15、黒騎士戦②
【闘剣魔気(剣、魔力、五体の全てを一体化させる技)】を纏い、己が一振の剣となる。「魔法のような剣技」――リーゼから見た、ティアが使う技の印象だった。
ティアの剣と、黒騎士の『魔力防御』がぶつかり合う。その瞬間、破壊が起きた。黒騎士の鎧の一部が粉砕され、その内にある本体を貫通する。
【破壊する重撃】の名の通り。ティアは、黒騎士の体を上から押し潰した。まるで蟻を踏むように。リーゼの氷壁でも防げないほどの攻撃力を持つ。
それほどの技を放っても、ティアの『神装』は刃こぼれ一つなく元の状態を保っていた。
《グガアァァアーッ!!》
「フレア直伝の必殺技よ。これでいい加減に倒れなさい!」
絶叫が広間中に響き渡る。【虹の魔法】をその身に受けた時よりも大きなダメージ。黒騎士の全身から黒い液体が血のように吹き出し、辺り一面を漆黒に染め上げる。
ティアは即座に後ろへ引いた。遅れて魔力の腕が空を切る。ティアが退がったのは、攻撃を回避するためではない。後ろにいる仲間に決定打を譲るため。
リーゼは距離を詰めてきており、手には氷の鎌が握られていた。ダメージから回復しきっていない黒騎士が、何とか立ち上がろうとして膝をつく。首元に見える鎧の隙間。リーゼが持つ鎌の刃が、その部分に深々と突き刺さった。
「【永久の凍結】!」
黒騎士の体が内側から凍りつき、そして砕ける。リーゼは、見たままの結果を受け入れなかった。再び復活する様子はないか、冷静に敵の姿を観察する。……何も変化は起きない。余裕を持って得られた勝利。実感は無かった。その手でローレンの仇を倒したことが。
リーゼはようやく背を向けると、ティアが立つ方に向かって歩み寄る。
「今度こそやった?やったのね!」
「……わからない」
「もう何もできっこないわ。だってあの通りバラバラじゃない。あたしたちの勝ちで決まりよ!」
ティアは笑顔を浮かべる。リーゼは、床の石材がひび割れた辺りの光景を見渡した。流れる静寂が戦いの終わりを告げている。
ファラウブムにある『古代魔導具』の結界が起動してから、かなりの時間が経過していた。今は城の外にいるセシルたちの安否が気になる。優先すべきことは決まっていた。
「イルシアを呼んでくる」
「なら、あたしが行くわ。リーゼは少し休んでいなさいよ」
「……うん。ありがとう、ティア」
「元気出しなさい。あとは、お姉さまたちの方の結果を待つだけね。向こうはエドワーズが付いているんだし。きっとラクショーで帰ってくるわよ!」
ティアが気を利かせて向かおうとする。リーゼが見つめる中、その姿が突如視界から消えた。物凄い勢いで広間の壁に叩きつけられる。
「ティアッ!?」
入れ替わりに立っていたのは黒い影。ひしゃげた鎧が頭部のみ残っていた。リーゼは、理解が追いつかずに呆然とする。
降って湧いたような奇襲に対して、考えるよりも先に体が動いた。
(まだ終わってない!)
襲い掛かる黒騎士の魔剣。リーゼは、咄嗟に生成した氷の鎌で激しく打ち合う。自身の身体を回転させることで、側面に力を逃がした。血のような赤い目が至近距離を通過する。
《グオオオオオッ!!》
(こんなの……まるで魔物みたい)
体勢を立て直して正面を見据えた。黒騎士は、両手を地につけている。四足となり、咆哮を上げる姿は理性を失くした獣のようだ。
傍らには、漆黒の魔剣が意思を持つように浮遊している。
(あれを壊さないと!)
直感だった。黒騎士の魔力を削りきる余裕はない。先にこちらの力が尽きてしまうだろう。
リーゼは迷わず己の氷竜を使用した。氷嵐の魔力が広間の中に吹き荒れる。ティアのことを気にかける余裕はない。黒騎士……今や化け物となった敵に対して、リーゼは最大の魔法を解き放つ。
「【氷竜の暴竜撃】」
氷竜が翼を広げて突進する。広間にある柱がいくつか折れた。建物を壊しかねない威力だが、そうまでしないと抑えることは敵わない。黒騎士の体に、氷竜の牙が食らいつく。
だが、すぐに視界から黒騎士の姿が消えた。
(どこにいったの?)
リーゼの目前に迫る魔剣。黒騎士の体が実体化して、それを手に取る。まるで瞬間移動のように距離を詰められた。元は魔力で作られた肉体だからこそできる芸当。向けられた剣の軌道に技はない。
命を奪うための攻撃が、暴力的に振り下ろされる。
(避けられない!)
