2、双刀の狩人②
(マズイッ!)
防御のために躊躇なく【虹の魔法】を使おうとした。直前、フレアの腕が、瞬時に俺の元にまで伸びてくる。
「何をしている!私が隣にいるのを忘れたのか?」
空を切り裂く魔物の刃。フレアは、俺を片手に抱えた状態で迫る攻撃を回避した。同時に、剣を握る方の腕はすでに振り払われている。
――ギィィィンッ!
魔物の胴部を捉えた一撃。硬さのある外皮によって、【闘剣魔気】の刀身が弾かれる。相手は反撃をせずに動きを止めた。
フレアと共に、魔物の刃先が届かない位置まで距離を取る。
(普通じゃない!こいつは今までに遭遇した魔物の中でも、相当異質な存在だ)
鎧のような外骨格が、全身を隙間なく覆っている。黒光りする体。尾のように突き出た腹部、そこに繋がる十本の細長い脚。蜘蛛のように折れ曲がり、巨体の全重量を支え上げていた。先ほどフレアが斬りつけた胴体部分には、傷ひとつ付いていない。
昆虫種の魔物、例えるなら巨大なカマキリだろう。
両椀の刃先は、地に届くほどの長さがある。武器として使用するために特化した形状。肘の部位は鋭利な刺に覆われていた。頭部の周りにもビッシリと。まるで鶏冠だ。蝿のように無機質な目がこちらを見据えている。一撃を与えたフレアではなく、俺の方を。
理由は知らない。だが、間違いないと感じた。
「急に苦しみだしたと思ったら……。
いつものお前らしくないぞ。何があった?」
「もう大丈夫だ。気にしなくていい(痛みは徐々に収まってきている)。
それよりも今は、あの魔物を討伐することに集中しよう」
「待て!ここは一旦無理をせず私に任せろ。
エドワーズ、お前は後ろからの援護に徹していればいい」
魔物の意識は、何故か俺のみに向けられている。フレアは、自身の存在を無視された状況で間合いに入った。
【闘剣魔気】の魔力が、槍の形状に変化する。フレアは、頭上にある蝿頭目掛けて突きを放った。しかし、間に入った鎌の刃先に阻まれる。
(とんでもない反応速度だ)
蝿頭の口元についた顎牙が、カチカチと幾度も音を響かせた。刺の冠を戴く姿、醜悪な見た目はまるで悪魔のようだ。
蝿の王。目の前の魔物に相応しい呼び名だろう。
「ならば押し切ってやる」
フレアが連続で技を繰り出す。オストレリア流剣技、【絶え間ない連撃】。
魔剣の剣先が雨の如く、魔物に対して降り注ぐ。蝿頭を除いて、防御する素振りを見せなかった。強固な外皮には、ヒビひとつ入らない。
「なかなかの硬さだな。しかし――」
息つく間もない連撃の最中、差し込むような鋭い一閃が走る。フレアが纏う【闘剣魔気】は、自らの体を剣の持ち手とする技。
織り混ぜられた斬撃は、腕を振りきる動作よりも速く、魔物の急所と思われる頭部を貫く。
《――――――ッ!?》
絶叫が森の空気を震わせた。蝿頭の片目が潰れている。相手は大きく体勢を崩していた。フレアがすかさずとどめを刺そうとして、前に踏み込む。
――ガキンッ!
『反射の籠手』から射出した魔鋼糸を、フレアの体に巻きつける。間一髪のところで引き寄せた。そこに交差する魔物の刃。罠が外れたトラバサミのように空を切る。
「危ないところだったな」
「そんなことはない。今のは避けきれる攻撃だったぞ?」
「言ってる場合か!」
奴は正確に狙ってきていた。蝿頭にできた傷口が、ブクブクと泡立っている。潰した筈の片目が再生を始めていた。攻撃が通じる弱点に見せかけて、逆に誘い込まれたのはフレアの方。
得体の知れない相手だ。救出が遅れていれば、真っ二つにされていたかもしれない。
「手応えはあったが……恐ろしい回復力だ」
「(頭を潰しても意味がない。なら、狙うべきは他のところか?)
様子見は終わりらしい。次は向こうから仕掛けてくるぞ」
魔物の多脚が深く折れ曲がる。地を蹴った瞬間、三日月型の双刃が目と鼻の先まで迫ってきていた。フレアが【闘剣魔気】の剣で迎え撃つ。双方激しく打ち合い始めた。斬撃の余波が、辺りの木々を切り裂いていく。
(なんだ?この違和感は?)
