスギガンテス、初回のチャンスを逃してしまいました!
これは、野村茜選手のポジショニングが素晴らしかったですね。
それに呼応するようにセカンドに入っていた野村秀治郎選手も見事でした。
正に【以心伝心】の連携でした。
先程の球は……何と球場のスピードガンでは計測不能の超スローボール!
画像の計算から算出された球速は45km/hとのことです!
おおよそ100km/h未満の球をイーファス・ピッチと呼びますが、その中でも飛び切り遅い球でした!
イーファス・ピッチはほぼボールになるので見逃すのがセオリーですが……。
余りお目にかかれない球だけに、大松選手は打ちに行ってしまいましたね。
しかし、それでも強い打球を飛ばすことができたのは凄まじいの一言です。
完全にフォームを崩されていたからね。
本当によく我慢して打ったよ。
後ほんの少しだけボールの下を叩くことができていれば、スタンドインも不可能じゃなかっただろうね。
とは言え、あんな山なりのボールに無理に手を出したら、ヒットを打つことができたところで下手をしたらその後のバッティングが狂いかねない。
相当リスキーな選択になるだろう。
ナックルに続いて、浜中選手はまた特殊なボールを習得したものだ。
準決勝ステージでは隠していた、ということでしょうか。
偶然ではなく。
エースとの投げ合いでさえなければ、いつも通り味方が援護してくれる。
そう見込んでいたのでしょう。
この決勝ステージでは大松勝次選手という公営セレスティアルリーグを代表するエースピッチャーが相手。
更に初回からピンチで要注意打者に回ったので解禁した、と見るのが妥当です。
それにしても、リーグのホームラン王に対してイーファス・ピッチを使ってくるなんて度胸があり過ぎますね。
私なら怖くて投げられませんよ。
いや、本当に。
頼もしい限りだね。
いずれにしても初回の攻防が終わって1-0。
点差に反して序盤から内容の濃い試合となっております。
2回表の村山マダーレッドサフフラワーズの攻撃は5番のムサシ選手から。
東京プレスギガンテスはスムーズに抑えて、2回裏の攻撃への流れを作っていきたいところです。