隙をつかれたリーゼ。間一髪のところで、横から飛び込んできたティアが救った。構えた『神装』で、黒騎士の攻撃を受け止めてみせる。
「……ッ!?お、重いわねっ!」
「これ以上、好きにはさせない!」
リーゼの魔法が、黒騎士の体を背後から引き剥がす。大きく口元を開いて狙いを定めた。もたげた首が真下を向く。吐き出された氷のブレスが、黒騎士を瞬時に凍てつかせた。
――何度繰り返そうが同じこと。核となる魔剣を破壊しない限り、この戦いはいつまでも続くだろう。
「ティア、もう一度破壊する重撃で――」
リーゼは言いかけて途中で止めた。ティアの頭から、少なくない量の血がドクドクと流れ出ている。壁に叩きつけられた衝撃で受けたダメージだろう。当たりどころが悪ければ死んでいたかもしれない。
リーゼは、その可能性を思い浮かべてゾッとした。
「……やっぱりいい。ティアは後ろに退がって、イルシアのことを守ってあげて」
「なんで?あたし、まだ一緒に戦えるわよ!」
「その怪我じゃムリ。早く!もう時間がない」
黒騎士を覆う氷の膜が、徐々に剥がれ始めている。ティアは力強く前を見据えた。その様子を目にしたリーゼは、即座に判断を切り替える。
結局のところ、最後はティアの一撃に懸けるしかない。リーゼ自身にできること。ティアが安全に技を放てる機会を作り出す。
「ティア……お願いできる?」
「まっかせなさいっ!あいつは二人で倒すって、初めから決めていたでしょ?」
「ムリはしないで。私が、一切の抵抗もできなくしてみせる」
今のティアが大技を使えるのは、おそらく一回限りだろう。ふらつく状態の体で『神装』を握っている。
リーゼは、残る魔力を解放した。全てを凍てつかせる魔法、【永久の凍結】。変換した氷嵐を体内で循環させる。長引けば死に至る諸刃の剣。リーゼの吐く息が、白い煙のようになびいていく。足裏から伝わる冷気が、床の一部を凍てつかせていった。
「もって二十秒」――リーゼは、心の中でカウントを開始する。
「強化、【氷装】」
エドワーズが使う【虹の魔法】、【黄金の装具】からヒントを得た。リーゼは、絶対零度の冷気を身に纏い、黒騎士に向かって肉薄する。
黒騎士が片腕で前を薙ぐ。リーゼが回避するまでもなく、それは瞬時に凍てついた。黒騎士は、本能的に目の前の危険を感じとる。背中に生えた第三の腕が、魔剣を手に取り叩きつけた。
リーゼに触れる直前、先ほどと同じように【永久の凍結】の冷気によって阻まれる。
《……ッ!?》
「絶対逃がさない」
黒騎士が自身の凍りついた腕を折り、砕き、再生する。瞬時にそれが繰り返された。リーゼは、魔法で生成した氷の鎌を振るい迎え撃つ。
(やってみせる……!)
氷竜が後ろから挟み込もうとしたが、その胸部に黒騎士の腕が深々と突き刺さる。氷の体は、ダメージを受けて半壊していた。修復に回す魔力は残っていない。
数秒の時間が長く思えた。辺りに広がる冷気の威力が次第に弱まる。指先の感覚がほとんど無い。これ以上は、体に流れる血液までも凍りつかせてしまうだろう。
リーゼは【氷装】の魔法を解除した。氷竜の形を崩して、残る冷気を手元の鎌に纏わせる。横薙ぎの一振が、黒騎士の魔力体を大きく切り裂いた。傷の内側から流し込まれたリーゼの冷気が、黒騎士の全身を再生不可能な速度で凍結させる。
《グッ……オッ……!?》
(もう動けない)
消耗したリーゼは、立っているのがやっとの状態だった。見つめる先には、漆黒の魔剣が浮かんでいる。そこから放たれる魔力は、ロウソクの火のように僅かなものだ。黒騎士の魔剣に、新たな魔力体を作り出す力は残されていないだろう。
リーゼは最後の瞬間を見届けるために、気力だけで自身の体を支えた。
「あなたの負け」
リーゼの心臓を狙った魔剣。そこにティアの『神装』が振り下ろされる。衝撃で、魔剣の持ち手から先が二つに折れた。
悲鳴を上げるような音が広間に響く。転がった破片は、もがき苦しむようにブルブルと震えていた。やがて生命活動を終えるようにして、完全に動きを止める。凍結させた黒騎士の魔力体が消える中、リーゼの耳には確かに聞こえた。
――見事だ。
黒騎士が発した最後の言葉。リーゼは何も感じなかった。
自らの体を引きずるようにして足を動かす。技を放った直後、倒れてしまったティアの傍に歩み寄った。そこで初めて、体に入れていた力を抜く。
「……どうなったの?」
「今度こそ倒せた。もう……二度と復活はしない」
「やったじゃない!エドワーズがいなくても、あたしたちの力だけで勝てたのよ?