互角の状況。しかし、何かがおかしい。
何故、あれを使わない?織り混ぜられた攻撃は、相手の反応速度を遅らせる。先ほど、フレアが放った鋭い一撃がまさにそれだ。
「……ッ!すぐに離れろ!」
魔物の目的は、フレアをその場に留めること。双刃の一つが鈍い光……魔力を纏う。あれは絶対に受けられない。フレアは間違いなく命を落とすことになる。
俺は飛び出すと同時に、即【虹の魔法】を発動させた。
(こちらも手札を切らざるをえないな)
手元に生成した光剣、【極彩の魔剣】を魔物の胴体に叩きつけた。厚い外皮を押し込むようにして削り取っていく。奴はたまらず、刃の向ける先を変えてきた。
俺は、特に眼が良い(魔力の流れを目で追える)。迫る鎌の攻撃を、危なげなく回避する。
「大振りすぎだ。間抜け」
再び【極彩の魔剣】を使用した。十本ある魔物の脚、その内の半分をまとめて切り落とす。奴は、今度こそ地に倒れた。畳み掛ける好機は今しかない。
「私が持つ最大の技だ。受けてみろ!」
フレアの剣が魔物を捉える。重さを意に介することなく吹き飛ばした。オストレリアの剣技は『突き』が主流。元より手数で攻めることを想定している。
その中でも【破壊する重撃】は必殺の一撃だ。フレアは唯一、その技を連続で繰り出すことができる。
(まるで杭打ちだな)
二撃、三撃、フレアが技を放つ毎に大地が震える。魔物の全身に、【闘剣魔気】で生成した魔力の刃先が幾度も打ち込まれた。
それでも強固な外皮を破れない。表面が傷つく程度のものだ。
「クソッ!今ので仕留めきれないとはな」
隣に立つフレアは、肩で大きく息をしていた。あれだけの技を放てば消耗するだろう。
切り落とした筈の魔物の脚は、すでに再生し始めていた。俺の方はそうもいかない。
「避けきれなかったのか?ひどく血が出ているぞ!」
「そういうわけじゃない。こうなったのは別の事情だ」
左腕に力が入らない。痛みを通り越して感覚が麻痺している。骨は折れているだろう。『永久貯蔵魔石』の中身を空にした状態で、無理に【虹の魔法】を使用した反動だ。
「フレア、よく聞け。状況はこちらが優勢だ。
あの魔物を倒す算段がようやくついたぞ」
「……は?」
フレアは、わけも分からずポカンとしている。いつか見た反応だ。
片腕を犠牲にして得られた成果。結果としては、安く済ませられた方だろう。
①魔物の個体名を【蝿の王】とする。
使用する魔法は付加魔法。対象に貫通の効果を付与するものだ。『聖木』を切り倒した手段であると考えられる。
異常なまでの硬い外皮と自己修復力を併せ持つため、討伐するためには内にある心臓部(魔力を供給する核)を破壊する必要があるだろう。
②【極彩の魔剣】の付加効果。斬撃面の回復系能力を阻害するものだが、切り落とした筈の魔物の脚が再生している。
考えられる要因として、呪いにより、【虹の魔法】が本来の威力を持たないためである。回復阻害の付加効果に関しては、相当量の魔力を消費し続けることで抵抗可能。尚、ほとんどの場合は非常に難しい。
③攻撃、防御、損傷した部位の回復。敵は、多量の魔力を短い間に消費した。大きな魔力の流れを辿れば、供給源である核の正確な位置を特定できる。
フレアを前に出すことで、狙い通りの情報を得ることができた。
「説明している暇はない。
狙いは奴の首周り、黒い針に覆われた部位だ」
「なる……ほど?そこを潰せば、あの魔物を倒せるわけか。
それを見抜くとは流石だな、エドワーズ!」
蝿の王が長い両椀を突き出し、刃を構える。遊びの狩りは終わりだ。ここから先は、先ほどまでのようにはいかないだろう。
「肌も凍るような威圧感……!思わず全身が震えてきたぞ」
「寒いだけだろ?他に何ともないようで何よりだ」
白狼の超特殊個体と初めて遭遇した時、俺とフレアを除いて動ける者はいなかった。
目の前の魔物が相手の場合、状況は比にならない。平静でいるのが無理な話だ。水に浸かるように、辺りの空気が重くなる。
(片腕は使えない。でも、フレアがいれば攻撃面の不足は補える)
魔物の双刃に貫通魔法が付加された。こちらが身構えた瞬間、最初の一振が投じられる。空気を引き裂きながら向かってくる魔力の刃。俺とフレアは、その場から高く跳躍することで回避した。
『魔力防御』越しに、かなりの衝撃が伝わってくる。
(『聖木』を切り倒した手段にしては、範囲が狭いな。より強力なものを放つためには、一定時間の溜めが必要になる……そんなところか)
残るもう一方。右腕の刃に付加された魔力量が、次第に増えていく様子が見てとれた。手をこまねいていれば、状況は刻一刻と悪化していくだろう。
「奴にこれ以上時間を与えるな。俺たちも出し惜しみなしで攻め立てるぞ」
「後先考えなくていい、ということだろう?
任せておけ。そういうのは得意だからな!」
「(フレアの感覚は、良い意味で壊れている。あの化け物を前にしても、涼しい顔でいられるからな)」
手持ちの魔導具を用意する。幅十センチほどの筒状の箱。合わせて二つ、一年近くの期間で製作できた物だ。王国が保有する、純度の高い特別な魔石を入れてある(一個につき、上級魔法五発は撃てる。人族の領域では特別に価値が高い)。
数はこれしかないので、試し撃ちはしていない。
俺は、一秒にも満たない僅かな時間で狙いを定めた。やり方は魔法による狙撃と同じ。この距離で外すことはあり得ない。
同時に、フレアも動き出している。
「『簡易魔導砲』起動」
筒状の魔導具から放たれた青白い光。魔力の刃を放つ前、蝿の王が持つ腕の付け根を捉えた。設置式の砲台よりも威力は劣る。だが、直撃を受けた魔物の外皮は赤く変色するほどの高温に達した。
「まずは一撃」
近づくには十分な隙。フレアの剣先が、蝿の王の首もとを正確に突く。密集した黒い針に弾かれた。やはり特別に硬い。
フレアの頭上に、付加魔法を帯びた鎌が振り下ろされる。
「クソッ!受けきれない攻撃というのは厄介だな!」
(奴は当然反撃してくる。でも、片腕だけで二人の攻めに対応できるか?)
『簡易魔導砲』の軌道上。溶けた雪でできた水蒸気に紛れて魔物に近づく。蝿の王の不気味な眼が俺を映した。【極彩の魔剣】を警戒しているのだろう。どうやら余程堪えたらしい。
「いいのか?俺の方ばかり見ていると――」
「私から目を離すとは。随分と余裕だな!」
フレアが攻撃を数度刺し込む。蝿の王の首もと、黒い棘の先端が僅かに欠けた。フレアが弓を引くように剣を構える。
【闘剣魔気】で螺旋状の剣先を生成、弦を放つように突き出した。
「【加速剣】」
蝿の王の首もと、ダメージを蓄積させた部位に亀裂が走る。奴は、初めて右腕の鎌を動かした。【闘剣魔気】のように、巨大な魔力刀を形作っている。
撃たせるなら地上よりも上しかない。後方にはソフィアがいる。俺は、身につけた魔導具の一つに魔力を注いだ。
「エドワーズ、来るぞッ!」
(狙いは俺か?仕込みを入れたのは正解だったな)
頭上高くの位置に向けて、魔力の刃が放たれる。風圧による重さが大地を叩いた。吹雪の中に切れ目ができる程の威力。『魔力防御』で何とか耐えるが、気を抜けば彼方にまで吹き飛ばされてしまうだろう。
たった今狙われたのは俺の分身、『幻影の首飾り』で作り出した幻影だ。本体の俺は、初めから雪の中に身を伏せている。その体勢で二射目の狙いを定めた。
「【付加魔法】」
黄金色の魔力砲が、蝿の王の傷ついた部位に命中する。首もとから緑の体液が栓を抜いたように吹き出した。
【黄金の装具】を使用した反動で、身体中の臓器が捻れるような痛みに襲われる。強化の割合はほんの僅かだ。なので行動不能に陥ることはない。見つめる中、フレアの剣が大きく開いた蝿の王の首もとに突き立てられた。