――もう体は動かせないけど」
「私も、同じ」
リーゼは、ティアと同じように床に体を横たえた。これまでにない強敵との戦い。相手に勝利して生き延びることができた。ティアと共に、互いの無事を確認して安堵する。
「ねえ、リーゼ。その……大丈夫?」
「私は、ティアと違って怪我はしていないから。休めば、すぐに起き上がれるようになる」
「そうじゃなくて!黒騎士のことよ。
お爺さんの仇でしょ?だからその……ほら!色々あるじゃないっ!」
「ティアは相変わらず口が下手。
……でも、私は平気。今までと何も変わらない」
リーゼは、冷たい床を背にして天井を見上げた。
二度と会うことができないローレン。現状を受け入れているからこそ、勝つことができた戦いだった。
(私は、エドワーズの隣にいることができれば、それでいいの)
「リーゼ、ティア!二人とも無事ですか?」
静まり返った広間。イルシアが様子を見にやって来る。
リーゼたちの倒れた姿、そしてティアの頭に付いた血を見て、表情が青ざめていた。
「怪我を……?すぐに誰か……助けを呼んでこなくては……!」
「ティアの血は、もう止まっていると思う。
それよりも早く奥に行かないと。外で戦っているみんなの方が危なくなる」
「あたしも一緒に付いて行くわ。
ン……ギギギギギッ!お、起き上がれない!?」
ティアは、ピクリとも動けていない。リーゼの方は、何とか自力で上体を起こしてみせた。
「私たち二人だけで行ってくる。ティアは大人しく、ここで寝ていて」
「そう……でしたね。まずは、わたくしたちに与えられた役目を果たしましょう」
「あたし一人だけ置いてきぼりー?ウウッ……仕方ないわね。
早く帰ってきなさいよ~!」
魔物を追い払う結界、範囲延長の効果はいつ切れてもおかしくないだろう。リーゼとイルシアは、動けないティアを広間に残して先に進んだ。
着いた場所は謁見の間。権威を示す空間には破壊の痕が残る。五年の間、足を踏み入れた者はいない。王が座るための椅子、その後ろにイルシアが回り込む。仕掛けが作動して、台座の位置が滑りながら横に移動した。その真下から、見覚えのある形をした石像が現れる。
「これがそうなの?」
「はい。古代魔導具を起動させるための『祭壇』と呼ばれる装置です。
王国を守護する神獣『ハーマイル』。この像は特別な材料で作られているそうで、決して壊れることは無いと伝えられてきました」
イルシアは球体型の魔導具を手に取り、それを像の開いた口元に嵌め込んだ。オストレリアの大地の奥底に流れる魔力。『祭壇』はそれを引き出す動力源となる。
起動権を有する王族、イルシアが像に触れると変化は起きた。鼓動を打つような振動が辺りに響く。遥か空の上。建物内にいるリーゼは、上空に結界が広がっていく様子を感知した。ファラウブムに設置されている物と合わせて二つ。本来の機能を取り戻した結界は、超特殊個体ですら弾き出すほどの効果を持つ。現在、騎士団が相手にしている魔物も、すぐに無力化されるだろう。
「成功しました……!後は、お姉さまたちが帰還されるのを待つだけですね」
「エドワーズが一緒にいるから心配ない。必ず無事に戻ってくる」
王国最強の騎士団長、フレアも二人に同行していた。オストレリア側の二大戦力が揃っている。強大な超特殊個体が待ち受けていたとしても、作戦は問題なく成功する筈だ。
……リーゼたちは知らない。エドワーズたちが向かう先。待ち受けているのは、暗黒の時代よりも古い脅威であるということを。
それが欠片と呼ばれる物を持つ以上、互いに遭遇するのは必然である。選ばれた者の運命と言えるだろう。片方が命尽きた時、勝者は得難い報酬を手に入れる。
リーゼは、無意識に手で触れていた。首から下げた、エドワーズからのペンダント。遠く離れた距離で、唯一二人の間を繋ぐものだった。
嵌め込まれた蒼の鉱石に濁りが混じる。元は不完全な【身代わりの誓約】。確かなのは、引き受ける側の生命が危ぶまれていた。石が完全に黒く染まる時、それはこの場にいない片方の終わりを意味するだろう。
鋭利な鎌、全身を覆う堅牢な外骨格。双刃の処刑人が、森に訪れるものたちを待ち受ける。
――『白夜の森、東の祭壇』。




